078 - 四人目
「やっぱ、怪しくねぇ?」
パキリ、と乾いた音を立てて折れることを確認した小枝を拾い上げながら、少年は呟く様に言った。
「んー? 何がー?」
青い髪の少年と同じように、草原と林の境目、僅かに林に入った辺りを歩きながら金髪の青年は問い返す。
「何が……って、あのアーシャって子」
「そう?」
気のない反応に、少年は、憮然と言葉を重ねる。
「そう、だよ! だって、いくらなんでも丸腰な上に旅の装備何もしてないなんて、なくないか? ベーメンまでだって、ルモレにだって3日以上はかかるってのに」
「でもほら、もしかしたらこの辺に小さな村とかあるかもしれないじゃない?」
「明らかに旅装束だったぞ!?」
「まぁ確かに、村娘って風ではないよね。寧ろ……政略結婚を強いられて逃げ出したお姫様とか、継母のいじめに耐えかねて飛び出したお嬢さんな感じ?」
暖をとるためではないから、こんなものでいいだろうと拾い集めた
「はぁ? なんだよ、それ?」
いつもの調子で言うタレ目の青年の言葉に少年は訳が分からない、と抗議の声を上げる。
「イメージだよ、イメージ」
「……こんなトコで寝たふりして、近付いてきた人間の胸倉掴んで怒鳴る様なのが、か?」
「はははっ! 確かにあれはキョーレツだったよねぇ!」
「笑い事じゃあ……!!」
「ダイジョーブだって。彼女が怪しいのは、こんなトコに丸腰な上に何も持たずに居ることだけで、何も怪しい言動や行動をしたわけじゃないんだから」
朗らかに、ロルは笑う。そして視界に入ったセフィと赤い髪の少女に向かって手を揚げ声を上げた。
「セフィ~! アーシャ~!」
「……いや、だから、そこが怪しいからって……言ってんじゃねーかよ……」
脱力して、アレスは呟いた。ロルの反応を見ていると、自分の懸念が余りにも馬鹿馬鹿しく思えてしまう。一度彼を振り返ってセフィとアーシャの方へ歩き出すロルに、アレスは溜息を吐いて続いた。
「できた!」
嬉しそうにアーシャは包みをセフィに見せた。
セフィは、よく出来ましたね、と言う様に頷いて微笑む。
アレスとロルが薪を拾いに行っている間二人は、チーズと干し肉、それから少しの香辛料を挟んだ堅パンに水を含ませビナ・ビサの葉で包む作業をしていた。
「あ……あたし、時間掛かりすぎよね。手伝う、とか言って、逆に煩わせちゃって……ごめん」
アーシャが苦労してやっと1つ包む間に、セフィは残りの3つをすっかり綺麗に仕上げてしまっていた。
「いえいえ! そんなことはありませんよ。私も今最後の1つを包み終えたところです。お手伝頂いて、助かりました」
仕上がりの速度も完成度も、手伝うと言うほどではないと申し訳なさそうにするアーシャにセフィは首を振って礼を述べ、出来上がったものを受け取った。
「セフィ~! アーシャ~!」
丁度その時、薪を拾いに行っていた二人が戻ってきた。
「見て見てっ! イェラの実も見つけたよ~」
収穫物を見せるロルと、アレスはそのまま組まれた簡易の竈に薪を下ろし火をおこし始めた。
「本当、もうそんな季節なのですね」
「そうそう。この時期限定の果物だもんね、これ」
アレスに包みを渡して、ロルからイェラの実を受け取るセフィ。
子供の握り拳大の、黒に近い濃赤の木の実。それを見てアーシャは
「ちょっと待って。それ、その実。すっごく不味いわよ?」
眉間に皺を寄せながら言った
「種が大きくてほとんど果肉が無いし、なんていうか、こう、舌が痺れる感じで……」
「苦くて渋い?」
「そう!」
「お前イェラの実、生で食ったのか?」
火の様子を窺いながら、アレスは訝しげにアーシャの方を見た。
「食べ、たけど……」
アレスと、他の二人の微妙な表情にアーシャは僅かにたじろいで答える。
「それは……大変な目に遭ったのではないですか?」
「そうなの! しばらく何を食べても渋くて……って、え? 生で食べないものなの?」
セフィの言葉に勢いよく頷いたアーシャは、相手が苦笑している意味を知りたくて問い返した。
「果肉の部分は渋みとエグみが強いため、生食はしません。通常、砂糖や蜂蜜、お酒に漬けたり、干したり煮たりして加工して食べるものですね。生で食べられるのは……」
セフィがロルに目配せをする。
ロルは頷いて、実を1つ手に取った。そして器用にナイフを入れる。
皮と一緒に薄い果肉を落とし、中から現れた茶色い卵の様な種に刃を立てた。
「食べられるのは、この種の中の部分だよ」
言いながら種を割り、出てきた半透明の白いぷるんとした塊を示す。
「食べてみて?」
「うん……」
促され、恐る恐る手を伸ばすアーシャ。
見た目通りの程よい弾力に誘われて一口齧ってみると、爽やかな甘さと瑞々しさが口中に広がった。歯を立てた瞬間の食感も舌触りも、これまで全く未知だったもので、
「美味しい……!!」
そしてそれは思わず素直に言葉として零れ出た感想。
「美味しーい!!」
赤い髪の少女は表情を綻ばせてもう一度言った。そして残りを口に含んで幸せそうな表情を浮かべる。その愛らしい様に、セフィとロルは思わず微笑んだ。
「まだあるけど、後は昼食の後でね」
言ってロルがナイフを仕舞ったのを背後で察しながらアレスは今、セフィとアーシャが作った包みを放り込んだ炎を見つめ、先程ロルが言っていた言葉があながち見当違いではなかったのではないかと感じていた。
――野生で手に入る可食植物等に関する知識は、なければ命取りになりかねない。それにどうやら彼女は、パンを包んだビナ・ビサの葉についても知らなかったらしい。
大概の道具屋や雑貨屋で手に入れることができるビナ・ビサの葉は耐火性が高く保温性も高い。特に旅の調理用品として便利に使われているのだ。
――そーいや、こうやって使うんだって、いつ誰に教えてもらったんだっけなぁ?
知っていることが当然と思っているアレスにとって、それを知らない、というのは信じがたいことだった。
頃合を見て火から取り出したビナ・ビサの葉で包んだ堅パンは、含ませていた水分によってふんわりとした食感を取り戻し、間に挟んだ干し肉と香辛料、とろけたチーズの旨味が調和してなんとも言えず美味だ。
空腹のあまり一気に平らげてしまいそうになるのを少女はなんとか我慢して、一口一口をゆっくりと噛み締める。
腹が満たされていく快感と美味を味わう喜びが、無言で頬張りながらも駄々漏れな少女の様子を三人は微笑ましい思いで眺めていた。その色彩だけでなく、アーシャはどこか華やかさのある少女だった。
麗らかな陽気の下、街道傍とはいえ魔物出現の危険もある平野で、なんとも平和的で穏やかな食事風景が繰り広げられていた。
「さて、アーシャ。貴女にお聞きしたいことがあります」
果物をつまむ少女に、セフィが切り出した。
食事の間問われなかったことに気を緩めていたアーシャが僅かに緊張を取り戻してセフィを見る。
「……」
少女は、様々なことの理由を訊かれること拒んでいるように見えた。だが、放置できない問題もある。
「これからどうなさるおつもりですか? 旅の装備をしてらっしゃらないようですが」
だからセフィはあえて何故とは問わなかった。
「……南に向かうつもりだったの。次の街までどれくらいかかるか、分かる?」
思った問いではなかったからか、少し考えた後で少女は答え、そして問うた。
「南ということはベーメンから来たのですね? 次の街はルモレ……ここからベーメンまでと距離的には同じ位のはずです」
それはまさに自分たちが来た方向だ。答えたセフィにロルが続ける。
「馬で少なくとも3、4日。徒歩だと倍以上はかかるかな。街道を通るって言っても、装備無しでの旅はオススメしないよ」
警戒心を少しでも和らげる様に、暗に一人でルモレへ向かうのは危険だと伝えようと二人は話す。
だが、
「つーか、なんでお前丸腰なわけ? なんで食料も何も無い状態でこんなトコにいるんだよ?」
先程一度考えることを放棄した問題だが、いざ質問していいとなるとやはり気になってしまった見過ごすことの出来ない疑問を、アレスは口にした。
「ちょ、アレスっ」
よほど訊かれたくなかった話題なのだろう、やっと和らいだ少女の表情が再び険しくなる。
「だって! 気になるじゃねーかよ! ここまで来たなら、それなりの荷物とかアシがあるはずだろ? どこやったんだよ!? てか、何で無いんだ!?」
止めようとしたロルに言い放ち、そしてアーシャに不服の表情で詰め寄る。
「……荷物は、無くしたわ」
「無くした……ってそんなわけあるか!」
「無くしちゃったんだから、仕方ないじゃない!」
「まーまーまーまー。落ち着いてよー二人とも」
アレスの勢いに負けじと声を張るアーシャ。睨み合う少年と少女を、ロルが制する。
「だってさ! 装備ないんじゃ、一緒に街まで行くしかないだろ!」
それならば、きちんと理由を話して欲しいと思うアレス。そんな些細なことも話せない相手と道中共にする気になれないからだ。それはあるいは、旅人として当然の本能。
「だ、誰も、連れて行ってなんて頼んでないじゃない!」
「頼まれて無いけど、放っておくわけにはいかないって、ね~それは分かるけど、アレス、あんま強引なのはよくないって~」
「だからあたしは……!」
既に自分たちと行くのだと、決められているような状況にアーシャは抵抗を見せる。
そんなアーシャに、セフィが穏やかに声をかけた。
「それなら、ねぇ、アーシャ。私たちと一緒にベーメンの街に行きませんか? 引き返すことになるのは嫌かもしれませんけど……。荷物を無くしてしまったのなら、街でまた体勢を整えて……それからどうするかは、もちろん貴女の自由にしていいのですから」
「……」
「あなたさえ良ければ、です。無理強いはしません。ただ、私たちとしても貴女をここに放っておきたくは無いのです。私たちが、ルモレまで引き返してご一緒できればいいのかもしれませんが……」
「そんな……! そんなこと、してくれなくていいわよ、申し訳ないもの! 街まで連れて行ってもらえるなら、それは勿論私としてもすごくありがたい……!」
セフィの純粋な気遣いが顕な表情と声に、思わず少女は本音を漏らした。荷物をなくし、途方にくれていた彼女にとって、こんなありがたい話はなかったであろう。
ただ、すぐさま全てを打ち明けそして同行を願い出ることを邪魔していたのは、あるいはそれもまた、彼女の少女的な意地と自己防衛の気持ちだったのかもしれない。
「あ……」
セフィの言葉一つで先程までの主張を簡単に翻してしまった自分が恥ずかしくて、少女は思わず言葉を失い頬を朱に染める。そんな少女の動揺に気づいていないかのように、
「そう、それならよかったです」
ニッコリ。安堵の笑みをセフィは浮かべる。
「じゃ、アーシャ、俺たちと一緒に行くんだね」
「……むぅ……」
そして単純に嬉しそうなロルと、やはりまだ納得のいかない様子のアレス。だが後者は、自分一人が反対したところでどうにもならないであろうことを分かっているから、それ以上何も言わなかった。それに何より、彼自身深く思い悩んだり人を無闇に疑うような性質ではないのだ。
「え、いや、でも、ちょっと待っ……」
「嬉しいな~やっぱ女の子いると華やいでいいよね~。ね~アレス~」
暢気に言って少年を突く金髪の青年。当初の思惑とは違ったが、少女に同行を頷かせる切っ掛けを作ったのはこの少年だろう。
「あぁ、でも確かに男所帯に同行というのは、少し抵抗があるかもしれませんね……」
あたふたとする少女の動揺の原因をどこに見たのか、セフィはぽんと手を打つ。
「……え?」
「アーシャ、貴女剣を使えますか?」
少女が頭に浮かんだ疑問を口にする間もなく、セフィは言いながら腰に下げた細身の剣をはずし、そしてそれを少女の前に差し出した。
「ベーメンの街に着くまでの間、お貸しします。それから馬は……私たちの誰かと相乗りという形になりますけど、構いませんか?」
「それは勿論……でも、ちょっと待って。いいの? セフィの武器借りちゃって」
「えぇ。護身用……と言いますか、安心材料のために持っていて下さい」
力において絶対的に劣る身で、刃の1つも持たずにいる不安を知っているセフィはやや苦笑しながら言う。
「……もしあたしがこれで、あなたたちの寝込みでも襲って色々巻き上げて逃げるとか、したらどうするの……?」
差し出された剣に触れて、その重みにアーシャは戸惑う。自らの武器を、ほんの数刻前に出会った自分のような素性も知れない人間に渡していいのか、と。
「私たちは貴女を警戒して武器を取り上げたわけではありませんし……なにより、貴女はそのようなことはしないだろうと信用するから、お渡しするのです」
「……」
「大丈夫ですよ、アーシャ。信じてもらえるか分かりませんけれど……ただ、私たちに貴女を害する気持ちが無いことをわかって頂きたいのと、同時に私が貴女を信じたいだけです」
少女の黒曜石の瞳を見据え、セフィは真摯な声で言った。穏やかながらもゆるぎない、澄んだ瞳が少女を射抜く。
「……分かったわ」
頷いて、少女は剣を受け取った。
一度鞘から滑らせて刃を見、収める。
「ところで……さっき男所帯とか言わなかった? 何で? セフィがいるのに?」
屈託のない表情で不思議そうに首をかしげる。それはつまり、セフィは女性でしょう? と言っていることに他ならなかった。
いつのもことだがやはり笑ってしまったアレスとロル、それから此方もやはり微妙な表情になったセフィ。
程なくして、真実を聞いた少女の驚きの声が、辺りに響いた――。
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