十年前から電話がかかってきた

湯浅八等星

第1話 正直者たちのエイプリルフール

「もしもし」

俺がそう言うと同時に携帯の向こう側からも同じ言葉が聞こえた。

「あっ、すみません。あの、どちら様でしょうか?」

携帯から聞こえる女性の声は続けてそう言った。


どちら様とはどういうことだろうか?

確か俺は、見知らぬ番号からかかってきた電話に出ただけのはずだ。こういう時は普通、名乗るのは電話をかけてきたほうのはずだろ?


俺は、思ったことをそのまま電話の向こうの女性に伝えた。

「何を言ってるんですか? わたしは電話が鳴ったから出ただけです。あなたが電話をかけてきたんですよね?」

「いや、俺こそ電話がかかってきたから出ただけだ。そっちが電話をかけてきたんだろ?」


そこからはどちらが電話をかけたかの言い合いが堂々巡りし、とりあえず携帯の故障ということで話は落ち着いた。


「でもこの携帯買ってもらったばっかだったんですけどねー、こんなすぐ壊れちゃたのかな?」

電話の向こうの女性は少し悲しそうな声でそう言った。

「よくわからないけど、何かの不具合だと思うよ。壊れたってわけじゃないんじゃないかな」

「そうですか、なら良かった。テストで頑張ってやっと買ってもらったんですよ」

テストで頑張って、か、小学生くらいかな。

そう思って聞いてみると意外な答えが返ってきた。


「失礼ですねー れっきとした高校生ですよ。16歳です。花の女子高生です」

「そうか、悪かった。同い年だな。だけど今時珍しいな、今まで携帯を持ってなかったなんてさ」

確かこの前、高校生のスマホ所持率99パーセントという記事をどっかで見た記憶がある。

そんな時代に携帯も持ってなかったなんて相当なレアケースのはずだ。

「そうですか? クラスでも持っている人半分くらいですけど。そんなに珍しくないと思いますよ」


99パーセントのうちの1パーセントが、彼女のクラスに半分もいるとなると、彼女が住んでいるのは相当な田舎とか離島なんかだろうか。

そう聞くと、また意外な答えが返ってきた。


どうやら彼女が住んでいるのは俺と同じ地域らしい。さらに、通っている学校は俺の通う高校と同じ名前の高校だった。

俺が住んでいる場所は、大都会というわけではないが、田舎と呼ぶような場所ではないはずだ。

そもそも俺のクラスの携帯所持率は100パーセントだしな。

そんな場所で携帯を持っているのがクラスの半分なんて考えられなかった。


「いや、さすがに嘘だろ? 今時、マサイ族だって携帯を持っている時代だぞ?」

そう聞くと、電話の向こうから笑い声が聞こえた。

「マサイ族って、あの目がすごいいい人達ですよね? 嘘ですよ、あの人達が携帯を持っているなんて。エイプリルフールだからって騙されませんよ?」



「嘘じゃないさ。そっちこそエイプリルフールだろ? 俺と同じ場所に住んでて、携帯所持率50パーセントなんてさ?」

「嘘じゃありませんよ。そもそも私が嘘つく理由なんてないじゃないですか」

「いや、でもやっぱりありえないだろ。この2016年にクラスで携帯を持っているのが半分だけとかさ。小学生だって携帯を持ってるんだよ?」


「2016年?」

彼女は不思議そうな声でそう聞き返してきた。

「ああ、それがどうしたんだ?」

「何言ってるんですか? 今は2006年ですよ? あなた、エイプリルフール大好きすぎませんか?」

「は?」

笑いながらそう言う彼女に、反射的に声を出していた。


声の調子を整えて俺は話し出す。

「何言ってるんだ、今は2016年だろ? そっちこそエイプリルフールが大好きなんだな」

「だから、そういうのいいですって。そもそもエイプリルフールって午前中だけらしいですよ。今、嘘つくのはルール違反です」

「もういいって、午前中だけだろ? 知ってるよ。嘘はもういいからさ」

「だから、もういいですって……」


そこからはまた、さっきのように言い合いが続いた。

三分くらい経った頃には、彼女のは不機嫌さを全く隠さなくなっていた。

「もういいですよ、エイプリルフールのいたずら電話だったんですよね? なかなか手が込んでると思いますよ」

ここまで言い争っておいて言うのもなんだが、俺には彼女は嘘を言ってないように思えた。

少なくとも彼女の声には嘘があるようには感じられなかったんだ。


だから一つ試してみることにした。

「わかった、そっちは今何時だ?」

「19時28分ですけど、それがどうしたんですか? 嘘つきさん?」

この汚名を返上するためにもと、俺は一つ予言をする。

「ちょうどよかった、今から1分後小さな地震が起こるはずだ。もしこれで地震が起きたら、俺が未来から電話をかけている証明になるだろ?」

「まぁ、そうですね、揺れたらの話ですが」

彼女の声からは俺を信じている可能性が一パーセントも感じられなかった。


「揺れませんでしたね、嘘つきさん」

一分間沈黙が続き、時計の針が19時29分を指した頃、彼女の呆れた声で静寂は破られた。

揺れなかった、彼女がそう言った瞬間、俺は彼女のことを信じるしかなくなっていた。


「私、少し本当に揺れるのかなとか思ってたのに、結局嘘つきさんは嘘つきさんでしたね」

「ああ、悪い、嘘をついていた」

「知ってますよ、結局揺れませ——」

「違うそうじゃない、確かに俺は嘘をついていた。地震なんか本当は起きてないんだ。もし君が揺れたと言ったら、君が2006年にいるというのは嘘ということになる。それを確かめたくて嘘をついたんだ。でも君は揺れなかったと言った。あの短い時間で地震があったかどうかを調べるのは不可能だろう。つまり君は本当に2006年にいるってことだ。信じるよ」


「いい加減にしてくれませんか? 言い訳が過ぎますよ、そんなんで騙されるわけないでしょ?」

その声は今日一番の不機嫌な声だった。

彼女とはまだ少ししか話してないけど、この一ヶ月くらいで、一番彼女を不機嫌にさせたのは俺だろうね。自負するよ。


ただ、そんなことを言っている場合でもなかった。

彼女は今にも電話を切りそうだったからさ。

だから、電話を切られる前に、さっきの1分の間にパソコンで調べたことを、予言する。


「ありがとう。じゃあ予言する。そっちで最近起きた通り魔事件があるだろ? その犯人が五分後、19時35分に捕まるはずだ。テレビのニュース速報でも見てくれればわかると思う」

「ふぅん」

彼女は早く終わらせたいと思っているのか、それだけ言うと、黙って5分間一言も喋らなかった。


「お話、聞かせてもらってもいいですか? 未来人さん」

19時35分、彼女は震えた声でそう切り出した。

俺の汚名が返上されているということは、つまりそういうことなんだろう。


「どうやら当たってみたいだな、予言」

「そうですね、残念ながら」

「残念ってことはないだろ? むしろ俺たちはすごい体験をしているんだからさ」

「それでも、信じられません。いや、信じてないわけではないんです。でも信じられません」

彼女はだいぶ混乱しているようだ。

「詩人だな」

「ふざけないでください。一体どういうことなんですか? 2016年って何ですか? わけがわかりません」


「俺だってわからないよ。さっき言った通り、電話が鳴ったからでたら君につながった。わけがわからないよ、ホントさ」

「じゃあ何でそんな冷静なんですか? おかしいでしょ、普通もっと取り乱しますよ」

彼女は取り乱した声でそう言った。

俺も普通こうなるはずなんだろう。

でも彼女の言う通り、俺は不思議と冷静だった。


「何でだろうな。未来人の余裕とかじゃないか」

「どういうことですか?」

「ほら、未来から電話がかかってきたとなると驚くけどさ、過去からだとそこまででもなくないか? なんとなくさ」

「意味がわかりません。普通どっちでも驚きます」

ごもっともだ。

でも自分自身でもわからないんだからしょうがない。

想定外すぎることが起こると、人間は案外冷静でいられるのかもしれないな。

「とにかくお互い何かわかってることを話しましょう。こうなった心当たりとか何かありませんか?」


そこからいろいろ話したが、結局原因らしい原因は見つからなかった。

「とりあえず、今日はもう遅いですしまた明日電話します。多分もう一度かけられますよね?」

「ああ、さっきもつながったし大丈夫なんじゃないか?」

さっき話している時に間違えて俺が電話を切ってしまったが、着信履歴からかけ直すとまた2006年の彼女につながった。

だからきっと大丈夫だろう。


「そうですね、じゃあまた明日」

「また明日」

俺が言い終わる頃には電話はもう切れていた。


そのあとは時間も遅く、疲れていたのもあって布団に入るとすぐ眠りに落ちた。

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