第四十二幕:見えない虹に気付く時
七夏「あっ! 柚樹さん! 見えます!」
時崎「え!?」
七夏「虹が・・・」
時崎「・・・・・」
七夏「ひとつ、ふたつ、みっつ」
時崎「な、七夏ちゃん!?」
七夏「よっつ、いつつ、むっつ」
時崎「???」
七夏「ななつです☆」
時崎「!!!」
七夏「ななつの色に見えます☆」
時崎「ななつのいろ・・・って、な、七色に見えるの!?」
七夏「はいっ☆ 私・・・虹・・・こんなに綺麗だったなんて・・・」
時崎「七夏ちゃんっ!」
七夏「くすっ☆」
時崎「七夏ちゃんっ!!!」
七色の虹と大空が突然真っ暗になった。
時崎「ななっ・・・・・」
また・・・か・・・。でも、今の夢は、俺の望む夢だった気がする。
時崎「夢は自分で描くもの・・・か・・・」
確かに、自分で望まなければならない事もある。さっきの夢、正夢になればいいなと思いながら、布団から出て背伸びをする。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
七夏「あ、柚樹さん☆ おはようです☆」
時崎「七夏ちゃん、おはよう!」
七夏「くすっ☆」
七夏ちゃんの頬が少し赤い気がする。まさか、まだ熱が引いていないのか!?
時崎「七夏ちゃん、ちょっとごめん」
七夏「え!? ひゃっ☆」
俺は、七夏ちゃんの額に手をあてる。大丈夫、熱は無いと思う。七夏ちゃんは目を閉じてじっとしてくれている。
時崎「よかった。熱は大丈夫みたいだ」
七夏「はい☆ さっき、体温測りました☆」
時崎「は、測ってたの?」
七夏「えっと、36.4度・・・平熱です☆」
時崎「そ、そう。話してくれれば良かったのに」
七夏「えっと、お話しする前に柚樹さんが頭に手を・・・」
時崎「ごめん、早とちりだった」
七夏「七夏ね、柚樹さんが心配してくれて、とっても嬉しいです☆」
多分、今の俺は七夏ちゃんよりも顔が赤くなってるはずだ。
時崎「よ、よし! 今日は思いっきり楽しもう!」
七夏「はい☆ よろしくです☆」
七夏「柚樹さん☆」
時崎「?」
七夏「昨日は、ありがとです☆」
時崎「ああ」
七夏ちゃんと一緒に1階へ降りる。
凪咲「おはようございます」
時崎「凪咲さん、おはようございます!」
七夏「おはようです☆」
凪咲「七夏、今日は大丈夫そうね♪」
七夏「はい☆ 柚樹さん☆」
時崎「え!?」
七夏「朝食の準備しますから、ここに座って☆」
時崎「ありがとう。七夏ちゃん!」
何か、七夏ちゃんの話し方が以前よりもくだけたように思える。天美さんと話している時の七夏ちゃんの言葉使い・・・言葉遣いではなく、丁寧語ではなくなる事に喜びを覚えるのは初めてかも知れない。
七夏「あ、私が持ってゆきます☆」
凪咲「熱いから、気を付けて」
七夏「はい☆」
七夏ちゃんがお盆に乗せたお料理を持って来てくれる。
七夏「柚樹さん、これ、熱いから気を付けて」
時崎「ありがとう」
鍋掴みを使っている七夏ちゃんを見ると、熱いという事が伝わってくる。
七夏「どうぞです☆」
時崎「これは!?」
七夏「お雑炊です☆」
七夏ちゃんは小鍋の蓋を開けてくれた。湯気が大きく広がる。
時崎「これは、かなり熱そうだ」
七夏「この小鉢に移して、少し冷まして☆」
言葉使いはくだけても、七夏ちゃんの心遣いは変わる事がない。
時崎「頂きます! あ、七夏ちゃんも一緒に!」
七夏「はい☆ ありがとうです☆」
七夏ちゃんと一緒に、熱いお雑炊をゆっくりと時間をかけて頂く。
時崎「朝からお雑炊って、ここでは初めてかな?」
七夏「くすっ☆ お粥さんでもよかったのですけど、昨日、私あまり食べなかったから、食材が余ってて」
時崎「なるほど!」
七夏「今日、とっても楽しみです☆」
時崎「俺もだよ」
七夏「くすっ☆ 私、急いで宿題終わらせますね」
時崎「慌てなくてもいいよ。いつもどうりで。あ、分からない事があったら協力するから」
七夏「はい! ありがとです☆」
俺は思った。今日は日曜日だな。
時崎「七夏ちゃん、今日は日曜日だけど、宿題お休みじゃないの?」
七夏「今週、色々あって、あまり宿題進んでないから・・・昨日も殆ど進められませんでしたから」
時崎「色々・・・あ、ごめん」
七夏「いえ、私こそ、ごめんなさいです。ですから、宿題は頑張って終わらせます☆」
時崎「ああ!」
朝食を済ませ、七夏ちゃんと一緒に片付けを行う・・・と言っても、俺は食器を運んで机の上を拭くくらいだけど。
凪咲「七夏、今日はこれでいいわ」
七夏「はい。起きるの遅くてごめんなさい」
凪咲「いいのよ。ナオが心配してたけど、大丈夫って話しておいたから」
七夏「お父さん、最近朝のお出掛けが早いみたいだから」
凪咲「そうみたいね」
七夏「私、早起きして、お父さんを見送れるようにします」
凪咲「七夏の顔を見れたら、ナオも喜ぶと思うけど、無理はしないようにね」
七夏「はい☆」
七夏ちゃんと凪咲さんの会話が聞こえてくる。そう言われると、しばらく直弥さんとは会っていない。一応、頼まれていた事は全て行っているはずだけど、俺も七夏ちゃんと同じく、早起きして直弥さんを見送れるようにしようと思った。
七夏「柚樹さん、私、宿題済ませますから、また後で☆」
時崎「ああ!」
七夏「あ、おはようございます☆」
時崎「!?」
お泊まりのお客様が玄関に居たらしく、七夏ちゃんは挨拶をしていた。これから、ここ風水を発たれる様子だった。
凪咲「ありがとうございました。またのお越しをお待ちいたしております!」
俺もお泊りのお客様に会釈程度だけど挨拶をして見送った。何もしていない事が後ろめたく思える。
時崎「凪咲さん、すみません。何も出来てなくて」
凪咲「いいのよ、柚樹君は昨日、ずっと七夏の看病をしてくれてたから、何もしてない事はないわ。とても助かりました」
時崎「ありがとうこざいます」
凪咲さんの言葉に救われる思いだけど、俺はお泊りのお客様の事を今、会うまで、全く忘れていた。民宿風水のお手伝いをすると話している以上、これは反省点だと思う。
凪咲「柚樹君」
時崎「はい!」
凪咲「今日は七夏とお出掛けかしら?」
時崎「はい、隣街の水族館へ出掛けるつもりです」
凪咲「七夏の事、よろしくお願いします」
時崎「こちらこそ! あ、出掛けるまでに何か手伝える事がありましたら、声を掛けてください」
凪咲「ありがとう♪ 七夏のアルバム、楽しみにしているわ♪」
時崎「はい! では、部屋にいますから!」
凪咲さんに頭を下げて、自分の部屋へと戻る。今日出掛ける予定の水族館については、昨日調べているから、先にアルバム作りに集中する。凪咲さんへのアルバムは、ある程度まとまってきているけど、やはり俺だけではなく、七夏ちゃん、天美さん、高月さ・・・高月さんの事を考えると、心が揺れてしまう。凪咲さんから「これからもよろしく」と聞いているけど、高月さんと今までどうりお話しができるのだろうか!?
いや、今までどうりでなければ、高月さんや七夏ちゃんの気持ちに応える事にはならないはずだ。
七夏ちゃんに、天美さんと高月さんの都合を聞いてもらおうと思う。アルバム作りの事なら、協力してくれるはずだから。
・・・俺は、このアルバムまでも利用しようとしているのだろうか!?
と、とにかく、みんなに訊く事をまとめておく。後は、七夏ちゃんへのアルバム作りを再開しよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
扉から音が聞こえる。
時崎「七夏ちゃん!? どうぞ!」
七夏「柚樹さん、えっと・・・」
時崎「???」
扉の向こうから七夏ちゃんの声がするけど、部屋に入ってこない。俺は扉を開ける。
七夏「あ、ありがとうです☆」
七夏ちゃんは両手でお盆を持っていた。
時崎「お茶と和菓子、ありがとう! 入って!」
七夏「はい☆」
時崎「宿題で分からない所はない?」
七夏「はい☆ 今日の分までは済ませました☆」
時崎「え!? もう終わらせたの?」
七夏「はい☆ 柚樹さんの履歴があって助かりました♪」
時崎「履歴!? マイパッドの事?」
七夏「はい☆ 柚樹さん、私がお休みしている間に、訊いていないところまで調べてくれてたみたいだから、そのおかげです☆」
時崎「それにしても、早く済んだんだね!」
七夏「そ、そうかな? いつもより少し早いくらいかな?」
七夏ちゃんに言われて時計を見る。
時崎「もうお昼前?」
七夏「くすっ☆ 柚樹さんも集中されていたみたいです☆」
時崎「確かに集中してると時間経過が速くなる気がするよ」
七夏「楽しい時もです☆」
時崎「分かる!」
七夏「アルバム作りで何かお手伝い出来る事ってありますか?」
時崎「前みたいに、コメントを貰えると嬉しいかな」
七夏「あ、だったら、ここちゃーと笹夜先輩も一緒の方がいいかな?」
時崎「え!?」
七夏「?」
時崎「あ、ああ。その方がいいと思う!」
七夏「はい☆ では、後で連絡してみます☆」
時崎「ありがとう」
七夏ちゃんから、天美さんと高月さんに連絡を取ってもらえる事になったけど、これは、七夏ちゃんなりの心遣いだと思う。よくよく考えれば、天美さんや高月さんの連絡先を知らない。天美さんの家は分かるけど、高月さんの家は分からないから、七夏ちゃんの助けが必要だ。今日は、これから七夏ちゃんの望む事を沢山叶えてあげたい。
時崎「七夏ちゃん、この後すぐ出掛ける?」
七夏「え!? いいの?」
時崎「もちろん! お茶と和菓子頂いたら、お出掛けしよう!」
七夏「わぁ☆ あ、お昼はどうしますか?」
時崎「出掛け先でどうかな?」
七夏「はい☆ では、お母さんに話して来ます☆」
今度は少し急ぎ気味に和菓子とお茶を頂く。
時崎「ご馳走さま」
七夏「はい☆ では、お出掛けの準備をしますから、少し待っててください」
時崎「慌てなくていいから」
七夏「はい☆」
俺も出掛ける準備をする。七夏ちゃんは、凪咲さんに今日のお昼は外で頂く事を話して、部屋でお出掛けの準備をしているようだ。
出掛ける準備を終え、1階の居間で七夏ちゃんを待っている間、今日出掛ける水族館周辺をもう一度確認しておく。あと、水族館の入場チケットを忘れないように、先に七夏ちゃんに渡しておこうかな。
凪咲「柚樹君、これから七夏とお出掛けかしら?」
時崎「はい。あまり遅くならないようにします」
凪咲「遅くなる時は、連絡をくれればいいわ」
時崎「ありがとうこざいます」
凪咲「あら? 七夏!? 珍しい格好ね」
七夏「お母さん!? えっと、おかしくないかな?」
凪咲「とっても可愛いわ♪」
七夏「よかった☆ 柚樹さん☆ お待たせです☆」
時崎「七夏ちゃん!?」
七夏ちゃんの格好は、いつもと印象が大きく変わってて、凪咲さんの言葉の意味を理解できた。
七夏「ど、どうかな?」
時崎「初めて・・・」
七夏「え!?」
時崎「初めて、七夏ちゃんと出逢った時みたいな感覚かな?」
七夏「初めて・・・」
時崎「良く似合ってて可愛いよ!」
七夏「あっ・・・・・」
髪を結っている七夏ちゃんは何度も見た事があるけど、頭の上の方で髪を結っている「ポニーテール」は珍しいと思う。大きなリボンは蝶のようにも見えた。衣装もお出掛けの時はスカートが多い七夏ちゃんだけど、今日はデニムのアウターとお揃いのショートパンツにレギンスって言うのだろうか? かなり冒険・・・いや、頑張ってくれた感があって嬉しくなる。何の躊躇いもなく「可愛い」と言葉になっていた。
時崎「はじめまして・・・かな?」
七夏「くすっ☆ よろしくです☆」
時崎「よし! では出掛けますか!」
七夏「はい☆ 柚樹さん、ここちゃーみたいです☆」
時崎「天美さん?」
七夏「えっと、話し方☆」
時崎「なるほど!」
天美さんのような話し方の方が、七夏ちゃんも自然に話せるのかも知れない。
凪咲「七夏、気をつけて楽しんでらっしゃい♪」
七夏「はーい☆」
時崎「では、出掛けて来ます!」
凪咲「いってらっしゃいませ!」
七夏ちゃんと商店街を歩いて、駅前へと向かう。この前はここで小さな虹を見たな。虹はいつも突然現れるから、常にその事を意識しておいた方が良いのかも知れない。
七夏「? どしたの? 柚樹さん?」
時崎「え!?」
七夏「早く水族館に着くといいな♪」
時崎「ああ!」
そう話す七夏ちゃんは、いつもよりも少し速く歩いている気がする。
時崎「七夏ちゃん、今日は少し速く歩いてる?」
七夏「はい☆ 今から楽しみで、今日は動きやすいように意識しました☆」
時崎「なるほど」
今日の七夏ちゃんの格好、七夏ちゃんも色々と考えている事が分かったから、俺も七夏ちゃんの心に歩みを合わせる。
七夏「くすっ☆」
時崎「七夏ちゃんに遅れないように意識するよ」
七夏「はい☆」
・・・と話しつつ、七夏ちゃんを撮影する事を意識すると、どうしても七夏ちゃんの後を付いてゆく形になってしまう。七夏ちゃんもその事は分かってくれているようで、急ぎながらも、俺の事を気遣ってくれた。
駅前に着いた。この駅前の街並みも随分見慣れた風景になった。これまでの色々な出来事が頭の中を駆け巡り始めかけた時---
七夏「柚樹さん☆」
時崎「どうしたの?」
七夏「早く! 列車が駅に来てます☆」
時崎「え!? あ、分かった!」
急ぐ七夏ちゃんに付いてゆく形で切符を買い、駅のホームへと向かう。七夏ちゃんは列車の扉の前でこちらを見て、少し苦笑いの表情を浮かべた。
七夏「柚樹さん、えっと、ごめんなさいです」
時崎「!? どうしたの?」
七夏「列車、普通でした」
時崎「え!? 普通? どういう事!?」
七夏「急ぐ必要なかったみたいです」
時崎「そうなの? と、とにかくこれに乗ればいいんだよね!?」
七夏「はい☆」
今度は俺が先に列車に乗り、七夏ちゃんが後を付いてくる。車内に人はそれほど多くなく、空いている。俺は海が見える方の窓際の席の前で、七夏ちゃんを待つ。
時崎「七夏ちゃん! ここでいいかな?」
七夏「はい☆ ありがとうです☆」
時崎「どうぞ!」
俺は七夏ちゃんに窓側の席を案内した。蒸気機関車イベントでは七夏ちゃんが俺にしてくれた事だ。
七夏「え!? 柚樹さん、窓側でなくてもいいの?」
時崎「ああ、どおして?」
七夏「えっと、柚樹さん窓からの景色を撮影するかなぁって」
時崎「ありがとう! 景色と七夏ちゃんを一緒に撮影したいから!」
七夏「あっ・・・」
時崎「七夏ちゃん! 早く!」
七夏「はい☆ ありがとうです☆」
七夏ちゃんが窓側の席に座り、俺もその隣に座った。窓の外を眺めている七夏ちゃんを俺は眺めていると、七夏ちゃんと目が合った・・・窓ガラスに映っている七夏ちゃんと。
七夏「柚樹さん」
七夏ちゃんがこちらを見てきた。
時崎「どうしたの?」
七夏「急がせてしまったのに、ごめんなさい」
時崎「そう言えば、さっき普通がどうとか話してたけど」
七夏「はい」
時崎「隣街で一駅だから、普通でも特急でも同じだと思うけど、隣街の駅も特急は停まるからね」
七夏「えっと、そうではなくて・・・」
背後から大きな音が迫って来る。その音で、俺は七夏ちゃんが何故謝ってきたのかを理解した。
時崎「特急列車!?」
七夏「はい」
特急列車が普通列車の横に並んで停車した。
「特急列車、まもなく発車いたします。ご乗車されるお客様はお急ぎください」
時崎「特急の方が先に隣街に着くみたいだけど、急いで乗り換える?」
七夏「えっと、七夏はこのままがいいかな?」
時崎「七夏ちゃん、水族館へお急ぎみたいだったけど?」
七夏「特急は人が多いですから」
時崎「なるほど」
七夏「普通だとこうして、柚樹さんと一緒にのんびりできます☆」
時崎「そ、そう・・・」
自分の想いを素直に届けてくれる七夏ちゃんに対して俺は、同じように振る舞えず、恥ずかしくて七夏ちゃんから目を背けてしまう。
そのまま丁度、特急列車が出発してゆく様子を眺める形となり、少し救われた気分だけど、眺める対象はすぐに無くなってしまった。
ゆっくりと七夏ちゃんの方に視線を戻すと、七夏ちゃんは先程と同じように、窓の外を眺めていた。
再び、大きな音が聞こえてきた。
七夏「あっ♪」
その音を聞いた七夏ちゃんが、こちらを見て笑みを浮かべた。
七夏「柚樹さん☆ もうすぐ出発です☆」
時崎「そうみたいだね!」
七夏「くすっ☆」
ディーゼルエンジンの力強く大きな音。出発時刻が迫っている事が伝わってきて、自然と高揚感に包まれる。この感覚は昔、遠足で列車が出発する時に味わった感覚に近い。
「普通列車、まもなく発車いたします。ご乗車されるお客様はお急ぎください」
アナウンスと共に、さらにエンジンの音は大きくなる。七夏ちゃんも俺と同じ事を思った様子で、窓の外と俺とを交互に見てきた。七夏ちゃんが何か話したみたいだけど、よく聞き取れなかった。
列車の扉が閉まると、エンジンの音が少し断たれたようで、七夏ちゃんの声も聞こえるようになった。
時崎「七夏ちゃん、さっき何か話した?」
七夏「え!? なんでもないです☆」
景色がゆっくりと動き始め、大きな警笛音が鳴り響く。七夏ちゃんは流れてゆく景色を眺めているけど、俺は不思議に思って訊いてみた。
時崎「七夏ちゃん、今日は小説、読まないの?」
七夏「え!?」
七夏ちゃんは少し驚いた様子だけど、その後から笑顔が追いついたみたいに見えた。
時崎「この前の蒸気機関車イベントの時は、出発後すぐに小説を読んでたから」
七夏「えっと、この前はトンネルが多くて、景色も時々しか見えませんから」
時崎「なるほど」
七夏「それに、お母さんも一緒だったから☆」
時崎「な、なるほど」
七夏「くすっ☆」
時崎「七夏ちゃんは、凪咲さんと一緒の時も、そうでない時もあまり変わらないと思うけど?」
七夏「あまり、列車内でお話しし過ぎると、後で注意されます」
時崎「確かに、でも今は、人も多くないし、あまり大きな声でなければ大丈夫だと思うよ」
七夏「はい☆」
七夏ちゃんは再び、窓の外を眺める。俺も七夏ちゃんと窓の外を一緒に眺める。
七夏「もうすぐ、海が見えます☆」
七夏ちゃんがそう話した少し後で、列車の車窓からはキラキラと輝く海の光が飛び込んできた。海岸沿いを走る列車に合わせるかのように海鳥が舞っている。その様子から魚も沢山居るようだけど、よく見えない。俺は少し身を乗り出して海を眺めると、そこに大きな鯨がゆらゆらと・・・って、鯨!?
時崎「七夏ちゃん!?」
七夏「くすっ☆」
鯨のマスコットを車窓の海に重ねる七夏ちゃん。鯨はゆらゆらと揺れているだけだが、本当に海の上を泳いでいるようにも見える。
七夏「こうすると、クジラさん、泳いでませんか?」
主 「なるほど、面白いね!」
七夏「はい☆」
時崎「七夏ちゃん、そのままで!」
七夏「え!?」
鯨を海に浮かべる七夏ちゃんを1枚撮影した。
列車はしばらく海岸沿いを走っていたと思ったけど、短いトンネルを越えただけで車窓は海から都会の風景に変わっていた。この景色も何度か見ているので、列車がそろそろ隣街の駅に到着する事が分かった。
時崎「七夏ちゃん、もうすぐ隣街の駅に着くよ」
七夏「はい☆」
列車を降りて隣町の駅に着く。この場所も何度か来たから、ある程度の事は分かる。七夏ちゃんは、先を急ぐ様子はなく俺の隣に居る。
時崎「七夏ちゃん、水族館まではバスがあるみたいだよ? 急ぐ?」
七夏「えっと、バスもありますけど、水族館までなら、のんびり歩く方がいいかな。お小遣いの節約にもなります☆」
時崎「了解! 途中で気になるお店があったら寄るから声かけて」
七夏「はい☆ 柚樹さんもです☆」
時崎「ああ」
いつも気を遣ってくれる七夏ちゃん。俺は気になるお店があっても、七夏ちゃんが気にならない場合は気にしない事にする。
時崎「七夏ちゃんは、この街の水族館に来た事あるよね?」
七夏「え!? はい☆ あります☆ どおして分かったの?」
時崎「いや、隣街だけど七夏ちゃんの家から最寄りの水族館だから、一度は着ているだろうと思っただけ」
七夏「くすっ☆ 小学校の時に来ました☆ ここちゃーも一緒です☆」
時崎「天美さんも?」
七夏「学校の遠足です☆」
時崎「なるほど☆ じゃ、ある程度は知っているんだね」
七夏「はい☆ でも、久々ですから、色々と知らない事もあると思います」
時崎「新しい発見ができるといいね!」
七夏「はい☆」
水族館の建物が見えてきた。同時に風が潮の香りを運んでくる。水族館は海が近い場所にある事は調べていたけど、実際に来てみないと感覚できない事もある。潮風が心地よい。
七夏「あ!」
時崎「どうしたの?」
七夏「昔の記憶と違ったから」
時崎「あ、この建物は数年前に新しくなったみたいだよ。夜にはライトアップもされる日があるらしいよ」
七夏「そうなんだ」
七夏ちゃんと一緒に水族館に入る。
館内に入ると大きな水槽が飛び込んできた。
七夏「わぁ! とても広いです☆」
時崎「迫力ある水槽だね!」
七夏「はい☆ 前に来た時は無かったです」
時崎「そうなんだ」
七夏ちゃんは、目の前に広がる「珊瑚と海の世界」に近づいてじっと眺めている。
俺は、その様子を一枚撮影し、七夏ちゃんが何か話してくるまで、待つ事にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
七夏「柚樹さん、ごめんなさい」
時崎「どうしたの?」
七夏「私、長い間ぼーっと海を眺めていたから・・・」
時崎「俺も一緒に眺めていたよ! 時間を忘れてしまいそうになるね!」
七夏「はい☆」
時崎「もう少しここで眺める? 他も見て回る?」
七夏「ありがとです☆ もう少し眺めてていいかな?」
時崎「もちろん、一緒に眺めるよ!」
七夏「くすっ☆」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
七夏「柚樹さん、ありがとです☆」
時崎「もういいの?」
七夏「はい☆ 他も見て周りたいです☆」
時崎「よし! じゃ、順番に見て行こう!」
七夏「はい☆」
時崎「そう言えば、この大きなエイって、なんでガラスにへばりつくように泳いでるんだろうね!?」
七夏「くすっ☆」
時崎「そう思わない!?」
七夏「柚樹さん、ここちゃーと同じ事を話してます☆」
時崎「という事は、やっぱりみんなそう思ってる事なんだよ」
七夏「はい☆」
時崎「エイがこっちを見てニコニコしているように見えるね」
七夏「それって、目じゃないよ☆」
時崎「え!?」
七夏「あ、ごめんなさい。柚樹さん、ここちゃーと同じような事を話すからつい・・・」
時崎「謝らなくていいよ! 天美さんと一緒に居る時の七夏ちゃんで居てくれる方が嬉しいから!」
七夏「柚樹さん・・・」
時崎「あ、これは知ってる! 電気ウナギ! 電気ショックで獲物を捕獲するウナギ」
七夏「電気ショック!?」
時崎「ビリビリって来るヤツ」
七夏「はい☆ でも、自分は大丈夫なのかな?」
時崎「大丈夫じゃなかったら、1回でお終いになるよ!?」
七夏「はい。不思議です☆」
時崎「まさか、自ら『カバ焼き』にはならないでしょ!?」
七夏「くすっ☆ えっと、このお魚さんは・・・」
時崎「ハリセンボンかな?」
七夏「そうみたいですけど、もっと丸かった気がします」
時崎「あ、それは威嚇して膨れた時の姿かな? 普段からずっと膨れているわけではないみたいだね」
七夏「丸い姿の方が定着している気がします☆」
時崎「このハリセンボンのイラストとかのイメージあるからね・・・ほら!」
七夏「はい☆ えっと、ひゃっ☆」
時崎「七夏ちゃん!? あ、ウツボか、顔が怖いな・・・次いこ!」
七夏「はい!」
時崎「ディスカス・・・」
七夏「?」
「ディスカス」は知っている。成長過程で体の色の変わる魚だ。この魚を見ていると、七夏ちゃんの瞳の事を意識してしまう。それが良い事かどうかなんて---
七夏「柚樹さん?」
時崎「え!?」
七夏「綺麗なお魚さんですね」
時崎「そうだね・・・ちょっと薄っぺらいけど」
七夏「くすっ☆」
時崎「ディスカスは、とても神経質な魚らしいよ」
七夏「え!? そうなんだ。綺麗だからって、あまり見つめるとダメかな?」
・・・それは、七夏ちゃんにもあてはまる事だと思ったりした。
時崎「七夏ちゃん! あっちにも大きな水槽があるよ!」
七夏「え!? わぁ☆」
水族館の入り口にあった大きな水槽よりは少し小さいけど、こっちは淡水の大きな魚がたくさん泳いでいた。
時崎「あ、あれはアロワナ・・・か」
七夏「???」
時崎「ディスカスと同じく、成長過程で体の色が変わる魚・・・俺の気持ちとは関係なく、その泳ぎ方はとても優雅だった」
七夏「柚樹さん、あのお魚さんが気になるの?」
時崎「え!?」
七夏「えっと、水面の近くを泳いでるお魚さんです☆」
時崎「ああ、あれ? アロワナの事?」
七夏「はい☆」
時崎「気になるというか、優雅だなと思って」
七夏「くすっ☆」
しばらく、七夏ちゃんと一緒に大きな水槽を眺める。
七夏「どおしてずっと水面の近くに居るのかな?」
時崎「え!? ああ、水面に落ちてきた獲物を狙ったり、水面近くの木に止まっている虫を狙ったりするからね」
七夏「そうなんだ。でも水面より上の虫さんって・・・」
時崎「ジャンプしてかぶりつく!」
七夏「ひゃっ☆」
時崎「あ、ごめん!」
七夏「くすっ☆」
時崎「かぶりつくで思い出したけど、七夏ちゃん、お腹すかない?」
七夏「え!? あ、そう言われると少し・・・」
時崎「あっちに、お弁当販売と休憩所があるから、そこでお昼にする?」
七夏「はい☆ ありがとです☆」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
時崎「七夏ちゃん、お弁当、色々あるけど、どれにする?」
七夏「えっと、あ、このイルカさんのが可愛いです☆」
時崎「イルカランチか、じゃ、それにする?」
七夏「はい☆ 柚樹さんは?」
時崎「俺は・・・そうだな、クジランチにしようかな?」
七夏「クジラさんのお肉って高級品です☆」
時崎「そうだけど、鯨の肉は入っていないと思うよ!?」
七夏「そうなんだ」
時崎「七夏ちゃんの頼んだイルカランチにも、イルカの肉は入ってないと思うよ?」
七夏「はい☆ それは分かってます☆ きつねのおうどんと、たぬきのおそばも、そうですね☆」
時崎「あ、ああ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
七夏「いただきまーす☆」
時崎「いただきます!」
七夏「わぁ☆ とっても可愛いです☆ 柚樹さんのはどうかな?」
時崎「俺のは、こんな感じ・・・って、おいおいっ! これ本当に鯨の肉じゃないか!」
七夏「え!? そうなの?」
時崎「七夏ちゃん! ちょっと食べてみてよ!」
七夏「え!? えっと・・・」
時崎「はい! どうぞ!」
七夏「ありがとです! 私のこの揚げ物と交換で☆」
時崎「ありがとう!」
七夏「クジラさんのお肉って高級品であまりお店でも見かけないから、頂いた事がないです」
時崎「そうだね。でも昔は普通に売っていたらしいよ」
七夏「あ、お母さんもそう話してました。学校の給食に鯨さんのお肉があったそうです☆」
時崎「今は、調査捕鯨分だけみたいだからね」
七夏「はい☆」
時崎「イルカの肉は・・・まあ、食べる習慣はなさそうだね」
七夏「くすっ☆」
時崎「イルカと言えば、イルカのショーが、もうすぐ始まるみたいだよ。後で見にゆく?」
七夏「はい☆ 楽しみです☆」
お弁当を頂いて、水族館の本館を出る。イルカショーの開催場所へ向かうと、やはりイルカは人気らしく、その場所は人が多かった。
時崎「人が多いから、近くで見られなさそうだね」
七夏「ここからの方がいいと思います☆」
時崎「え!? 近くの方が迫力あると思うけど?」
七夏「えっと、ここからだと、全体が見渡せます☆」
時崎「じゃ、ここにしようか」
七夏「はい☆」
イルカショーが終わって、七夏ちゃんが、離れた場所からイルカショーを眺めていた本当の理由が分かった。
時崎「前の列の人、思いっきりイルカに水をかけられてたね?」
七夏「はい☆ あれがちょっと怖いからここがいいかなって☆」
時崎「七夏ちゃん、知ってたの? 教えてくれればよかったのに」
七夏「知ってしまうと、柚樹さんの楽しみが無くなってしまうと思って」
時崎「そうか・・・ありがとう!」
七夏ちゃんは楽しみながらも、俺への心遣いは忘れない。もちろん、嬉しい事なのだけど、七夏ちゃんにもっと純粋に楽しんでもらう事はできないだろうか?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
水族館は海にも面していて、海岸での体験コーナーもあるようだ。
時崎「七夏ちゃん! あさり取りの体験があるみたいだよ!」
七夏「あさりさん、いつもお世話になってます♪」
時崎「お世話に・・・はは・・・」
海岸を七夏ちゃんと歩く。砂浜は少し歩きにくい。
時崎「七夏ちゃん、足元、大丈夫!?」
七夏「はい☆ 水族館に海岸がある事は知ってましたから♪ 柚樹さん☆」
時崎「?」
七夏「少し、海に入ってもいいかな?」
時崎「勿論! 撮影もいいかな?」
七夏「はい☆ よろしくです☆」
七夏ちゃんは、パンプス・・・ミュールって言うのかな? 靴を脱いで海岸に近付く、靴下を履いていなくて素足だった理由も判った気がする。いつもと違う七夏ちゃんの今日の格好・・・俺以上に今日の事を調べてくれていたのだという事が、分かってきた。俺は、今日の特別な七夏ちゃんを大切に記録してゆく。
七夏「ひゃっ☆」
時崎「七夏ちゃん! 大丈夫!?」
七夏「はい☆ 波が、とても冷たくて心地いいです☆」
七夏ちゃんは楽しんでくれているようだ。
七夏「こうして、波に足を乗せていると、そのまま海で泳ぎたくなります☆」
時崎「その気持ちは、とても分かるよ!」
七夏「でも、今日は水着、持って着てないから・・・」
時崎「また、一緒に海へお出掛けする?」
七夏「え!? いいの?」
時崎「ああ! 七夏ちゃんさえ良ければ!」
七夏「わぁ☆ ありがとです☆」
時崎「じゃ、日を改めて、一緒に海へお出掛けしよう!」
七夏「はいっ☆」
七夏ちゃんと、海へ一緒にお出掛けする約束を交わした。
七夏「柚樹さん、お待たせです☆」
時崎「ああ!」
足に付いた砂を洗ってきた七夏ちゃんは、とても満足そうな表情だ。俺を待たせて申し訳ないという気持ちが全く感じられない事が本当に嬉しい。
時崎「まだ本館で見ていない所があるけど、それも見る?」
七夏「はい☆」
再び、水族館の本館に戻ってきた。先ほど周ってきた方とは違う方を見て周る。
時崎「こっちは、深海魚かな?」
七夏「クラゲさんも居ます☆」
時崎「まさに流れに身を任せてだね!」
七夏「くすっ☆」
俺は虹色に輝く生き物がいないか無意識に探していた。虹色に輝く深海生物を水族館で見た記憶がある。虹色の中には、七夏ちゃんでも七色に見える虹色があるかも知れないと、思っていたからだ。そんな中、七夏ちゃんが、ある水槽を眺めて、声を掛けてくる。
七夏「柚樹さん☆」
時崎「どおしたの?」
七夏「これ、見てください!」
その水槽は、台の上に円柱を輪切りにして、横倒ししたような形状だった。円柱の厚みは20cm程で円の大きさは直径60cmくらいだろうか・・・。その円の周り付近を、沢山の小さな生き物が、くるくると回りながら移動している。円柱水槽の反対側から七夏ちゃんが姿を現す。
七夏「カニの幼生さん・・・です♪」
七夏ちゃんが、そう話してきた。
時崎「カニの幼生!? 沢山いるね!」
七夏「え!? たくさん? えっと・・・」
時崎「ん? だって、数え切れないでしょ?」
七夏「ひとつ、ふたつ、みっつ」
時崎「か、数えるの!?」
七夏ちゃんは、何かを数え始めた。何かって、カニの幼生である事は間違いない。しかし、こんなに無数にいるカニの幼生を、数えるなんて無謀だ。
七夏「よっつ、いつつ、むっつ」
時崎「七夏ちゃん!?」
七夏「ななつです☆」
時崎「え!?」
七夏「くすっ☆ 」
なんか、話がかみ合わない。これはどういう事だ!?
まてよ!? どこかで聞いたような言葉・・・今朝の夢っ!!!
七夏「ななつ・・・です☆」
時崎「え!?」
七夏「あっ・・・えっと、ななつの幼生さん♪」
時崎「ななつの幼生・・・って、カニの幼生の事!?」
七夏「はい☆」
七夏ちゃんは、カニの幼生がななつ・・・つまり、七匹いると言いたいという事が分かった。しかし、俺の目にはカニの幼生が七匹どころか無数に居る様に見える・・・とてもじゃないが数え切れない。七夏ちゃんは虹以外にも、他の人と感覚の違う物があるのかも知れないと、少し不安になってきたから、俺は訊いてみた。
時崎「えっと、七匹どころか、無数にいない?」
七夏「え!?」
時崎「ほら、こんなに沢山、くるくると回って・・・」
七夏「あっ!!」
七夏ちゃんにも、それが見えていたようで、ほっとした。
七夏「柚樹さん☆ それは、カニの幼生さんではないです☆」
時崎「え!?」
七夏ちゃんの言葉に俺は驚く。このくるくると無数にまわっている生き物が、カニの幼生ではないとすると・・・。
七夏「見えませんか?」
時崎「え!?」
俺は、目を凝らして水槽を眺める・・・くるくると無数にまわっている生き物以外に、何も見えない・・・。
七夏「えっと、この辺り・・・です☆」
俺は、七夏ちゃんが教えてくれた付近を目を細めて見てみる・・・。すると、なにやら雪の結晶のような透明な物体が、すーっと七夏ちゃんの手の付近を横切ってゆく。その透明な物体は一瞬キラッと虹色のような光を放った。その光が水槽照明の反射光である事はすぐに理解できた。
時崎「あっ!?」
七夏「くすっ☆ 見えました? ゆらゆらと♪」
時崎「あー! これが、カニの幼生だったのかっ!!!」
俺は更に、目を細めて水槽を眺める。すると、今まで全く気付かなかったカニの幼生が、次々と浮かび上がってきた。その数は七夏ちゃんの話すとおり7匹確認できた。カニの幼生は、とても透明度が高く、例えると、餡蜜や蜜豆の液体の中に浸かっている透明な寒天を探すような感覚に近い。七夏ちゃんはすぐに、カニの幼生を見つけていた。七夏ちゃんには見えるのに、自分には見えなかった・・・これが、どれだけ、もどかしく切ない事かを思い知らされた。俺は、七夏ちゃんのおかげでカニの幼生の存在に気付く事が出来た。でも、七色の虹は、まだ七夏ちゃん自身確認できていない・・・七夏ちゃんは、そんな切ない想いを、ずっと今まで・・・。
七夏「柚樹さん?」
時崎「・・・・・」
七夏「柚樹さん☆」
時崎「え!? ああ、すまない・・・」
七夏「どおしたの? 難しい顔してます」
時崎「カニの幼生か・・・奥が深いなーと思ってね・・・」
俺は、難しい顔に別の理由を当てて七夏ちゃんに返事をした。
七夏「くすっ☆」
因みに、俺がカニの幼生だと思い込んでいた無数の生き物は、カニの幼生の食べ物になるらしい。いやこれ、言われないと、誤解してゆく人も、いるんじゃないかな・・・なんて思ってしまう。
時崎「そう言えば、七夏ちゃんって『かに座』だよね!?」
七夏「え!?」
時崎「星座・・・天美さんがそう話してなかった?」
七夏「はい☆」
時崎「流石、かに座の女の子だねっ!」
七夏「それって関係あるのかなぁ?」
時崎「さぁ?」
七夏「くすっ☆ こっちのお魚さんは・・・」
時崎「メクラウオって書いてあるね。目が退化して無くなったんだって」
七夏「え!? 目が無くて何も見えないのかな?」
時崎「いや、きっと見えてると思う!」
七夏「???」
時崎「見えなくても、ずっとそのままという事は無いと思う。見えない事に気付いた時、見える事が始まるのだと思う」
七夏「見えない事に気付いた時・・・」
時崎「七夏ちゃん、さっき俺にカニの幼生の事を教えてくれたよね?」
七夏「はい」
時崎「七夏ちゃんが居なかったら、ずっと見えないままだったと思う」
七夏「あ・・・」
時崎「それに、見て! このメクラウオ!」
七夏「???」
時崎「こんなに元気そうに泳いでて、お互いにぶつからないし、岩も避けてるよ!」
七夏「・・・・・」
時崎「これって、見えてるって事じゃないかな?」
七夏「・・・・・はい☆」
時崎「ありがとう。七夏ちゃん!」
七夏「くすっ☆」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
一通り水族館本館を周って、最初に見た大きな水槽まで辿り着いた。
時崎「これで、全部見れたかな? 七夏ちゃん、お疲れ様!」
七夏「はい☆ のんびりと周れて楽しかったです☆」
時崎「確かに、結構ゆっくり見れたね!」
七夏「はい☆」
水族館を出て、隣町の駅前まで一緒に歩く。今日は俺自身も色々と思う所があったな。なにより楽しかった。七夏ちゃんとまた水族館に来れたらいいなと思う。
七夏「柚樹さんと、また水族館に一緒に来れるといいな☆」
時崎「!!!」
七夏「どしたの?」
時崎「ありがとう! 今、七夏ちゃんと同じ事を考えてたから」
七夏「あ・・・えっと・・・」
時崎「また、機会があったらよろしく! 次は海を楽しもう!」
七夏「は、はいっ!」
七夏ちゃんも楽しんでくれたみたいで良かった。これからも七夏ちゃんが、もっと楽しくて幸せな気持ちになってほしいと思う。
七夏「あっ!」
時崎「!?」
商店街を歩く中、少し先を歩いていた七夏ちゃんの足が止まった。
先ほど、水族館で七夏ちゃんが大きな水槽を眺めていた光景と重なった。七夏ちゃんが眺めているのは、花嫁衣裳、ウェディングドレスだ。俺は、水槽を眺めていた時と同じように、七夏ちゃんを待つ事にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
七夏「柚樹さん、ごめんなさいです」
時崎「とっても素敵だね!」
七夏「はい☆ つい眺めちゃった☆」
時崎「その気持ちは、とてもよく分かるよ!」
七夏「くすっ☆ 私もいつか、こんな素敵な花嫁衣装が着れるといいな♪」
時崎「そ、そうだね!」
なんか焦って、気の利いた返事が出来なくなっていた。
七夏「くすっ☆」
時崎「七夏ちゃん!?」
七夏「その前に、お料理とか色々と頑張ります☆」
時崎「はは・・・」
七夏ちゃんがどのような事を思っているのか、考えると顔が熱くなる。だけど、それがとても心地よい。俺は、これから先も、この感覚を大切に想いながら、七夏ちゃんの事も大切に想えるように・・・今、見え始めた虹に気付くのだった。
第四十二幕 完
----------
次回予告
見え始めた本当の心と虹。今こそ、俺はこの旅行の原点を振り返るべきだろうか?
次回、翠碧色の虹、第四十三幕
「たいせつななつの虹」
大切な事って、なかなか気付けない。だから自ら意識し、行動する必要があるはずだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます