080 - 真夜中の夢現
思いの他、というのは少女にとって侮りかもしれないが、アーシャは存外すんなりと白狼のことを受け入れた。
人語を解するほどに知性が高く、身体の大きさを変えどこにともなく陰伏する能力は、つまり魔物としての格の高さを示していた。
だが悪辣な盗賊に捕らわれていたところを助け出され、助けたセフィらに付き従うを決めたのは何ら不思議ではないと。
「そんなこともあるのね。でも、よかったじゃない、優しい人にめぐり合えて。……というか盗賊に捕まって酷い目に遭ったのに、人間嫌い! 憎い!ってならなかったのが偉いわよね」
と少女は感心した様に言ったのだった。
世間知らずなのか、それとも懐深いのか。どちらにしても少女の反応は三人と一匹にとって好ましいものだった。
森に入ってから彼らは、出来るだけ薪を拾い集めながら進んだ。
昼食時に集めた残りもあるが、一度雨が降って濡れてしまうと――魔法で多少乾燥させられるとはいえ、火を
炎がなくて凍える季節ではないが、煮炊きも含めてやはり火は必要。そのために湿気ていない薪を確保しなければならなかったのだ。
そうやってやや速度を落としながら進み、辺りが暗くなる前に大きな木の近くに馬を止めた。広がった枝を紐で引き寄せ暗い色の布を張り、そして雨が降り出す前にはすっかり野営の準備を整えた。
地面にはセフィが水を拒む魔法陣を描いたから、彼らは雨の中でも乾いた寝床を確保することが出来たのだった。
食事を終え、火を絶やさぬための見張りを置いて、身体を横たえた白狼の柔らかな毛皮にもたれるようにして寛ぎ、僅かに談笑した後彼らは眠りについた。
降り出しこそ激しかったが、今しっとりと降り注ぐ雨音は、騒音というよりも静かなさざめき。森の生き物たちは皆息をひそめ、その気配は雨にかき消されて希薄だった。炎の光が届かない月明かりの無い森は暗く、彼らの居場所は雨の檻に閉ざされたひどく孤立した場所の様に思えた。
多くの旅人がそうするように、セフィに借りた剣を抱いて背を丸めて眠っていたアーシャは、すぐ傍で自分でない誰かが微動した気がして目を覚ました。ちょうど、眠りの浅い瞬間だったのだろう、普段ならば目覚めないほどの僅かな身じろぎだったのだが。
「……大丈夫?」
青年の声が誰かを気遣う。辺りはまだ、深夜の暗さ。
「……」
声を立てずに答えたのが分かった。
「例の……?」
「……多分……」
ひそめた問いと答えが聞こえ、そして自分の傍で眠っていたのがセフィだと思い出し、自然と剣へと延びていた手をゆるりと戻した。
眠りについた時、火の守りは青い髪の少年だったがどうやら交代したらしい。
「そか。や、どうかなと思ったんだけど、ちょっと、辛そうだったから」
「すみません……ありがとうございます」
少女の思考と同じように眠りの溶けきらない声のセフィ。少し、姿勢を変えたのが白狼の毛並みから伝わる。
「眠れそうに無い?」
優しい声は、だが眠りを促すようでもあった。
「……ただ、このまま眼を閉じると、あの続きを見てしまいそうで……」
子供みたい、ですよね。
どこか自嘲気味な笑みの混ざった声音を、甘いハスキー・ヴォイスがそんなことはないと否定する。
「俺に、悪夢を砕くことが出来たらいいんだけど」
青年の声が少し近付いて、セフィが微笑ったように感じた。
「昔……リーが、同じようなことを、言ってくれたんです……」
――嫌な夢はオレがやっつけてやるよ
幼い少年の瞳は真っ直ぐで、純粋な強さが満ちていた。
夢の中に、助けに行けたらいいのに、と真剣な声であの黒髪の少年は言ったのだ。
「そう……」
セフィのどこか覚束ない話し口に、眠気に抗えなくなっていることを感じたのか、彼は静かに相槌を打つ。
少女の意識もまた、まどろみの淵から転げ落ちそうになっている。
「セフィ……?」
一度名を呼んでみるが、応えはない。
「おやすみ……今度は、穏やかで幸せな夢を」
優しい声が脳裏に響いた。そして彼女もまた、静かな夢の中へと意識を手放したのだった――。
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