遊園地にて

@P2P2

第1話

 僕は彼女と遊園地に来ていた。

 夏の日差しがTシャツから出た腕と首を焼き付ける、真夏の昼だった。僕と彼女は、アトラクションを一つずつ巡りながら、華やかな遊園地の世界観に浸っていた。彼女は僕の手を引きながら、一眼レフで写真を撮りながら練り歩く僕を急かしていた。

 ジェットコースター、夏の特別展示会である南極の世界を体験できる施設を巡り、売店コーナーで一息ついていた後、僕は一つ彼女に提案した。

「幽霊屋敷に行こうよ」

 えー、笑いながら彼女ははっきりと「嫌だ」と否定した。

 幽霊屋敷は遊園地の定番だろうと僕は常々感じている。僕が恐いものが好きだということもあるし、単純に誰かがビビっている姿を見るのが好きということもあった。

 僕は彼女を幽霊屋敷の目の前まで何とか連れてこようと思って、誘導したが、彼女は頑なに行こうとしてくれなかった。何で、と聞いたが、単純に怖いのだそうだ。彼女は怖いものが大嫌いなのだ。僕があまりにもしつこいから、ついには彼女は、「嫌い!」と拗ねてしまった。

 今回は諦めようと思い、帰りがけのその時、偶然にも、幽霊屋敷の前を通りかかった。

「……そんなに好きなの?」

「好きだよ」

 彼女が立ち止まって訊いたので、あわよくば、じゃあ入ろうか、と言ってくれると期待した。最後に花を持たせてくれるかもしれないと思った。

 彼女は、可愛く頬を緩めた。

「なら、一人で入ってきなよ」

「え、僕一人?」

「そう、好きなんでしょ。私、出口で待ってるからさ」

 僕は驚愕と感嘆に溺れた。

 直感的に、一人で入りたくないと思ってしまった。幽霊屋敷に一人で入ったことはなかったし、一人で入る施設でないという認識があったからだ。しかし、簡単に断れないとも感じた。好きだと言った手前、嫌だと返事をすることは、矛盾しており、「やっぱりね」と彼女の評価を下げてしまう恐れがあった。ここは男らしく、一人で入ったほうが、高評価が得られると感じた。好きだと言った自分を悔やんだ。

 

 結局、僕は一人で幽霊屋敷に入った。入ってから気づいたが、これはデートと呼べるのだろうか?

 僕は可愛い彼女が誰か他の男性にナンパされてないか不安になった。

「君、一人なの? 彼氏は?」

「彼、私を置いて一人幽霊屋敷に入ったの(笑)」

「酷い彼氏だね(笑)」

「でしょー(笑)」

 否、断じてありえないと妄想を断ち切り、僕は歩を進めた。


 薄暗い店内は、廃病院をコンセプトに、世界観が作られていた。僕はものの数分でその世界観にトリップした。『廃病院で殺人が起きた』という話のストーリーらしい(実際にありそうだから困る)。外とは違い風がなく、生ぬるく温度だった。突然、後ろから追いかけられたらどうしようかと心配になった。

 角を曲がった途端、何かが僕の目の前に覆いかぶさってきたため、思わず、仰天した。ガタン!、ナース服の人形が現れてすぐ目の前で止まった。それは機械だった。センサーで自動的に稼働するタイプのものだった。

 酷く大きな声で驚いたため、誰かに聞かれたことが恥ずかしくなったが、それは、杞憂だと気づいた。進むと、すべてが機械であることに気づいたからだ。

 廃病院の中を僕は若干速足で進んだ。出口はまだ見えないが、ずいぶん進んだ。機械による恐怖は単調だったが、僕一人という孤独が恐怖を倍増させていた。いつもなら誰かが隣にいて、一緒に盛り上がることができたのがそれが出来ない。また有人なら危害を加えられないという確信もあったが、感情がないロボットに手加減なんてない。最悪、部品の劣化による衝突等、事故があるかもしれないと思った。簡単に言うと、廃病院という空間よりも、孤独による恐怖の方が恐いと感じた。

 完全な孤独。思えば、そんなこと体験は日常生活にはない。産まれながら誰かと一緒だ。人は誰かとともに祝福を讃え、嘆き悲しみ、意見が衝突し、切磋琢磨し、成長する。人は完全な孤独の中では生きられない。僕には田舎に残した家族もいるし、大学には同じ趣味を共有する友人もいた。なにより、今、幸福を共有できる彼女もいる。この上ない幸せの中にいることに僕は気が付いてしまった。

 一刻も早くここから抜け出したいと僕は思った。


 一眼レフで幽霊屋敷の中を写真に収めているときに僕は、撮影した写真が保存されないことに気が付いた。詳しく見ると、昼前に乗ったジェットコースター以降、写真が保存されていなかった。

 床と天井からの霧の噴射を抜けると出口の光が見えた。長い道のりだったが、ゴールが見えたことに僕は一安心した。


 出口を潜った先は、見慣れない景色が広がっていた。

 天気は曇天。温度は感じられない。草木は無造作に生い茂り、錆びて朽ちた遊具が至る中に放置されていた。廃業された遊園地、そのものだった。しかし、後ろを振り返ると、まさに入り口で見た同じ幽霊屋敷だった。理解できなかった。時間が何十年と過ぎないと構築されない空間が目の前に広がっていることに驚きを隠せなかった。

 最愛の彼女はいなかった。僕は彼女を探して辺りを散策したが、他人の人影すらどこにもなかった。ついには僕以外の人を探して走り始めた。

 孤独な世界から解放されたと思った先も孤独だったことが信じられなかった。


 ジェットコースターの前に辿り着いたとき僕はすべてを思い出した。

 事故があった。僕と彼女、その他乗客が乗ったジェットコースターの車輪が脱輪して、地上30m(ビル7階立て)から逆さまで落下したのだ。落下先のアスファルトが粉々にひび割れていた。僕は、即死だった。

 

 幸福が絶望に変わった。

 僕が見ていた華やかな風景、それは一人の孤独の虚しさを紛らわすための妄想だと気付いた。

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