第4話 ふたりぼっちの夜
「助けて!」
午前二時、携帯の着信音で起こされ、耳に当てると彼女の大きな焦った声が聞こえた。
どうしたのかと急いで聞いても返事はなく、しばらく息切れのような音だけが響いた。
「すみません、夜遅くに」
少しするとまだ多少息は荒かったが、さっきよりは落ち着いた声で彼女が話した。
「大丈夫か? どうしたんだ?」
彼女のあんなに焦った声は初めて聞いた。
いったい何があったのか、そう思って聞くと、
「いや、あの……で……すね」
彼女は言いにくそうに口ごもった。
「実は…… 電話を切った後、テレビを見てたら心霊特集やってまして、それでそれを見た後寝たら夢を見まして、 それがすごくて怖くて、それで今日は親が出かけてまして、いなくて、怖くて、その…… 誰かいないかなと思ったら、あなたが思い浮かびまして…… 電話しちゃいました」
さっきまでの講義のスラスラとした話し方からは想像もつかないほど、しどろもどろといった感じでそんなことを話すので、思わず笑ってしまった。
「ひどくないですか、こっちは本当に怖くて……」
「いやごめん、なんかあれだよね、君ってさ、話すたびにイメージが変わるんだよね」
笑ったり、怒ったり、不安そうだったり、からかってきたり、彼女は本当にいろんな顔を見せてくる。
顔を見たことないのにおかしな話だけどさ。
「バカにしてます?」
そう聞く彼女の声も、泣きと怒りが混ざったような声で、またおかしくなる。
「いや、違うよ。ただ君に会ってみたいなと思ってさ。電話じゃなくて、実際に会って話してみたいなって」
彼女がどんな顔で、どんな風に笑うのか、どんな風に怒るのか、どんな風に泣くのか見てみたい。そう思った。
「私もあなたに会ってみたいですね。まぁ、そんなこといってもしょうがないんですけどね」
「それで、その…… もう少しだけ……」
彼女はまた口ごもりながら小さな声を出した。
それが何を意味するのかなんとなくわかったから、今日は少しだけ優しくなろうと思う。
「ああ、わかってる。そっちが切るまで電話してていいから、少し話そっか」
「ありがとうございます」
彼女は少し驚いたようだった。
俺が優しいのはそんなに珍しいんだろうか。
まぁ、それでもいいか。
その後、いろんな話をした。
その話の中でも彼女はまたいろんな顔を見せてくれた。
顔なんて見えないのにおかしいけどさ。
本当に会ってみたいなと思うよ。
結局、俺たちは朝まで話し続けた。
途中からはきっと、怖いとかそういうのは忘れてただ話したいから話してたと思う。
俺の勝手な想像だけどね。
*
それから、毎晩彼女に電話をかけて恋愛講義を受けた。
そして初めて電話が繋がってから八日がたったある日、彼女がついに決定的な言葉を口にした。
「明日、告白しましょう」
満を持してというような感じでされたその提案に俺はただ従った。
「いよいよだな」
「はい、私は明日から学校が始まるので先輩に会えますし、あなたは明日が春休み最後の日です。決着をつけるなら明日が一番です」
「そうだな」
ただ、バカみたいに肯定した。
「どうしました? 声、暗いですよ。怖いんですか?」
ふざけたふりをして彼女が聞いてくる。
「うん、怖いよ。君もだろ?」
「そうですね、怖いです」
わかってる、お互い怖いんだ。
断られたら、気まずくなったら、覚悟は決まっててもやっぱり怖いものは怖い。
「そう、怖いです…… 一人だったら多分決心できなかったと思います。でも、あなたがいたから、あなたが一緒だから、だから大丈夫です」
彼女はしっかりした声でそう言った。
いや、言ってくれた。
そしてそれは俺も……
「ああ、俺も一緒だ。君がいたから、君のおかげで決められた。本当にありがとう」
そうだ、彼女だから俺は前に進もうと思った。
彼女じゃなきゃ多分ダメだった。
だから、これは本心。
ただ、心からの感謝。
他意は、ない。
「なんか照れますね。でも、私もです。ありがとうございます」
一人じゃないから、二人だから、だから前に進める。
それはきっと、とても尊いことなんだろう。
「そうだ、こういうとき何て言うかわかりますか?」
そろそろ電話を切ろうかという雰囲気になったとき、彼女が聞いてきた。
「ああ、わかるよ、多分」
うん、何となくわかる。
かといってそれを恥ずかしげもなく、平気で言えるほど俺の心は強くないわけだけど。
まあ、でも彼女だからいいか。
俺たちの勝負前夜にはこの言葉が一番なんだろうしな。
「そうですか、じゃあ」
彼女のこの声を合図に二つの声が重なった。
「健闘を祈る」
そうして電話が切られた。
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