047 - 鋭いのか鈍いのか
「……やぁっぱ俺、ちょっと言い過ぎた、かなぁ……?」
「え……?」
城内はセフィが熟知しているため供は付けず、二人は国王のもとへと向っていた。
少し無言で歩いた後、ふとロルが口を開く。
「俺、エラソーなコト言ったしさぁ……なんか機嫌損ねちゃったみたいだったしさぁ」
やはりマズかっただろうかと情けないほどに悔いる表情は、先ほどの毅然とした態度とはあまりに違っている。その様が、何故か彼らしい気がしてセフィは思わず苦笑した。
「いいえ、そんなことはないと思いますよ。リオン様も、もっともだと思われたから、あれ以上何も言わなかったのでしょうし」
「そかな?」
「えぇ。それに……」
「……それに?」
表情を曇らせたセフィを覗き込むように問う。
「リオン様のご不興を買ったのは私なんです。……すみません、ロル、あんなことになってしまって……」
「へ? あぁ、いや、俺は別に……」
謝られる謂(いわ)れなどあっただろうか。
「……」
「セフィ?」
沈んだ表情のまま先を見つめる司祭に、どうかしたかと問うように声をかけた。
「……何故今になって、と言われたんです。……確かに、そうなんです。……授業は区切りをつけたつもりですけど、放り出す形になってしまうのだし……。任務を受ける動機は、とても自分勝手なものだと私自身思います。本当に……。でも、何故、あんな風に貴方に食って掛かるような真似をしたのでしょう……?」
勝負がついてもなお、リオンはロルに切りかかろうとした。
礼節を備えた彼が何故、そんなことをしたのか?
理由がわからず困惑の様を見せるセフィ。
だがその言葉に、ロルは思わず自らの耳を疑った。
皇子が自分に勝負を挑んだのはおそらく、セフィをとられたくなかったからだ。それと、供に居る者が弱ければ、危険はセフィにも及ぶから。ロルの腕を見たかったというのも本心だろう。
『自分も連れて行け』と言わなかったのは、後者のような理由を自覚しているからだと彼は感心した。
そして、憤っているのは――
――あ~ぁ……俺、ちょっと皇子様に同情しちゃうかも……
ロルは、少年が自分に対して一撃でも手痛いものを浴びせたいと思った気持ちを察することができる。
――鋭いんだか鈍いんだか……
セフィのその、感受性の強さは先日見た通りだ。
だが、自分に向けられる感情に対しては鈍い。
否、自分は他人にとって、負の感情の対象としかなりえないのだと思い込んでるのではないか。
万人に慈悲を垂れ、その身を捧げようとするほどに利己心が薄い。それは、聖職者としては理想的な性質かもしれないが、ある意味この上なく残酷とも言える。
『憎しみや悲しみ、愛情を知らない人に他人のそんな気持ち、分からないでしょう』
あるいはそれは優しすぎる、傷付きやすい心を守るための無意識下の防御策だろうか?
「……セフィがいなくなる寂しさを、どこかにぶつけたかった。ただ聞き分けの無い子供みたいに、行くなと泣き喚くような真似はできない。……そういうお年頃なんじゃないの?」
少し考えた後、選び出した言葉をロルは語った。
「行くな、と……?」
「そ。親しくしたひとが傍を離れて行ってしまうってのは、やっぱ寂しいでしょ? 俺には分かるけど? その気持ち」
ロルは言って、一人頷く。
そうだ、彼の大切な人々はどこよりも遠くへ行ってしまったのだ。
自分が、リオンにとってそれほどまでの存在とは思えないが、確かに、任地へと旅立つ友人を見送る時の心の不安には覚えがある。
「そう、ですね……」
それに、リオンと、そしてこの地で親しくした者達と別れる寂しさは自分にもある。それを
「セフィはその覚悟も含めて、決断したのかもしれないけどさ。皇子様にとってみれば、突然なことなんだし。気持ちの整理がつけられない、でも、どうにかしたくて~っての。ありえることだと思うよ?」
当然の感情じゃないかな、と話すロルの言葉には信憑性があった。
「確かに……。では、時間が必要、ということでしょうか……」
「そーだねぇ」
セフィの身の安全を思って、ロルの力を試した配慮。自分も連れて行けとは言わない分別ある態度。
彼ならば大丈夫だろうと笑みを浮かべつつ、ロルは答えた。
――それにしても……
残される者達の感情を軽んじるのは、自分がその者達にとって、自分が彼らを思うほどの存在ではないと思うから。
自らの存在を、軽んじていること。
――難儀な性質だなぁ……
いかに思われているか、自分にそれを知らしめることなどできない。シスター=マーサが切なそうに語ったのはこのことだろうとロルは思った。
高い天井の広間から、白地に黒の美しい斑紋のある平らかに磨かれた大理石の階段を上り、中庭に面し明るい光の差し込む窓が並ぶ廊下を抜ける。慣れぬ者には迷路の様な回廊だが、流石にセフィの誘導は的確だった。時に出会う城の者たちと軽く挨拶を交わしながら、二人は足早に国王の待つ応接間へと向った。
その部屋の前まで来ると、名乗ることも要件を告げることもせぬうちに、扉を守る近衛兵が扉を開き二人を次の間へと招いた。
通された応接室、上品な臙脂
礼節に則り、謝辞を述べる司祭に国王は
「気にすることは無い。かけなさい、二人とも。――フィル、お茶の用意を頼めるかな」
立ち上がり、静かな手振りで客人をソファへと導く。
王妃は穏やかに微笑み場を辞した。
「さて。二人そろってここへ来たという事は……要件は想像がつく。その前に私からの話をさせてもらって構わんかな?」
言って国王は手近の書類をロルに差し出した。それは戸籍と出入国者管理官に調べさせていたものだった。
「私が見たところ、それらしい人物はいないようだったよ。残念ながらね……」
と、どこか詫びるように言う国王に、そうですかと礼を述べ目を通す。確かに、同じような名前だが年齢があわなかったり、身体的特徴が違う人物ばかり。
「お手を煩わせてしまって、申し訳ありません。ありがとうございました」
「力になれず、すまなかったね」
「いいえ、十分にして頂きました。本当に……」
感謝しています、と青年は清しい笑みを浮かべた。街を訪ね歩き、膨大な資料を自ら調べ上げるより、よほど効率のよい探し方が出来たのだ。
「そうか。ならばよかった」
安堵の表情を見せる国王だが、それは心の底からではない。
これからまた、手がかりの無いまま彼は探し続けるのだ。
「……」
「――それじゃあセフィ、話を聞かせてくれるね?」
資料と、それに目を落とす旅人、そして正面の自分に司祭の切ない瞳が辿り着くのを待って、国王は問うた。それ以上その話題に固執することは無かろうと、場の雰囲気を切り替えるように。
「あ、はい……」
向けられた瞳に、セフィは「伝令の方からお聞きかと思いますが」と前置いて話し始めた。
この地を離れ任に就くこと、ロルと供に行くこと――
話し得ることは限られていたが、それでも可能な限りを話したセフィに、国王は深く頷き出国を認める言葉をかけた。そして、友人に報告の手紙を書くなら国使の伝令に託すがよい、出立前には顔を見せに来るようにと、また、ロルに"息子"をくれぐれも頼む旨を伝えた。
王妃フィルミーザ手ずからの紅茶を干し話し終えた二人は速やかに辞意を述べた。この後、城下街で色々と買い揃え、用意せねばならない物がある。
退出の際セフィは、リオンが気がかりであることを言うべきか迷っていたが、その意を見透かすように
「息子の――リオンハルトのことは気にしないでいい。分かっているはずだ」
それよりも、あのような面白そうな催しは事前に言っておいて欲しかったな、などと悪戯っぽい微笑を見せた。
優しい言葉で見送る国王と王妃に改めて謝意を述べ、二人は城を後にした――。
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