061 - 道中

 モニカをテレーゼに任せ庁舎を出た三人は、町の北のはずれに向かった。人家もまばらな辺りで馬車を下り、そこからは徒歩で続く道を森へと入る。

 少し行くと、道の敷石がなくなり、むき出しの地道になった。だが、そこには人の通った後が多く残されている。

そして驚いたことに、街からそう離れないうちに魔物が出たのだ。

テレーゼから聞いた通りだった訳だが、人間の生活圏のこんなにも近くに出る、というのはやはり驚きだった。

「なんか、妙に好戦的じゃねぇ? こいつら」

毒々しい黄緑の毛皮を纏ったサルの化け物を真っ二つに切り倒しながらアレスが叫んだ。

「しかも、アジトがあるって方に近付くにつれて数が増えてる気がするねぇ」

幼い子供程度の小柄な、皺だらけの皮を被った魔物の心臓に刃を突き立て、引き抜いたその手で巨大な蜂の羽を落とす。ロルが息一つ乱さず陽気な声で返した。

出会って間もないというのに、呼吸の合った無駄の無い二人の動きに感心しつつ、

「こんなにも色々な種類の魔物が一斉に襲ってくるというのも、珍しいですね」

翳したセフィの指先から冷気が迸り、水を混ぜすぎた泥でできたような人形の化け物を凍て付かせる。

 三人の通ってきた道には、既に様々な死骸が、灰の山が築かれている。

コルネーラオ一味が本当にこの道を通っているのかという疑問すらわいてくる、絶え間ない襲撃。

確実に少しずつ、前に進んではいるが、それでもこの時間の掛かり様は三人に多少の焦りを与えていた。

ある程度こちらの力を示せば恐れを成して引いていくのではないかと期待したが、そうは行かないようだ。

「……きりがありませんね」

呟いて、セフィが動きを止める。

前方に新手が現れたのだ。黒い花を咲かせた、樹木の化け物。

大人の背丈ほどあり、太さは一抱えもありそうだ。

そこに空いた虚ろな黒い穴の中に、真っ赤な炎の瞳が踊っている。

「こりゃまた団体さんがおいでだねぇ」

残った蜂を渦巻く風で吹き飛ばし、ロルがセフィの傍に並ぶ。

「木……一気に焼き払うか?」

剣にこびりついた血を死んだ魔物の毛皮で拭き取って、アレスが駆け寄ろうとした時

「えぇ、そうしましょう」

セフィが静かな声で答えた。同時に白い炎が湧き上がり前方の道を塞いだ魔物へと向かって広がる。

溢れ出した水の様に次々と魔物たちを飲み込んだその炎は、魔物に触れた部分が焔色に変わり、激しく燃え上がる。

「なっ……!?」

 白い炎が駆け抜け、そして音も無く消えた後には、細かな灰がさらさらと降り積もった。

「おー! やっぱすごいね、セフィの魔法は」

感嘆と共に言ったロルが剣を仕舞う。

その後方で、アレスは呆然と立ち尽くした。

「今のって、炎……!?」

「え? あ……!!」

アレスの呟きにセフィがはっとなる。

「決まってんじゃん。あれ? どした、セフィ?」

「前……というか、さっきも、水魔法使ってなかったか!?」

水と炎は反属性。つまり、同時に扱うのは不可能のはずだ。

「? それが、なにか? ん? 話してないの?」

二人の顔を見比べ、ロルが緊張感の無い声で問う。

「話す?」

「はい……すみません、機会が無かったもので……」

とりあえず、先に進みましょうとセフィは苦笑して歩き出した

その隣に並び歩きながら、

「セフィの魔法属性って、風と水じゃなかったのか?」

「えぇ、まぁ、そうです……」

確かに、アレスと居る時は風と水しか使わなかった。

だが、

「私は火水風土、全ての属性魔法を使えるんです」

隠した訳ではなくて、ただその必要が無かっただけ。

ロルには既に話したことだったが、まさかこうやってまた、アレスと共に戦うことになるとは思わなかったからだ。

「へ……?」

少年は言葉の意味が咄嗟に理解できず、間の抜けた声で返す。

そしてセフィは、僅かによぎった不安を隠すように苦笑するしか出来ない。

教会の説く魔法理論をよく知るセフィだからこそ、そこに当てはまらない自分の力に恐ろしさを感じた。


――魔法ってのは、要は自然界の精霊の恩寵みたいなもんだろ?

――セフィはそれだけ多くの精霊に愛されてるってことだ。


そう言ってくれた友人は、この上ない大地の加護を受けていた。


「全属性? 何で?? だって、反属性は……」

言いかけたアレスは息を飲んだ。セフィの右手に炎が、左手に氷が宿っていたのだ。

「何故だか、理由は分かりません」

だからそれ以上問わないでと言うように、困ったような微苦笑をするセフィ。

「……っ」

アレスは驚きの表情のまま微動だにしない。

 気味悪がられるだろうか。不安が膨らみセフィは思わず目を伏せる。

「すげー……!」

一瞬言葉を失ったアレスだったが、立ち止まり炎と氷の消えたセフィの手をつかんだ。

「え……」

「スゲーー!!」

もう一度、感嘆の言葉を発する。

覗き込んでくる瞳にあるのは、ただ純粋な感動と賞賛。

「氷と炎を同時に操るなんて、おれ、初めて見た!!」

理論に囚われない、柔軟な思考。見たものを肯定し、真実と受け止める素直さがアレスにはあった。

 確かに火と水は打ち消しあうものかもしれない。

だが、大地と大気は? 地と空、間に立つ人間には上と下、逆のものかもしれない。だが、打ち消し合ったり反発し合ったりはしないものだ。

それは教会の説く魔法理論の根底を否定はせずとも疑う思想だった。

 そういえば、大地の洞窟の前に張られていた結界魔法は大地属性のものだったかもしれない。

妙に納得した様子で頷いたアレスは再び足早に歩きながら

「じゃあ、おれも他の属性魔法使えるようになったりするのか?」

そう問うた。

セフィとロルは一度顔を見合わせ、

「どうでしょう……?」

「どうだろうなぁ? 俺なんかは昔、他属性には特性がないって言われたクチだけど」

「あ、そういやおれ、"お前は炎の相が出てる"って村のじーさまに……」

二人はセフィを見る。初めて魔法を使った時、覚えた頃彼は一体……?

「私は、気付いた時には魔法を使っていたので……。理論は後から習ったんです」と苦笑した。

それはつまり、誰かに教授されることなく魔法を使い得たということ。それも勿論驚くべきことなのだが、今セフィの魔法を目の当たりにしたアレスはさして不思議とは思わなかった。

「そっかー……やっぱ無理なのかなぁ……」

セフィは、自分でも答えられないことなので、深く詮索してこないアレスの性格には快さを覚えた。

「つか、おれ、炎扱うのでもいっぱいいっぱいだしな……」

魔法の勉強は決して好きではないアレスだが、せめて回復魔法が使えたらと、そう思ったのだ。

「あ、それなら、さっきのあれは? 炎魔法だよな? どうやったんだ? おれにもできる?」

白い炎が瞬時に前方を駆け、そして触れた邪悪なものを消滅させた。

アレスの知る火の攻撃魔法は、範囲と個体を対象とするもの。複数の個体を同時に攻撃するには、精神集中を要する。故に複数の敵が現れた時はどうしても手っ取り早い、一定の範囲を焼き払う方法をとってしまいがちなのだ。

その範囲内にあるものは、敵味方関係なく、大地や木々さえも燃やしてしまう。

だが、先ほどのセフィの魔法は範囲指定魔法でありながらその中の魔物にだけ、攻撃の効果を発揮したのだ。

「できると思いますよ」

セフィは確信と共に頷いて答えた。

「ほんとに!? おれさ、魔法の勉強苦手で、あまり真面目にやってないんだけど……!」

「あれだけの炎を扱うことができるのです。向いていないことはないはずですよ」

「ホントか!?」

「えぇ」

「じゃあさっ! 今度教えて!……できれば、基礎も改めて……」

後半声の調子を落として言ったアレスにセフィは思わず笑み、分かりました、と答えた。

「さて、お二人さん。盛り上がってるトコ悪いんだけどさー」

それまで前方を見据え二人の会話を聞いていたロルが、会話の切れ目に合わせて声をかける。

「そろそろ見えてきたみたいだよ」

そして示した前方、木々の間に石造りの塀がすぐ傍にまで迫っていた――。

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