名も知らぬあなたへ
海坊主
夢を泳ぐ
夢に誰かが現れるのは
その人が自分を想っているからだと
どこかで聞いたことがあります
あなたは私の夢を見ますか
たぶんもしかすると
今夜あたり見るかもしれませんね
昨日
あなたの夢を見ました
見た記憶もない影
脳がつくりあげたそれは
どこか懐かしい気がして
聞いた覚えのない声を
この耳で聞いたのです
私は広い海の小さな魚でした
緩やかな流れに身を任せながら
あなたの揺らす灯り
ぼんやり見つめ思いました
その鋭い歯で噛み砕かれ
あなたの肝に
なってしまいたい
どうやら
思っていたよりも深く
自分じゃどうしようもない程に
あなたの香りを
吸い込んでいたようです
ただの言葉
されど
奇跡を紡いだのも言葉
あなたは知らないでしょう
あの日から恐れと不安に
幾度も目から水を滴らせていること
ただの言葉が
見えないはずの香りを
この目に映していると言う私を
あなたは愚かだと思いますか?
あの日
美化しているのだと
告げたあなたに
腹が立ちました
私が見ているのは
あなたの成していることや
知識ではありません
言葉の影に
あなたが隠しきれていないもの
それがどんなものかぐらい
こんな私でも
言葉を愛する者として
分かることがあるのです
それを
あなたは嘘だと言うのですか?
私の目を馬鹿にするのですか?
弱さと直向きさを抱えながら
毎日を必死に過ごしてる
あなたは自分で思うよりもずっと
一生懸命に生きている
私が見ているのは
そんなあなたです
でもこんな私のことなど
知らないでいてください
すべては
海の中でしか生きられない
私が悪いのです
この先も
あなたの香りが恋しいなどと
告げはしないでしょう
あなたを困らせたくはありません
あなたと私の海は違う
海流の異なる場所では
泳ぐこともできない小魚が
唯一あなたと共に泳げるのは
この波の狭間だけなのに
あなたの淡い灯から
離れられないでいるのは
きっと
我が儘でしかないのです
分かっています
これ以上望めば望むほどに
互いの泳ぐ力を失わせる事
あなたを呼び求めるたび
目を逸らしたいものが
近づいていることも
その時が来たなら
潔く私は消え去りましょう
ただその代わり
もしもあなたの夢に私が現れたなら
優しく笑いかけてくれませんか
せめて夢の中では
魚の身には許されない願いを
人魚になって叶えたいのです
脚はなくても
少しとがった耳に触れられる手
まだ見ぬ笑顔映せる眼
知らぬ声を聞ける耳
首に顔を埋めて匂いをかげる鼻
想いを告げられる口
想像でしかない感触、感覚
せめて
どうか
夢の中だけでは
許してください
たとえ
重なり合った言葉が
泡となって消えゆこうとも
あなたの平安を
この先もずっと
海の波と共に願い続けます
どうか今夜
あなたの夢に訪れてしまう私を
許してください
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