ヒメヒメヒメド

 今日は新刊の発売日。

 ということで、学校から帰りがてら、行きつけの書店にやってきた。

 目指すは店内の一角、ライトノベルコーナー。

 そこでわたしを待っていたのは、

「ふっ……貴様も来たか、同志N」

 などと宣い、嬉しそうな顔で、こちらに駆け寄ってくるソイツ。どうやら、わたしがここに来ることを、見越していたようだ。

 色々面倒な人物ではあるが、一応紹介しておこう。

 こちら、数少ない、わたしの友人の一人、姫戸ひめど美夜みや。通称ミャー。

 先程の台詞で察したかたもいるかもしれないが、そう、厨二病を患っている少女である。

 わたしと違って、ちゃんと手入れされた、彼女の名前のような黒髪をツーサイドアップに結っており、瞳は綺麗なブルー(カラコン)。当然のように顔立ちは整っていて、人形のようなかわいさがある。

 どこにいても、絵になるような美少女なのは間違いないのだが、おまえそれって私服?とツッコミたくなるくらいに魔改造された、ゴシックな制服と、おまえそれ重傷なの?と心配したくなるくらい、頭には包帯、左目に眼帯。

 念のために言っておくが、ミャーは怪我一つない、至って健康体の女である。包帯も眼帯も、彼女のファッションなのだろう。それゆえ、美人であることは確かだが、厨二要素が邪魔して、通常の人間であれば、一度話すと、誰もこいつに近寄ろうとはしなくなる。加えて、学校の理事長の孫でもあるので、教師も生徒も、こいつに強くモノを言うことができない。敬遠、とまではいかないが、話かけづらいことには間違いない。

 そんなやつと友達になれたのは、まぁ、同じクラスで、趣味が共通していたからというのもあるが、何よりウマが合うからだろうと思う。厨二キャラはともかく、根はいいやつだし。

 ミャーは新刊の表紙をこちらに見せつけ、

「見よ。我が新たな聖典だ。なんとドラマCD付いてる!」

 台詞の後半が素である。よほど嬉しかったのだろう。

「ほんとだ、ラッキー。どこも予約いっぱいだったから得したわ」

「ね! めちゃくちゃ嬉しい!」

 ちょくちょく素が出るミャーである。

 目的のブツ――触手少女の逆襲~触手王に、俺はなる!~を手に取って、二人でレジに並ぶ。

「時に同志N。この後の時間をどう使う?  もし有閑を持て余してるのであれば――」

「家帰ってネトゲ」

 何か言いかけたのを遮って、わたしは答える。

 これに対する、ミャーの反応。

「え!? 同志Nってネトゲやってたの!?」

「やってるけど。言ってなかったっけ?」

「聞いてない!!」

 なぜか恨みがましい目で見られる、わたし。

FSOファンタジーシグナルオンラインってのやってるけど、名前くらい知ってるでしょ?」

「ウチもやる!」

 ずい、と顔を寄せてくるミャーちゃん。頬が風船のようだ。

 どうやら、ネットゲーマーであることを黙っていたのが、気に障ったっぽい。隠してたわけじゃないんだけど。

 というか、サクちゃんといい、なに、顔寄せるの流行ってるの?

「一緒にやるってことなんだろうけど、すぐにはできないと思うよ。レベルが合わないし」

 ミャーが今から始めるにしても、わたしはレベルカンスト状態で、レベルキャップ解放待ちだし、何よりギルドメンバーと一緒にプレイしてるからなぁ。ちなみにギルメンも、ばっちりレベルカンストしてる。

 初期レベルとレベルカンストでは、受けられる、クエストも異なる。レベル1が、いきなり高レベルクエストに、挑戦できるはずもなく。

 つまり活動するレベル帯が違うので、一緒にプレイするには、ミャーにわたしのレベルにまで、追い付いてもらう必要があるのだ。

 しかし、そういったことは理解しているのか、ミャーは余裕の態度で、

「フッ……安心するがいい。その程度、一週間で追い付いてみせよう」

 一週間後、この言葉は現実のものとなる。

 ギルドの一員となったミャーは、その後も破竹の勢いで活躍を続け、FSOのやべーやつ、という尊号(?)を冠し、名を馳せることになる。

 そう、この女、ガチガチのネットゲーマーだったのだ。まぁ予想できたことではある。趣味がわたしと一緒だし。

「ところで、さっき何言いかけたの?」

 すると、ミャーは、何やら頬を赤くし、もじもじし始め、

「一緒に猫カフェ行こうって……」

 なんだこいつかわいいな。

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