ヴァイオレットカース
第27話 遠い世界からこんにちは
調停局――人類魔術戦争調停局。
あらゆる戦乱の予防を目的とした平和維持組織。
その本部は永世中立国であるスイスに設立されている。数多の国際機関が本部を置くジュネーブに。
クルミは定例報告のため、戦争を撃退する国へ足を踏み入れていた。数名の同僚とすれ違いながら魔術的セキュリティが完備された通路を進み、局長室の扉を叩く。
「失礼します」
スーツ姿の局長は窓際で、こちらに背を向けている。
「スイスは美しい。景観や自然は元より、住まう人々もだ。彼らは平和の尊さをどの国よりも理解し、常に努力を欠かさない。……ふと、こう思ってしまうことがある。高潔な思想とそれを支えるための強力な武力を持ったこの国が、かつてのスイス傭兵のように戦争国へ介入すれば、世界はより平和になるのではないか、とね」
「それ、スイスの皆さんの耳に入ったら、追い出されますよ」
スイスは中立の誓いを立てている。平和活動も積極的だが、あくまで武力を用いない穏やかな方法だ。
武力介入はこの国の理念に反する。戦争は向こうからやってくるもので、こちらから仕掛けるものではないのだ。
「わかっているよ。現実を度外視した老人のくだらないたわごとだ。流してくれ」
「件の少女の報告書を提出しに参りました」
「ふむ、拝見しよう」
局長はクルミが異空間から取り出したレポートを受け取った。
「警護任務は滞りないようだな」
「完璧とは言いませんが、ええ」
「よろしい。今後も君の一存に任せる」
「……それだけ、ですか?」
「何だね?」
手渡されたレポートをクルミは虚空に仕舞いながら、
「いえ。以前は、彼女の詳細を逐一報告せよ、とおっしゃっておられたので」
「私も物事の判断付かぬ子供ではない。君の性格はよく理解している……その秘密主義もね。何度も同じ文言を繰り返すような真似はせんよ。……情報流出は誠に遺憾だが、引き続き彼女の護衛は続けるつもりだろう?」
「ええ。それに恐らく、また来ます」
「聞いたぞ。彼らは挑発したそうだね」
「その言い方は語弊があるかと。覚悟を決めたんですよ」
「失言をした。しかし、そのように認識する組織は多いだろう。特に日本政府はどうだね。守護者というものはどこの国も似たような反応を示すものだ」
「今のところ、特には。……彼らの身内にすら、敵の手先は紛れ込んでいましたので」
「安全地帯はどこにもない。……此度の件は今までの国家陣営同士の戦争とは違う。一国の視点で状況を観察せず、世界規模での俯瞰が必要だ。ますます、我々のような中立組織の必要性が高まるだろう。……どうだね? 彼は」
「と言いますと?」
訊き返しながらも、クルミは彼の発言の意図を理解していた。
「とぼけるのはよくないな。彼の両親は立派な調停局員だった。平和的解決、武力的解決、解決方法は主に二択あるが、彼らはたったの一度も失敗も犯さず、事態を収拾してきた」
「危うく失敗しかけた事例は山ほどありますけどね」
「失敗しなければ何一つ問題はない。君も彼らのよきところを理解していただろう?」
「それは……ええ、間違いなく」
義兄と義姉。赤上和也とスミレ・ヴァイオレット。
無能と有能の凹凸タッグなどと揶揄されたこともしばしばあったが、二人を組み合わせた時に巻き起こる強靭な台風はあらゆる火種を消し飛ばし、平和へと導いてきた。
もし二人が生きていれば、多くのことが違っていたことだろう。
しかし、二人はいない。大災厄を食い止めるために犠牲となってしまった。
「その息子……赤上鉄斗君も父親そっくりだと聞いている」
「面影はありますが、父と子と言えども、他人ですよ」
「赤の他人と言うわけでもあるまい」
「それに、義兄さんは義姉さんと組んで初めてその強さを発揮しました。鉄斗にはそのような相手が――」
「君でも構わないだろう? それに、君がダメだとしても、相応しいな人物がいるじゃないか」
「アウローラ・スティレット、ですか。しかし」
「彼女を調停局に引き入れたのは、魔術同盟から守るためだ。彼女の古巣である魔術騎士団は弱体化が激しく、かつての団長の娘と言えども保護するような力はもはや残っていない。過激な連中に取り込まれないよう抵抗するのがせいぜいだ。しかし、何の見返りもなく保護だけをするほどの余裕も、また我々にはないのだよ。子どもを戦わせるのは実に不愉快で、不本意だが、世界は今我々を必要としていて、そして我々は人材不足だ」
「……ですが」
反論しつつも、彼の言い分は正しいと考えている。調停局は世界に欲されている。いつも冗談めかして言っていた最悪の時代が来たのだ。
不要のレッテルを貼られていた調停局の力を求められる時が。
「急いた話をしてしまったな。まぁ、頭の片隅にでも入れておきたまえ。頭痛の種がこれから舞い込むのだから」
「頭痛の種、ですか? これ以上に?」
「君の実家だよ。この表現が許されるのならば、だが」
「ヴァイオレット家……」
自分を誘拐して身も心も染め上げた忌まわしき実家。そんな最悪の家族は、調停局の支援者の一人を買って出ている。
その理由も表向きはとても綺麗で高潔で、慈愛に満ち溢れたものだが、裏の理由は単純明快。
人間と魔術師、そのどちらにも強い影響力を誇示したいという悪辣極まりないものだ。
「彼らは儀式に取り掛かっている。君にも参列せよとのお達しが出た」
「素敵なお誘いですね」
「気の毒に思うが、まずはそちらを優先したまえ。どのような本音を隠そうとも、建前は有力な協力者だ。綺麗事を言って彼らの支援を打ち切れるほど、我々に余力はない」
「わかってます」
「頑張りたまえ。ヴァイオレット家の機嫌を損なわないこと。これが、君の最優先任務だ」
「では、これで」
クルミは局長室から退室し、盛大なため息を吐いた。
「今どこに……」
クルミはスマートフォンを取り出して親族の居場所を探り――。
「げっまさか!!」
慌てて転移術式を発動させると、姿を消失させた。
※※※
アウローラを宥めるのは大変だった。鉄斗は帰り道の間柄、回想する。
彼女に無断でツィクにピュリティが魔術行使し、イゴールと彼女越しに対面したことを、アウローラは良しとしなかった。義妹に危険が及んだらどうするんだというセリフは五度ほど聞かされ、喉元に剣は三度突きつけられた。
しかし義妹の懸命な説得によって、彼女は矛を下げてくれた。
(一番効果的だったのはこれ、だろうけどな)
鉄斗は所持する買い物袋の中身を一瞥する。
入っているのは君華に指定された食材だ。アウローラを黙らせた決定打。
それは姉妹で料理を作ること、だった。
秘密行動を咎めたアウローラは、逆に最近の内緒の料理特訓をピュリティに責められて陥落したのだ。
義姉さんも隠し事をしているのだから、私が隠し事していても問題ない。
私の行動にケチをつけるのなら、全てを曝け出して、と。
(ま、結果オーライか)
ピュリティはどうやらアウローラの問題点に思い当たる節があるらしく、アウローラも義妹との共同作業は満更でもない様子で、強いて言うならビシーが少し不満げだったのが気になるぐらいだ。
お互いのわだかまりは解け、これでみんな仲良く……敵と向き合える。
(イゴール、助手。奴らはピュリティのデータが欲しいだけだった。……データを入手した後は?)
データは持っていて嬉しいコレクションアイテムではない。必ず用途があり、それを基にした発展計画があり、作戦立案がある。
イゴールは何かを企んでいる。だが、正直なところピュリティの情報にそれほどの価値があるのかも疑問だ。
風変わりで、強力。特異な存在。それは確かだ。
だが、要素を一つずつ抜き出しても、特別な存在だとは言い難い。
攻撃力なら同等以上の物を拵えられるし、回復力も代替えは可能だ。
(一体……)
そう、黙考してしまったせいだろう。
鉄斗は異変に気付くことなく、接近を許してしまった。
目を見開き、ホルスターに手を伸ばしたが既に手遅れ。
それの突進を許し、道路の上へと倒れた。
「お兄ちゃん!」
「な、何――なんだ?」
路上に仰向けに倒れた状態で、自身の上に乗っかるそれを目視する。
金髪碧眼の、幼い少女のあどけない笑顔を。
「やっと会えたね、お兄ちゃん?」
「誰……?」
「くあああ遅かったわ!」
ワンテンポ遅れて転移してきたクルミが魔女帽子を外して頭を掻きむしる。
呆然とする鉄斗の上から退いた少女は、
「私の名前はセリカ。セリカ・ヴァイオレット。よろしくね……お兄ちゃん?」
「ヴァイオレット家……」
自己紹介をして、手を差し伸べた。
「鉄斗、遅いぞ!」
帰宅して早々鉄斗の耳に飛び込んできたのは、アウローラの叱責だった。しかし、怒られている気分にはなれない。というのも、彼女はエプロン姿であからさまに期待している。
姉妹でのクッキングを。しかし、残念ながら今日はお預けになりそうだった。
「む、その子は誰だ?」
眉を顰めて、アウローラは鉄斗の背後に貼り付いている少女へ訊く。隣のクルミが嘆息して、
「鉄斗のいとこ」
「いとこ? つまり……ヴァイオレット家の」
「セリカ・シュトルム・ヴィクトル・パトリス……」
「全部言わなくていいの」
「……セリカ・ヴァイオレット。よろしく」
「アウローラ・スティレットだ」
ミドルネームを割愛したセリカの自己紹介を受け、アウローラが握手を求めたが、セリカは応じなかった。
自分の後ろにぴったりとくっつくいとこの存在に頭を悩ませながら、リビングからやってきた君華に鉄斗は買い物袋を渡す。
「親戚の子が遊びに来たってこと? クルミちゃん」
「親戚……一応そうなるが、俺は――」
鉄斗はセリカをじっと見つめた。クルミといっしょの色味。
ヴァイオレット家の魔術を色濃く継いだ魔術師の少女。
赤上家は母親が家出してきたという関係上、ヴァイオレット家は疎遠だった。理解のあるクルミを除いて。なのに、彼女が今になってやってきた理由がわからない。
いや――それとなく理解はできている。認めたくないだけだ。
「遊びに来たってわけじゃあないね」
クルミは珍しく居心地が悪そうな様子でリビングのソファーに座る。セリカは鉄斗の隣に座り、離れるそぶりをみせない。
「くっついてるな」
「くっついてるわね。……私は自分の部屋にいるから、もし何か用事があるならおいで。貴族の子と近くにいると、たぶん互いにいいことないだろうし」
ビシーは二階の自室へと逃げるように上がっていく。
「みんなはいつものでいいとして、その子のはどうしよっか?」
君華が全員分の飲み物を用意し始めた。
「ミルクでいいよ、優しいお姉ちゃん」
「優しいだなんてそんな……当たり前のことだよ」
全員分の飲み物をお盆に載せて運んできた君華が上機嫌で並べていく。
「ううん。優しくて、綺麗で……」
「ええっそんなー私なんて全然」
「赤上やヴァイオレットとは全く関係のない赤の他人で、一生縁がない遠い遠いエターナルフォーエバーなお姉ちゃん。飲み物を配り終えたら、席を外してね。関係者以外立ち入り禁止だから」
「おい……」
鉄斗は制止しようとしたが間に合わず、君華は謙遜の笑顔のまま凍り付いた。
「……ねえ、アウローラちゃん、私、どうすればいいと思う?」
「事実だから受け入れるべきではないか? その子の言う通り、君は本来我々とは何の関係もない。私はもちろん、ピュリティもだし、鉄斗についても」
「わ、私――無関係じゃないもん! 合鍵も持ってるもん――!」
ショックを受けた君華が二階へと逃げて行く。後始末が大変そうだ。
「言い方があるだろう」
鉄斗が苦言を呈すが、セリカはミルクを飲んで、
「私は本当のこと言っただけだもん。お兄ちゃんはあの子の味方をするの?」
「いや敵とか味方とかそういうことじゃなくてさ、あいつは」
「他にも無関係者さん、いるし。そこの騎士さんと、あっちの隅でかくれんぼしている子。お二方も、関係者以外、立ち入り禁止。クルミおばさんは……」
「くっ」
「許してあげる。家族だもん」
いつもはおばさん呼び禁止と言うクルミも、苦々しい表情を作るだけで耐えている。アウローラは不服さを隠そうともせずその要請を拒否した。
「ヴァイオレット家は調停局の支援者だと聞いている。私は調停局員だ。上司であるクルミと同席する権利がある、と考えるが」
「家族がらみのこと、でも?」
「判断するのはクルミだ。君ではない」
「居てくれた方がいいわね。彼女は私の部下だし」
「でも、そっちの子は――ん」
「ピュリティ?」
ずっと無言を貫いていたピュリティがセリカの傍へ接近する。それは、必然的に鉄斗の傍へと近づくことも兼ねていた。
彼女も普段はあまり見せない不機嫌な表情で、
「近い」
「何が?」
「距離が……近い!」
鉄斗とセリカを引き離す。そして、鉄斗とセリカの間へ座った。
「距離は遠いより近い方がいいでしょ。他人さん」
「私は義姉さんの義妹。つまり実質私も調停員。だから私も出席する」
「その理論は無茶苦茶じゃ」
「鉄斗は黙ってて」
「オーケー。さっさと本題に入ろう」
「お兄ちゃんがそう言うなら」
セリカは前置きしてクルミを見上げた。クルミは大きなため息を吐いて説明を始める。
「ヴァイオレット家の儀式が始まるのよ」
「儀式ってなんだ?」
「本当に何も知らないんだね、お兄ちゃん。お義母様が言った通り」
「鉄斗にヴァイオレット家の知識は何も与えてないの。……スミレ義姉さんの希望でもあったから」
「家族なのに?」
「家族だから、よ。セリカ」
「ふぅん」
セリカはミルクをまた口に含んだ。黙っていれば年相応に見えなくもない。
「それで、儀式とはどんなものなのですか? 魔術の継承、とか?」
「魂の継承」
「魂?」
「そう、魂。ヴァイオレット家は、かつて世界を席巻した伝説の大魔女、エレザ・ヴァイオレットの復活を目論んでいる」
「それじゃつまり……」
鉄斗は君華が用意したクッキーを手に取るセリカを見つめた。
「お察しの通り、セリカはエレザを蘇らせる器……生贄、よ」
顔色一つ変えず、セリカはクッキーを頬張る。無邪気な笑顔のまま。
鉄斗は儀式への出席に同意した。同意せざるを得なかった。
母親やクルミが関わらせようとしなかった、二人ほどの実力者が変えられなかった一族の伝統に、無能魔術師如きが介入できるなどとは到底思えなかったが、それでも見て見ぬふりはできそうにもない。
もはや鉄斗の性質だ。……イゴールと戦うためにも、身内の問題は解決しておかなければならない。
……いや、理由はもっと単純明快だった。
「納得できない」
「君の意見に同感だ」
ヴァイオレットの屋敷を見上げる鉄斗に、アウローラが同調する。
「詳細は知らないが、精神の上書きは殺人と同等の悪罪だ。……自分を無理やり捻じ曲げられるだけでも相当な苦痛を伴うのに、他者の魂で生者を上書きする、とは……。到底看過できる行為ではない」
グルヴェイグに自身の在り方を強制的に変化させられたアウローラが、苦渋に満ちた表情で吐き捨てる。
選択権があるのなら、理解できる。しかしセリカに選択の自由が与えられているとは思えない。
「アサシンや狩人が介入できる事案ではなく、調停局すら手をこまねく状況だとしても。騎士としての誇りを掛けて、私は動く。お父様が知れば間違いなく、事態の打開に動いたはずだ」
「みんな、入るわよ」
二人の会話を中断する形で、クルミが巨大な門を魔術で開ける。
鉄斗は身を固くした。どのような罵詈雑言が放たれても耐えられるように。
なので、響き渡るその声には唖然とさせられた。
公然と放たれる高笑いには。
「おーほっほっほ! やってきましたわね、駄姉!」
「愚妹に言われたくないんだけど」
クルミはまたもや普段はみせない表情を浮かべている。エントランスの階段から笑いながら下る金髪碧眼の若い女を隠す気もなく敵視していた。
「
「私は結婚できないんじゃなくてしないって、何度言ったらわかってくれるのかしら、このバカ妹は。そもそもあんただって独り身じゃない」
「お互い養子同士とは言え、曲がりなりにも姉妹ですの。現実を直視できない駄姉に真実を教えてあげるのも、家族として当然の役割ですわよ?」
「このっ!」
クルミは魔弾を放ち、
「ふんっ!」
女性は防御壁を一瞬で作り出して完璧に防いだ。今の一瞬の工程でも、彼女が優れた魔術師であることが窺える。
自分とは違う。有能魔術師だ。鉄斗は警戒を強めるが、
「ママ!」
「あらセリカ! お帰りなさい!」
飛び掛かるセリカを、まさに母親の如く抱きしめた女性の姿に呆気にとられる。
「会えたよ、お兄ちゃんに!」
「あらそう、良かったわね。そこの彼がそう?」
「うん!」
女性は鉄斗へ視線を定め、またもや高く笑い始めた。
「ふほほほっ! 魔術の才能が微塵もない無能がよくぞ敷居を跨げたわね!」
「おい、鉄斗は――」
アウローラは反発心を露わにするが、
「訪れたことを後悔させてあげますわ! ヴァイオレット流のおもてなしで!」
「彼は私を救ってくれた恩人だ。無用な罵倒は――何?」
「気にしなくていいわ。変わり者だから」
クルミが冷えた眼差しでアウローラの肩を叩いた。鉄斗は肩を竦めて、彼女とピュリティに目を配る。
「行こうか」
「ああ……なんだ、この家は」
「むぅ……」
しかめ面のピュリティを連れて、女性についていく。彼女は客間に案内する間もずっと饒舌だった。
「まず自己紹介をして差し上げますわ。私はイリーナ・シュトルム……」
「ミドルネームはいいんだってば」
「イリーナ・ヴァイオレット、と申します。イリーナでいいですわ。あなたは無能ですし家族ですから」
「無能は余計じゃないか……?」
呟きながら赤い絨毯と金色を基調とした豪華風味な廊下を進んでいく。至る所に人物画が飾ってあり、そのどれもが同じ人物を描いている。
察するに、彼女こそがエリザ・ヴァイオレットだろう。伝説の魔女。彼女が存命の頃が、ヴァイオレット家の全盛期だった。
古い栄華にしがみ付く没落貴族……という印象は拭えない。没落自体はしておらず、未だそれなりの権力を保持してはいるが、過去の栄光にしがみ付いていることは事実だ。
「とりあえずはここでお待ちくださいまし。すぐに部屋を用意いたしますわ」
鉄斗たちを客間へ通したイリーナの発言は、寝耳に水だった。
「待ってください。部屋、とは?」
「……当然、寝泊まりするための部屋、ですけれど?」
「宿泊するのですか? クルミ」
「そうみたいね……道理で」
クルミは苦笑して自分たちをここに連れて来たセリカを見る。彼女は指を弾いてカップを並べると、呪文を唱えて中身をミルクで満たした。
「
「ていっ!」
「ふんっ!」
クルミは杖から魔弾を飛ばしたが、まともや防壁によって潰される。
「おほほほっ。そんな貧弱な攻撃効きませんわ」
「だったら本気で蒸発させてあげようか?」
「やってみます?」
「別に私は構わないけど?」
「俺は構うから止めてくれ」
鉄斗は姉妹仲の悪い二人を仲裁して、ため息を吐く。母親が実家に自分を近づかなかった理由の原因がこれなのではないかと勘違いしてしまいそうだ。
「ママとおばちゃん、本当に仲いいよね」
「どこがなんだ。勘弁してくれ」
椅子に座ると、セリカが喜々として立ち上がって、鉄斗の上へと移動しようとする。が、その前にピュリティが彼女の首根っこを捕まえた。
「シットダウン」
「もう、邪魔しないでよ、部外者B」
「私はピュリティって名前がある、セリカ」
「ちぇっ」
セリカは舌打ちしながらもピュリティに従う。
鉄斗はセリカの注意が逸れている間にこっそり腰のホルスターの中身……愛銃であるP226の状態を確認したが、
「お兄ちゃんの実力じゃ敵わないよ? アメリカにいるガンマンみたいな凄腕の銃使いじゃないと」
セリカには見抜かれている。鉄斗は隠すことを止めた。
「お前さんに不満はないのか?」
「あったら逃げてる、とは思わないの? お兄ちゃん」
「……儀式がどんなものかは聞かされているんだろう。お前さんは下手すれば……」
「下手すれば、なんて誤魔化さなくても大丈夫。儀式が成功すれば確実に私の精神は死ぬ」
「だったら……」
「お兄ちゃんは優しいんだね。でも――」
ミルクを飲み終えたセリカは身を乗り出し、鉄斗の頭を指でついた。
「無遠慮な優しさは、他人に迷惑をかける時があることも、知っておいた方がいいよ」
そう言われてしまったら、鉄斗としても黙るほかない。
そうこうしている間にイリーナが戻って来て、部屋の準備が終わったと告げた。
鉄斗はわだかまる気持ちを抱えながら、部屋へと移動する。
「またね、お兄ちゃん」
手を振るセリカに、後ろ髪を引かれつつも。
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