第三話 「謀略」
謀略‼
昼下り――
ここ最近はとんとご無沙汰だった部屋の中でさらに布団をかぶっての二重引きこもり術を如何なく発揮して篭城していた。
そんな俺を攻城しようと画策するは、宙に浮かぶ二匹の化け猫である。
「重夫くん……もういい加減、機嫌を直して出てきて欲しいモフ」
「嫌です、無理です。田井原重夫は、先日行われた訓練という名目の虐待のせいで、肉体的及び精神的に看過できないほどの損傷を受けました。よってここに一切の譲歩を認めず、引きこもるものとします」
降伏勧告を迫るジョンに対して、布団の中から徹底抗戦の構えを取る。
「モフ……昨日の件は、確かにやり過ぎた感はあれども、それが必要だったのは事実であって……ともかく、何時までもそうやって篭っているのは良くないモフよ?」
「まったく情けない姿だ。初日という事を差し置いても、よくまあ耐えたものだと少しでも感心したらこの様か。しっかりしないか、重夫くん」
そう呆れた声を出しているのはセグナんだ。
何この人? 自分がやった事をちょっとでも申し訳なく思ってないの?
これはさすがに温厚で名の知れた重夫っちも、中学生と肩がぶつかって舌打ちされた途端、「あ、すいません」と反射的に謝っちゃうぐらい優しい重夫っちも、止む終えず怒るかもしれないよ?
「重夫くん、セグナールさんの訓練がキツイものだというのは察するに余りあるけれど、今後の君自身を護るためにはこの方法しかないんだ。実体を持たない僕らでは、いざという時この身を盾にする事もできない。君自身に強くなってもらうしかないんだモフ」
「そんなの無理無茶無謀の三拍子だってーの! だいたい、前から思ってたけどジョン達の言ってる事はすごくおかしい!」
布団から顔だけを出して宙に浮かんだ二人を毅然とした目で捉える。
今日の重夫っちは一味ちがうんだぜ。
「おかしいって、どういう事モフ……?」
「実体がないからこっちでの活動ができないみたいな話だったけど、昨日のセグナんみたいに魔法の力で物を自在に動かせるなら、今俺がやってるような修復作業だってできるハズじゃん。それにあっちの世界から生物を直接は送れないらしいけど、それなら戦闘能力のある無生物――どうせそっちには、魔法の力で動く機械やロボットみたいなんがあるんでしょ? そういうのを送ってくればいい話じゃないの?」
今の今まで、話の流れに呑み込まれて安直に納得していたが、よくよく考えれば
「えっと、その、それは……」
「……」
俺の発言はよほど彼らの急所を突いていたのか、ジョンは落ち着きなく視界を右往左往させて取り乱し、セグナんなどは返す言葉もないかのように渋く押し黙っている。
二人ともしばらくはそうして言葉を継げないでいる状態だったが、何かを決心したかのようにセグナんが口を開いた。
「そう……重夫くん、確かに君の言っていることは正しい」
「――セ、セグナールさん!」
「いや、リンド殿、私情を挟んで申し訳ないが、私は本来このような形での協力要請を快く思っていなかった。でき得ることなら、彼には全てを打ち明けた方が良いと思うのだ」
「でもそれは重夫くんにとっての負担となるモフ! これは全てこちら側の問題クポ、彼を巻き込むのはあまりに横暴モフよ!」
「だがこのままで事態が好転するわけもあるまい。リンド殿、これでもあなたのお気持ちを
「……それはっ、確かにそうだけれど……」
何やらハンパないシリアスモードの二人が言い争っている。
問いかけたのは俺なのに、置いてけぼりですかそうですか。
「ええっと、あのー? なんと言いますか、討論がヒートアップしてる最中で何ですが、こちらにも理解できるような配慮をして頂けますと、わたくしとしましても大変幸いなのですが?」
「ああ。こちらに
セグナんは俺のおずおずな口調に一度頷いて返してから、そう述べてジョンの同意を求めるように視線を投げかけた。
「……仕方がないモフ。セグナールさんにお任せするモフ」
「すまない、リンド殿」
そう詫びの言葉を短く漏らしたセグナんが再び俺の方へと向き直る。
「重夫くん、まず我々から謝罪しなければならない事がある」
「うん、そりゃモチロン昨日の事だよね?」
「君もやたらと引きずるな……。だが、悪いが昨日の件を私から詫びるつもりはないよ。あれは必要な事だ。これからも無論続けていく」
「うおーい、開き直りやがったなちくしょうめっ」
「そうではなく、本来ならば君にこのような危険な役目を背負わせるつもりはなかったという事だ」
そこで一旦言葉を区切ったセグナールは、一呼吸して間を整えてから淡白な口調で語り始めた。
「始まりから話そう。まずはそう、我々の世界の話だ。こちら側の話は、魔法技術という代物が発達したおかげで出来た高度な文明世界という認識しかないだろう。だが我々の世界も、何も夢のような技術で全てが上手く運んでいるといったものではないのだ。発達した技術は、その運用を間違えば大きな悲劇を生むこととなる。そんな教訓を今の我々の世代に深く刻み込むような出来事があった」
とつとつと話は続いていった。
彼らの世界の現代史を淡白に、かつてあった出来事を時系列ごとに話していくというものだった。
それによればこうだ――
ジョン達の世界も俺達のそれと同様に、軍拡競争と条約による歯止め――そんな軍事的確執が続いていた。
それは表層的には平和に映るが、深層においては力ある国々の武力による暗黙の閉鎖的支配に他ならなかった。
そんな折に生まれてしまったのが魔法技術だ。
無論各国はこぞってこの研究に取り組み、魔法という新しい武力の影響は日に日に偏りを増していった。
そしてそれを危険視したのは言うまでもなく、被支配者の弱小国群である。
魔法技術の独占を恐れた彼らの、その不安と猜疑は頂点に達し、つまりはテロ行為による武装蜂起が乱発したわけだ。
後はお決まりの展開だろう。
紛争は世界全土へと広がり、偽りの仮面だった平和という文字はかき消された。
世界規模で死傷者の数は日を追う毎に右肩上がり、さらにはその機に乗じた大国達の漫然とした侵略行為が世界をますます荒廃させていった。
そうやって傷跡を大きくしながら廻っていた彼らの世界。
そこからようやく人々は本当の平和という存在を思い出したのか、一部の国家に拠らない包括的な全土支配を画策するようになった。
つまりは統一政府――全世界が一つの民主主義体勢によって統治されるそんなシステムを作り上げた。
それがジョン達が所属している大元、統一政府直属の執行機関である中央管理局というものだった。
「だが多くの理想を
「――その非難や怒りの矛先は自然と、統一政府の手足である僕ら中央局へと向けられるようになったモフ。それが今日まで、およそ120年間続いていることになるモフ……」
そこでそれまで黙っていたジョンが合いの手を入れるように、補足説明をする。
「そうだ。統一政府発足120年が経った今でも、それらのテロ行為は我ら中央管理局を――ひいては統一政府を滅ぼさんとしたもの。先人達、我々の先輩方も尽力して事を収めようとはしてきた。だが頻度や規模に抑えが付くようになったとて、その根本が無くなるようなことはなかった」
「彼らにも彼らの言い分があるモフ。僕らの抱く理想のみが正解ではないのは承知しているし……そうであるなら、この負の連鎖が止むことは無いのかもしれない。でも僕らは一人でも多くの人間が穏やかに、そして幸せに暮らせる世界を目指しているモフ! その中には僕らに敵意を向けるその彼らだって含まれているんだモフよ!」
消沈していたジョンだったが、少しだけ元気を取り戻した風にそう力強く言い放った。
「そして重夫くん、そのテロリストの一派が、今現在直面しているこの状況を作り出した張本人達――つまりはそう、我々の敵という事だよ」
今までの話しの流れからなんとなくは予想していたが、つまり俺は彼らのごたごたに巻き込まれたというわけなんだ。
まったく、巻き込まれ型主人公の極みやね。
「ジョンと初めて会った夜に、公園に現れたあのショタっ子がテロリストの一味という事? あの子を逮捕なり何なりできれば、取りあえず今回の騒動は一時収まるん?」
「報告にあったその人物だが、おそらくそれも通常の人間ではあるまい。テロリスト達が何処からか手に入れた高性能アンドロイドか、もしくは全く新しいタイプの人工生物――人造人間かだな」
「それに事はそう単純な話ではないんだ……」
さっきから浮き沈みの激しいジョンがまた、俯き加減で口に手を当て困ったような仕草をしている。
ああもう、可愛いなこんちくしょう。
「そこで始めの重夫くんの疑問に答える事になる。どうして我々が自分達だけで可能であるにも
「おお、ようやくか。実はスルーされてるのかと思ってた」
「掻い摘んで話そう。君の質問の答えは、ずばり我々の行動が制限を受けているからだ」
「制限? そりゃまた誰に? 何のために?」
「第2独立情報室がこの次元断絶界を超過して起こった一連の事件の処理をあてがわれた時、我らが中央管理局において最も効力のある局長の署名入り指令書が作戦案と一緒に送りつけられてきたのだ。内容は君達への世界への過度な干渉がもたらす弊害を少しでも減らすためという、そういった口実で主に情報室の魔術に関する行使を著しく制限させるというものだった」
「はー、なるへそ。そこら辺は何とはなしに理解した。ただちょっと変に思うのは、こっちの世界との干渉を減らすんなら、俺みたいな人間とは接触しない方がいいよね? どういう事? 作戦案が根本から間違ってない?」
俺の素朴な疑問の投げ掛けにジョン達が重苦しく押し黙ってしまった。
あれ? なんかの地雷踏んだ? 全然そんなつもりなかったんに。
「……送られてきた作戦案は、ただ只管こちら側の都合を優先したようなものだ。使用する魔術を最低限なものに抑えるための手段とその用法が記されていた。影響力、知名度、社会的貢献度が最も低いレベルの現地人を徴用し、作戦終了と共に情報漏洩の危険を考慮してその処理にあたれという。その意味する所が
「えっとつまり……ジョン達に魔法使わせないために、その条件に適当なこっち側の人間を働かせて、終わったら口を封じろって事やね。――うん、ふざけんなそれ」
確かに俺は影響力や知名度どころか、社会貢献なんてのには一切関わってませんけどね。
でも改めてそう言われるとすごく腹立つよこれ。
「まさにそう、そんなふざけた内容の作戦案が最高位権限の命令書と一緒に送り付けられてきたんだモフ。僕ら情報室の人間は目を疑ったよ」
「――いや、てかちょっと待って! 俺ってこの仕事が片付いたら口封じで殺されんの⁉」
「ふふっ、何も『殺せ』とは書かれていなかったのがまたいやらしいな。情報漏洩の危険を排除せよという事で、つまり君の記憶を欠落させるなり、言語機能に障害を発生させるなり……。まあどちらにしても馬鹿馬鹿しい内容だ」
「心配しないで重夫くん。僕らが決してそんな事はさせないモフ」
皮肉気に腕を組んでお口元を歪めているセグナんとは対象的に、ジョンがポンっと相変わらずのラブリーさで胸を叩く。
「えっと、ジョン達はそんなつもりは無いんやよね? でも、ていう事はさ、その一番偉い人からの命令に背くって事?」
「そうだ。――いや正確には、既に我々は局長の命令では動いていない」
「この指令所が送り付けられてきた直後、あまりの不可解な内容に、ぼくの直接の上司である第2情報室の室長が動いてくれたんだモフ。中央局内部で局長に次ぐ権限の持ち主であり、そしてセグナールさんのマスターである執務長の所へ掛け合って、この歪な命令のからくりを暴くべく方々に手を回したんだ」
「その際にアレハンドラ様――執務長に命ぜられてな、私はこちらへとやって来たのだ。無論、局長側は私の存在を知らぬ。君の護衛の為に魔法技術と化学技術を複合して開発された専用の機械化兵を一体送る警護案も、言うまでもなく一顧だにされず、上層部は今でも君の事を見捨てるつもりでいる」
さらりと死刑宣告を受けちゃったぜ。
まあ、それに逆らってジョン達は動いてくれているというのは分かる。
「局長と執務長は立場的に似通った部分があって、二人は折り合いが悪く、何かと衝突する事が多かった。それが派閥争いを生んでいた事もあり、どうもおかしな事になっている局長命令の真意を暴くには執務長が適任だったというわけさ」
「なんか一気に俗っぽい話になってきたけど、つまりどういう事なんよ? 局長さんがトチ狂って変な命令出したってんじゃないっしょ?」
「ふむ、局長殿がトチ狂っただけならば、この問題は容易く片付くのだがな。首を挿げ替えればよいだけの話だ。しかしどうも、より複雑で難解な事情が絡んでいると睨むべきだな」
「今回のような前代未聞の大事件を僕ら第2独立情報室――つまりは副室の人間に一任したり、まるで事件の収拾を阻むかのような支離滅裂な命令を下したり、まるで理に適ってないモフ。これは下手をしたら中央局だけでなく、統一政府そのものが転覆するかもしれない規模の話になってくるやもと、執務長はそう考えてらっしゃるようモフ」
「政府転覆? それを狙ってるのはテロリスト達なんじゃないの? ……あれ、ちょっと待って……ていう事はもしや……そういう事なの?」
世の中にはこういう言葉がある――敵対国の無能な指導者は最良の味方である、と。
いやいや、それどころか敵側の最高位が本当にこっちに寝返ってくれたらメチャ心強いよねー。
そういう事なんだろうか。
「いや、あくまで推論の段階だ。これと言った証拠が挙がっているわけではない。尤もそう簡単に尻尾を掴めるような問題でなくなっているがな」
「この憶測が本当なら、僕ら一局員が手に負える範囲を超えてるモフ……」
「まあ、そりゃあねぇ。仮にも一番のお偉いさんが、仇敵のテロリストと内通してましたじゃ、なんかもうスケールが壮大過ぎる」
二人がはっきりと口に出せずにいる事柄をすっぱり言って除けたが、つまりはそういう可能性が大なワケだった。
そう考えればほとんどの辻褄が合うことになる。――陰謀ってヤツだな。
ほんとにもう、とんでもない事に巻き込んで下さってありがとうだよ。
「そいで、これから俺はどうなっちゃうの?」
「我々は何があってもこの一連の事件を収拾するつもりだ。そうすれば君の身の安全も保障される。だがその間に敵側のテロリストだけでなく、味方である筈の局内部からも妨害の手が回るかもしれない。私達側からの支援を受けれなくなるような事になった場合、こちらからは君を護ることも助ける事も出来なくなるだろう」
抑揚はないが、その奥に確かに温度のある何かが宿っている。――セグナールの声はそういうものだった。
「重夫くん、だからこそ君に我々の世界の力を与え、その使い方を習得させ、君を鍛えようとしているのだ。本来ならばこの世界にあってはならないものをこの世界の住人である君に託している。この意味を――そして私達の思いをどうか汲み取ってはくれまいか?」
相変わらず俺の顔を正面に捉え、真っ直ぐな目で静かに語りかけてくる。
本人はすごく真剣なんだろうけど、見た目がラブリー&キューティーなためにとってもシュールなんだ。
「……まあ、経緯はよくわかった。でもそれらの状況を考慮したとしても、俺が引かされたのがかなりの貧乏クジだというのは揺るぎないやんね。安易に引き受けた俺も悪いのかもしれないけど、やっぱり完全に納得するにはまだちょっと整理が足りないかと……」
「そうか、やはり簡単に答えはだせんか。……無理からぬ話だ。だが、すまないが考えをまとめるのに然程の時間も与えてやれない――という状況も忘れないで欲しい。こちらの都合ばかりを頼んでいるが、事実として余裕が無いのだ」
「あの、重夫くん――僕はまたちょっと、あっち側で済まさなくちゃならない用事が残ってて席を外すけど、その……こんな事言うのは変かもしれないけど……君は君の意志を優先すればいいと思うモフ」
口篭るようにそう言い残して、ジョンの姿はフッと消えた。
何だそりゃ……? 俺の自由にしていいって事だろうか。
でもそれで困るのはジョン達なんだし、どうも妙な言い方だった。
「……」
そんな事はお構いなしなのか、あるいはだからこそだったのか、セグナんはジョンが消えた後も苦い雰囲気をかもしながら押し黙っていた。
しかし幾許かもない様子でまた、こちらを向いて口を開く。
「重夫くん、まだ少し君に話さなくてはならん事がある」
「改まってまた何ぞな?」
「今から話す事は君にとって最も根幹な部分となるだろう。本当は何よりもまずこの話を先にすべきだったのだろうが……」
言葉を濁すよう間を空けたセグナールだったが、意を決した体でまた顔を上げる。
「リンド殿の情報室が今回の指令を受け、我が主であるアレハンドラ様の指示で独自の行動を取る事となった折、その我々にどうしても必要なものがあった。言うまでも無く、こちらの世界で自由に動ける協力者だ。だがそれは局長からの命令書にあったような使い捨てのための安直なそれではなく、また利害関係によって生ずる一時の情勢に左右される様な加担者でもない。我らの正義と信念に理解を示してくれ、場合によって共に局中枢部とも戦ってくれるような、そんな真の協力者が必要だった」
「まあ、そりゃね。状況がそんなだからね、考えられる事だね」
「そう。そしてその条件に合う人物として、重夫くん――君が選ばれた」
「大任でござる」
「君を強く推薦したのは、分かると思うがリンド殿だ。理由は勿論、君の魔術適性値が飛びぬけているというのがある。何かあった時、君が独自で魔術を使用して状況を切り抜け得る事を考慮しての事だ。だがリンド殿はその判断よりももっと重要視している理由で君を推した」
「……それ以外に大事な要素があんの?」
「ああ。考えてもみてくれ、先程も言った通り本来君達側には存在しない筈の超常の力を与えようとしているのだ。それを完全に君が習得したとして、一体その力で何が出来ると思う?」
「何がって、そりゃもちろん……」
しばらく思案してみたが、答えは実に簡単だった。
「何でも出来る?」
「――そういう事だ」
セグナールは強い口調でそう肯定した。
確かに、今まで見てきた彼らの力を考えれば、おおよそ不可能な事なんて無い気がする。
それがどの様な目的に使用されるものであっても、この魔術という手段がもたらす成果は絶大だ。
そしてもし世界がこの力に気がついた時、一体何が起こるのか。
それはもう言うまでもない話だったろう。
さっきセグナんから淡々と聞かされた彼らの歴史が思い起こされる。
「下手をすれば、私達のやろうとしている事は今起こっている事件よりももっと恐ろしい事になりかねん。ある意味で局長からの指令書の条件は的を射ているのだ。その危険を冒してでも、我々は今こうしている」
「なぜにそげな危ない橋を……?」
「だから言っただろう。リンド殿は魔術適性よりも遥かに重要な理由で、強く君を推薦したと」
「つまり、どゆ意味?」
「言わねば解らぬのか? つまり君は信頼されているのだよ。それも並大抵ではないほどにな」
いやいや、信頼だなんてそんな。重夫っちてば生まれてこの方、人から頼りにされた事なんて一度もないんよ?
何故にそれが遠く離れた異世界のジョンなんぞに、そこまでの信頼を取り得たのんだろうか。
「リンド殿の第2独立情報室という部署は少し特殊でな。言わば第1情報室には回ってこないような小さい仕事を請け負っている。まあ局内部でも、あまり華やかには思われていないという事だ。だから癖の強い人間が寄り集まっているという話だが……まあともかく、そんな彼らの一番の仕事は君達の世界の情勢の監視だった。そして副次的に、君のような魔術適性値を示す人物の監査もだ。そんなリンド殿だからこそ、おそらく彼の中で何か確信足りえるものがあったのだろう。重夫くん――リンド殿は君になら全てを託しても間違いはないと、そう情報室の皆に告げたそうだよ」
「あー、うん……何ていうかその……」
「ふっ、どうかな重夫くん? 私達の世界の事はこの際よしとしても、リンド殿のその期待には応えてやろうと思わないだろうか」
頼もしいような声色で、セグナールが身を乗り出してきた。
慣れていない賞賛の嵐――あるいは、誰かにこうまでも人としての根幹をくすぐられたせいか、重夫っちの動悸はちょっこす早くなっていた。
「うん、まあ――まあね。そういう事ならね、そのね、こう何と言うか……そっちの複雑な事情も考慮したし、ここは大人な重夫っちがね、まあその……しわ寄せを一手に引き受けてあげてもいい……かもしれないね。と言っても、あくまで対処できる範囲でという話よ?」
「そうか、やってくれるか! リンド殿もきっと喜ばれるだろうな。いやなに、実はここだけの話、自分の一方的な期待を押し付けぬようにと、リンド殿は私にこの話を固く口止めしていたのだよ」
「いやぁ、まあまあ、その……言っとくけど、別にジョンの期待に応えたいとかじゃないからね? そこはほら、あくまでその、そっちの状況に同情した人格者の重夫っちが、あくまで力を貸すっていうね、そういう事だからね? そこんところ勘違いしないでね?」
おっとしまった。
全世界お人好し選手権に毎回出場できるぐらいの有人格者っぷりを如何なく発揮してしまった。
やれやれ、ほんとに俺ってば自己犠牲の塊のような人間だから仕方ないね。
――べ、別に、誰かに期待されたのが嬉しかったとか、そういんじゃ全然ないんだからね⁉
「そうと決まれば、そこはやれる男な重夫っちが、そっちの為にさっそく魔法の力の習得に励むこともやぶさかではない」
「うむ、良い気合だぞ重夫くん。私も教え甲斐があるというものだな。では例の地下室で再度、魔術の形成を試みるとするか」
と、こうしてまあ――俺の篭城戦は大勝利に終わった。
え? 何? 説得されてうやむやの内に投降しただけだって?
馬鹿を言うでない。
この重夫っちのあまりの頑強な精神に敵は折れ、逆に向こうが降伏をしてきたのだ。
だからもう篭城する必要はないのだ。
きっとそういう事なのだ。
魔法習得という大きな目的が出来たせいもあってか、ここ最近はますます生活基準が普通の人と同じになってきた。
これでは胸を張ってニートを名乗れない、由々しき事態である。
今や、日中のほとんどを
セグナん指導の下、もはや過去の遺物を通り越し、その希少性に有価さえ付くようになったガチンコスパルタ教育を徹底して施されおり、基本的人権を全く配慮しないその前時代的な教育法は、伸びやかで大らかなる精神を培うのを阻害しているといっても過言ではなく、そのような施行者の自己満足的な横暴は、ある種の従属主義に端を発するところであり、なんていうかホラ、重夫っちって褒められて伸びるタイプだからさー、そういうの止めにしなーい? ――と再三訴えてはいるものの、未だかような暴虐が繰り広げられている次第であった。
しかしまあ、今の状況を理解している分、ある程度は受け入れてるつもりなのだ。
それになんだかんだ言っても、日中夜をぼーっと過ごしているよりは、こうやって何かの目的の為に邁進しているという状態の方が精神衛生上好ましいのだろう。
少なくとも、最近はなんだか鬱屈となる事もなかったりする。
あとはまあ、訓練ついでにセグナんからあっちの世界の事を色々教えて貰えるというのがある。
ぶっちゃけこの人、禁則事項とかいうのを全く気にしてない様子なんですが……。 ジョンとは大違いというか、いいのかそれでとこっちが心配してしまう程だ。
ジョンの場合は何を聞いて「ノーコメント」の一点張りだったというのに、セグナんは俺の質問に一から十まで丁寧に答えてくれる。
もう舞台設定というかキャラ付けとういうか、そういうのどうでもよくなったんだろうか。
おかげで、ジョン達の世界の事は大体理解できたと思う。
ほとんどこちらと変わりない世界らしく、物理現象から天体位置、これまで辿ってきた惑星の歴史すらも差異はあれども同質のものであった。
ある意味で並行世界と呼べる代物ではないかと、あちら側の学者さん達の間でも盛んに検証されている程だ。
前にもジョンが言っていた通り、大きく異なる点を挙げるとするならば、本当に「魔法」という全く新しい概念の現象――あるいはその元となる「魔力」という未知のエネルギー体の存在だけだった。
またそれについても面白い話が聞けた。
というのも、ジョンが用いたあちらの世界からの支援魔法ではなく、セグナんが単体でやってみせた術から判別できた事なのだが、こちらの世界でも精神体から詠唱された魔法はその質こそ落ちるものの、はっきり作用している事が判明した。
という事はこちらの世界にも魔力とよばれるエネルギー体が存在しているという事になる。
つまりは、俺達の世界の人間が気付いていないだけで、「魔力」あるいはそれに通ずる何か全く新しいエネルギーがこちらの世界にも確実に存在しており、いつかの未来ではこちら側でもそれを解明する事ができるようになるかもしれないという。
このようなガチっぽい展開には心躍られずにいられないだろう。
まあ、それが何百年何千年先なのかは当然見当が付かないわけだが。
問題はそんな近似世界でありながらのジョン達のこの姿であろうか。
何故に彼らはメルヘンチックを偽装したのか、理解に苦しむというもの。
でもぶっちゃけ始めから察しは付いてたんだけどね。ジョン達の姿が偽物である事ぐらい。
まあ、それはさてとして――
秘密の地下室での特訓は続いていた。
魔術習得は気合で何とかなるものと思っていたが、やはりそう上手くは運ばない。
未だ確実な魔術は発動しておらず、一度それっぽい現象が杖の先端に現れた事もあったが、それが成功であったとはとても言えなかった。
さらに最近は空間剥離現象もまるで起こっていない。
それはいい事なのではとも思ったが、ジョン達に言わせれば、今は敵方が何かしらの大掛かりな作戦を展開するための準備期間であるかもしれないとの事だ。
つまりまあ、嵐の前の静けさという事らしい。
「えいしゃおらーっ! えいしゃおらーっ! よいさほらーっ‼」
地下室での特訓の内容はだいたい決まっている。
始めに準備運動から入って、次に高負荷の筋トレへと移り、そのあとムクを相手に立ち回るというスリリングなアトラクションを経て、最後に瞑想である。
瞑想というか、ただ単に集中力をつけるための精神統一というか、まあそんな感じのわけだが――ていうかもうこれ、魔法使いじゃなくて魔法戦士に言い改めるべきだよね。
「えいしゃおらーっ! えいしゃおらーっ! ―――よさこいっ⁉」
無理強いされてるスパーリングの最中、杖をぶん回して攻勢に出ていた俺だが、その気合十分なままムクの体当たりをくらう。
その突き上げをなんとか受け止めようとした俺の身体は宙を舞い、そのままべちゃりと大地に身体の前面が叩きつけられる。
ほんともう、昔のアニメでいう所の、自分の身体の型がくっきり残るぐらいの勢いだった。
「
「
「どこかケガでも?」
「どこかもクソも全身怪我だらけや! 骨ボッキボキ折れとる! 内臓もグッチャグチャに潰れとるでこれ!」
「ふむ、擦り傷程度だな。これなら問題ない」
「――鬼! ――悪魔! ――ネコに限りなく近い何か!」
「仕方が無い。今日の戦闘訓練はここまでにしよう。最後にもう一度、魔術の練成を試みて、その感覚を忘れないように刻み込むのだ」
「ううっ……ようやくか終わりか。今日も生き残れた……」
大体訓練の最後はこうして、今まで何度も試している魔術をもう一度だけ試してみて終わりだった。
成功させる事が目的でなく、どう意味があるのかはわからないが、ともかく感覚として肉体や精神にそれを覚えさせるのが目的らしい。
重たい鋼鉄の杖を拾い取って、何度もしているあのイメージを引き出してくる。
イメージだけならもう直ぐにでも思い起こせるようになっていた。
けどそれが実現した事は一度もない。
しばらく目をつむり呼吸を整え、ぐっと両手で握りこんだ杖の感触に意識を集中する。
よくは分からないのだが、あのイメージを投影しようとする度に握った杖の感覚が消失するのだ。
それが何かの原因となって、魔法の発動を妨げているのか。
あるいはやっぱり、ジョン達には悪いが、こちら側の人間である俺にはそんなもの初めから扱えないのだろうか。
この訓練の最後はセグナんの判断ではなく、俺の判断で切り上げる。
どれだけ心の中で強く念じてみたところで、実際には何も起こらないわけだから、セグナんにその判断が付かないのだろう。
ある意味で自己鍛錬だ。自分が心行くまでやっていられるし、逆に早々に切り上げる事もできる。
今回はちょっと試したい事もあって、心なしか長めのもの。
しかし、結局何の変化も起こらず、ただ一度大きく溜め息を吐いた。
「うんまあ、やっぱ無理かー」
「……なに、成功させる事だけが必要というのでもない。そうやって精神と肉体を連結し、その回路を開くことが十分魔術の訓練に値するのだ」
「そういうもんか。でも、あまりのんびりも出来ないんでしょ?」
「うむ……。しかしだ、これについては急いてどうなるものでもない」
「確かに言う通りやね。そっちの世界でもさ、適性のある人間であっても俺みたいに習得できないでいる人とかっているん?」
「勿論だとも。言っておいたと思うが、何の技術的補助もなしに純粋な魔術を扱える人間は特別だ。たとえ適性率が高くても、それを使いこなせている術者というのはごく一握りだ。才能を与えられたからといって、努力もせずに成功する人間などはいないさ」
「セグナんも魔法を習得するのには、苦労した?」
「ああ、そうだな。特に私の場合は適性率が人並みに低かったからな。完全に使いこなせるようになるまではかなりの年数を経たものだ」
「お? あれ? 適性率の低い人でも魔法って使えるの?」
「確かに術者となれる人間のほとんどは、特殊な才能――つまり高いセンスを示している。だが言ったように何も才能だけで話がつく訳ではない。例えば10段階中1でもその才があれば理論上は可能なのだ。あと必要なのはその1をいかに引き出し切れるか、そして扱い切れるかだ」
なるほど、なんだかセグナんの話を聞いて納得してしまった。
セグナんのその何処とない落ち着き払った態度や、静かな中にある毅然とした部分というのは、そうやって人よりも悪い条件下を乗り越えて来たゆえに備わったものなのだろう。
才能を
「はー、なるほど。苦労してきたんやねー」
「ふふ、そうだな。気楽そうに言ってくれるが、それなりにはな」
「セグナんは何で護衛官なんてやっとたん? やっぱ魔法が使えると、そういう役職に有利なん?」
「いや、私の場合は逆だったのだ。私は魔術が扱えるから、護衛官の任を選んだのではない」
「というと?」
「幼少の頃より、私はアレハンドラ執務長に多大な恩義があってな。その恩を少しでも返そうと、あの方のお役に立てるようにと、私は必死で魔術を習得したのだ。今こうして、あの方の命によりその御身から離れてはいるが、私の主はアレハンドラ様ただ一人。今後ともあの方の為にこの身を捧げることを強く望んでいる」
なんとまあ、遠く離れた異世界にこのようなサムラーイがいたとは驚きである。
なるほど。忠義という言葉は確かにセグナんによく似合う。
「へえ、そりゃあ確かに護衛官って役職は本分やね。身を
「そうだな。しかしまあ、そう格好の付いたものでもないよ。私がおらずともアレハンドラ様は余程の事が無ければ倒れはしない剛健なお方だ。それに実際のところ、私がやっているのはまるで秘書のような雑務ばかり。個人秘書とでも名称を改めた方がよいかもな」
気取った風もなくそう笑うセグナール。
確かにそんな頻繁に命を狙われるなんて事はないだろうから、そういう捉え方も間違いではないのかも。
「そのアレハンドラ執務長ってどんな人なの?」
「どんな人か、そうだな……いや、一言ではなかなか言い表せないな。強いて言うならば、そういう奥の深さというか懐の広さを持ったお方だよ」
「ふーん、まあ、何となく把握できた」
きっとセグナんが心酔するぐらいなんだから大した人物なんだろう。
一応は俺達の味方というか、その中で一番力を持った人物らしいので、その
「さて、何時までもここに居ても仕方がない。それとも重夫くんは、訓練の継続を所望しているのかな?」
「悪い冗談でやんす。もうクタクタでやんす」
「すまんがこれから、私も向こうに戻らねばならん。状況の推移をできるだけ早く知っておきたいのでな。リンド殿共々こちらへはしばらく来れないだろうが、くれぐれも気を付けてな」
「はいよう。まあ大丈夫でしょ」
気楽に返事をしてセグナんを見送った後、自分の部屋へと逃げ帰る。
部屋に戻るとすぐさま、汗と泥で塗れてしまった体をシャワーで洗い流す。
そして風呂上りには冷えた缶ビールを一気に流し込む。うむ、体を動かしたあとのこの一杯は格別である。労働は知らんがビールは旨い。
一日の構成要素が睡眠とネットから次第、離れていく。
いけない! これでは真っ当なニートから、堕落し切った一般市民に成り下がってしまう!
ああ、でも堕ちていく自分を抑えきれない。悔しいのに健全になってしまう淫らな自分。
そんな事を考えてると部屋のチャイムが鳴った。
セールスか新聞だろうとガン無視を決め込んでいたが、今度は携帯の着信が音を鳴らすのだ。
このパターンはあれだなと思い出し、面倒くさいなーとボヤキながら玄関の鍵を外す。
扉を開けばやはり予想通り、そこには堕落し切った汚らわしい労働階級者がいた。
「いよっす、遊びきたぞ」
「帰れこの社畜め! 汚らわしい臓物の臭いを撒き散らしおってからに! ここは聖域ぞ! 早々に立ち去れっ!」
玄関の前には、中学時代から『ザ・チン毛』の異名を
うん、人それを雅のんと呼ぶ。
「んだよ、宗教か新聞の勧誘員しかやって来ないこんなボロアパートをわざわざ訪ねてきたんだぞ。お前もっと労えよな」
「この前、マルチ商法の人も来ましたぁ。ていうか雅のん仕事は?」
「今日は日曜だっての。これだから曜日の感覚もない糞ニートは……」
「人間は時間に縛られる、だがニートはそれに非ず。――よってニートの勝ち」
「意味わかんね。……あれ? そういやなんかお前、随分スッキリした顔してね? 今までみたいな不健康そうな辛気臭さがなくなってね?」
「生まれてこの方イケメンですが何か」
「はあ? 芋系統に属するような顔して何言ってんだ?」
「んだこら⁉ 芋系統に属するって具体的に何芋じゃい! サトイモとヤマイモとじゃあ形状全然違うやろがい!」
「まあ、いいか。それよりさっさと部屋上げろよな。ずっと立たせとくなって」
そう言ってずかずかと俺のサンクチュアリに足を踏み入れる雅のん。
可哀相に……。労働などしてるから人間的尊厳が損なわれ、このようなデリカシーのない行動を取ってしまうのだ。
やはり人類の結論はニートだな。
「久々にレトロなゲームやりたくなってよ。ソフトも色々持ってきたから、対戦しようぜ。あと何か飲み物ないのかよ?」
どかどかと入ってきた雅のんは、既にもう我が家のようにくつろいでる。
まあ、大学時代から勝手に来て勝手に入り浸ってから今更か。
「ビールしかない。というか飲み物くらい差し入れとして持ってこいやい」
「それでいいや。つまみは?」
まったく注文の多い奴だ。
常備してあるスナック類と缶ビールを取り出して渡す。
「おう。――んん? どしたお前その手のキズ?」
「え? ああ、これかー……」
しまった、ちょっと油断していた。
連日の激しいかわいがり稽古で、俺の体はそこかしこがキズだらけなのだった。普通はまあ、気になるよな。
「何、ついにSM風俗にでも手出したのかよ?」
「はぁ⁉ 女王様に痛めつけられるとか俄然興味あるけど違うし!」
「じゃあ何だよ? なんかちょっと体付きも変わってねぇ? もしかして格闘技かなんか始めたとか言うなよ」
「……まあ、そんな所かしらん」
「マジかよ、今までスポーツなんかに興味示した事なかったじゃねぇかよ。何でいきなりそんなハードなもんを……」
「成り行き……? でかな」
「どんな成り行きだよ。いや、まあ、いいやもう」
さすがにどう対処し切ろうかと思案していたが、その必要もなく、雅のん必殺の「興味を示しといて自分から棒に振る」が発動した。
何ていうか彼は、基本的に雑に生きてる人種なのだ。
今となっては古めかしいゲームハードをPCのディスプレイに接続し直す。
二人ともがビールをちまちまやりながら、テキトーな姿勢でコントローラを握るのだった。
「ああ、そうそう。この前の話だけどさ、やっぱりあれから話に何の進展も無さそうだわ。やっぱデタラメだったみたいだぜ。なーんか記事の証言が状況とか結構詳細に語ってたから、もしかしたらと思ってたんだけどよ」
あのニュースサイトの件か。ジョン達の作り出すあの結界のことだ。
バレてはならないから、まあそのまま鎮火してくれるならそれに越した事はない。
そんな事を思案しながら、テレビ画面の中では白熱したバトゥが繰り広げられていた。
どれくらいだったろうか。
雅のんと会って話すのも久しぶりだったので、ゲームをやりながら、まあ色々と喋った。
そのせいか、気付けば窓の外に西日が差し込む時間帯となっていた。
「そういや、お前まだ仕事決めねぇの? 大学時代、サークルにも入らないでずっとムサ苦しい肉体労働のバイトして金は貯めてたからって、そろそろキツくね?」
「大学時代、サークルで必死に合コンしてたのに彼女の一つもできなかった人と違うから大丈夫」
「うっせ殺すぞてめ。てか、そうじゃなくてよ、周りの目とか厳しいだろ?」
「まあ、そこはねー。……ああでもな、今はちょっとやる事があって、そっちにかかりっきりかな」
「何だそれ? どうせネトゲとかだろ?」
「うーん……まあ、確かにそれに近い。今世界の安定を守るために、魔法戦士の修行中やの。全世界を震撼させる陰謀とかにも巻き込まれとんのんや」
「お気楽だな、お前は。まっ、いいか。お? ――もうこんな時間かよ。重夫、この対戦終わったらどっか飯食いに行こうぜ」
「じゃあ負けた方が奢りな」
「あ⁉ お、お前っ――ふざけんな! もうこの勝負既に俺が負けてるみたいなもんじゃねぇか! ああ、つか言ってる間に死んだーっ!」
「ふっ……いかなる勝負にも全力を出し、負ければ即死と心に誓っている武士の覚悟の差が生んだ必然だ。諦めて晩飯買ってこい」
「いや、買って来いって何だ? 食いに行くんじゃないのかよ」
「だって俺、ヒキコモリやもん。ヒキコモリが外出たら、そらアウトでしょ」
「ほんと意味わかんねーな。まあいいけどな、買ってきてやるよ。何がいい? ――牛丼? 牛丼な? わかった」
「何がいいと訊いておきながら有無を言わさず牛丼とか……――手練れか貴様?」
「じゃあ、行ってくんわ」
牛丼を買ってくる気満々の雅のんが、それでも何かしらぶつくさと文句を垂れながら部屋を出て行った。
ここからチェーン店の牛丼屋が一番近い場所にあるから、距離的にも値段的にもお手頃なのだろう。
まあこっちとしても特に文句はないのだが。
それから数分が経っただろうか。
ごろごろとしながら雅のんの帰りを待ってると、突如自分の真上の空間がぐにゃっとなり、そこにこげ茶色の棒立ちネコことセグナんが現れた。
「おーう、セグナんではないかー。どしたの? しばらくは戻ってこれない言うてんかった?」
「――重夫くん、そっちで何か変わった事はなかっただろうか」
「ええっと? ……いや見ての通り、何気ない日常を満喫してますが。ああ、あと雅のんが来てるよ。買出し中だけど」
セグナールは何やら慌てた様子でいる。
注意深く辺りに気を配るようなそんな体で、俺と話してる最中もずっと警戒心を解いてない。
「む……そうか。何もなければ、それでよいのだが……」
「どういう事? なんかそっちでマズイ問題起こった?」
「いや、我々の側ではないのだ。実は重夫くんの体にちょっとした術式をかけてあってな。なんて事はない空間探知型の魔法――つまりはセンサーの類だと思ってくれればいい。それが先程、強い反応を示した。君の半径50メートル以内に接近した魔術的効用は全て検知される。間違いなく今さっき君の近くに、術者あるいはその効能を受けた者が居たはずなのだ」
「……つまり、それって……?」
「ああ、こちらの世界で魔術を扱えるのは我々と敵しかいない。中央局から私達以外を派遣したという事はないだろう。そうすると、もはや敵という結論にしか辿りつかない」
なんという衝撃的な発言だ。
さっきまでのほほんとした心持でいたというに、今はもう寒気しか感じていない。
もしさっきまでの状況で襲撃を受けてたら、正直ひとたまりもなかった。
「えっと、い、今はその反応どうなっとんの? もう平気なん?」
「今はもうなんとも無い。こちらの動き察知して襲撃を断念したのか、あるいは何か別の目的があったのか。どちらにしても、私の到着が遅れていたら危なかったかもしれないな」
「まじかー、まじかー。やべ、心臓バックバクだ」
「ひとまず安心とは言え、こちらも警戒をさらに厳にせねばなるまい。私も様子を見るためにこちらに留まろう」
「それはすごく有り難いけど、そっちは何か都合があったのと違うの?」
「無論そうだったが、君の身に比べたら些末なものだ。心配はいらんよ」
そうはっきりした口調で言って除けたセグナん。
ああ、今日ほどセグナんが頼もしく見えたことはない。
それに俺のために素っ飛んでやって来てくれたり、俺のために自分の都合を切り捨ててくれたりするなんて、セグナんってばこんな頼れるキャラやったんやね。
そういえばセグナんって自分の事を秘書みたいなものとか言ってたな。
いやでも、セグナんは忠義に厚いマッコトのサムラーイなわけだ。
という事はどういう事なのだろうか? 秘書といえばそりゃモチ美人秘書なわけで。そこにさらに真の侍を付け加えるとする。
するとどうだろう。
普段は優秀な秘書としてばりばりと業務をこなし、気配りや配慮を忘れないそんな女房役も難なく演じ、さらに主の危機には自ら武器を取ってその身を挺して戦う、そんな文武両道で完璧な美麗な女剣士ができ上がるではないか。
おーけー、きたなこれは。
これは間違いなくきた。
いつものあの古風で厳めしい口調も、そう変換すれば何の違和感もないじゃないか。
見た目は和風で大和撫子な黒髪長身の美女、その凛とした清楚さの中に主人への思いやりを忍ばせている。
勝てる、これなら勝てる。
このセグナんならば絶対負けない。
「――むしろ勝った! 俺の勝ちだ‼ ふははははっ‼」
「どうした重夫くん? 一体何の事を言っているんだ?」
「いや、なんでもないよーセグナん。ただ俺は勝つ、絶対に勝つ!」
「う、うむ。何かよく分からんが、その心意気は良しだ。気合で負けていてはどうとならんからな。いや、敵の襲撃がすぐ傍まで来ていたかもしれないというのに、怯むどころかその気迫――見直したぞ、重夫くん」
ふふふ。
セグナんその言葉、今に「惚れ直した」に言い換える事になるんだぜ?
見ているがいい! こんなくだらない事件などとっとと片付けて! そして始まるのだ! 俺とセグナんの
「――し、重夫くん! なんとも無いモフか⁉ 連絡を受けて飛んできたモフ!」
いつの間にか現れたジョンが血相を変えてそうな勢いでいる。
「ああ、なんだジョンか。別になんともないよ」
「そ、そうモフか? でも何かあってからじゃ遅いと思って、大事な会議の途中を抜け出してきたモフ。なんとも無くて良かった」
「へえ。わざわざ悪いね」
「モフ……あの重夫くん、なんかいつもの様な元気がないモフか?」
「え、どこが?」
「あの、どこがっていうか……いや、僕の気のせいなら、それでいいんだけど……元気がないというか、態度が冷たいというか……」
「そう」
「リンド殿、元気がないどころか重夫くんは大したモノだよ。敵の襲撃にまるで動じてないどころか、今から強いやる気を見せている」
「――うん! そうだねセグナんっ!」
「え……? いやあの、重夫くん?」
「だから何って」
「やはりリンド殿の申した通り、重夫くんは芯に強いものを有しているよ。これならば、奴らばかり好き勝手させないで済むかもしれんな」
「――うん! その通りだねセグナんっ!」
「……何かがおかしいモフ……」
ともかく、ここに来てようやく二回目となる敵からの接触があった。
ジョンと初めて会った日以来、空間剥離現象は数度あれども敵の影はその片鱗すら見せていなかった。
やはりこれは何らかの大きな作戦準備があって、つまりそれが終了してもう自由に動き回れるようになったという事なのだろうか。
「ところで重夫くん、さっきまで誰かが来てたの?」
ジョンがそう部屋の中を見渡して訊ねた。
何本分かのビールの空き缶やスナック類の袋、付けたままのゲーム機などを見ての事だろう。
「ああ、そうそう。さっきまで――てか、雅のんが来ててな。今は晩飯買いに行ってくれとるのよ」
その俺の話を聞いて、なぜか妙に思案気な仕草で俯いたジョン。
少しの間そうやっていたが、思い切ったように顔を上げた。
「ちなみにそれはどれくらい前の話モフ?」
「ん? ほんの20分くらい前よ。近くの牛丼屋にさ、買いに行ってくれてるんだけど……そういや雅のん遅いな」
「まさかな……」
「モフ……」
まるでそこにあるもう一つの恐怖に気がついたかのよう、二人が揃って沈痛な声を漏らしている。
二人ともシンクロしてどったの?
「え? ――なに? ……まさか二人とも、俺じゃなくて雅のんが狙われたとかそんな事言わんよね? んなわけないじゃん。だって雅のん何の関係もないよ?」
「残念だけど重夫くん、君という切っても切れない関係性があるんだ」
「迂闊だった。先程、重夫くんにその話を聞かされた時、思い起こしておくべきだった。敵が重夫くん本人ではなく、弱点を作るために関係のある人間を利用しようとする事を……」
二人が思いもよらぬ程真剣な声色で語りかけてくる。
その雰囲気に少し圧されそうになりながら、それでも何でもない風な言葉を捻り出した。
「いや無いってそれは。何? 何なの? 雅のんが人質に取られとか言うわけ? 有り得ない――有り得ないよ。だってさほら、雅のんなんか人質の価値ないしさ」
「いや、そう考えれば敵が重夫くんに何もせずに引き上げたかの説明もつく。私達が用意したセンサーに引っ掛かった事に気付いた相手は、重夫くんではなく、手頃に攫えた君の友人を狙った可能性は十分にある」
「だから無いってばー。あれだよあれ? 可愛い女の子とかならともかく、雅のんなんかさらわれてもほら、俺の心情に何の変化もないしね?」
「重夫くん……」
「――わかった、わーかった。じゃあ呼び出してみるから。きっと店が込んでるだけだと思うけど。まあ一応の安全確認ね」
携帯電話を取り出して鳴らす。
そんな事があるはずはないだろう。俺が狙われた日に、不幸にも雅のんがやって来てしまい、その標的を掏りかえられたなんて低確率のことあるワケがない。
携帯のコール音は続いている。
しかし、通話相手はなかなか出ない。
「あれかな、マナーモードで気付かんのかな……」
そんな折に、ふと軽やかな電子音が遠くで鳴っているのに気がついた。
ジョン達もその音は聞こえたらしく、二人はその音源を探すように、玄関の横にある開けっ放しの窓の元へ。
そしてそこから外を見た時、ジョンは俯くように肩を落とし、セグナールは俺を振り返っては厳しい目つきで窓の外を指し示した。
それに倣って、俺は窓枠に近付く。
音は少しだけ大きくなった。
窓から見えるその風景の中に、この軽やかな音を鳴らしている発生源が見えた。
すっかり暗くなった辺りに、その眩い液晶の光は存在を示すには十分で、誰かのそのスマホはアパートの正面門のすぐ傍に落ちていた。
見覚えがあるようでないそれを確かめるため、俺は鳴らしている携帯を切った。
すると、ぴたりとその音も鳴り止んだ。
「……ちくしょう……」
そんな言葉だけが口から勝手にもれ出た。
アパートの正面入り口から拾ってきた親友のスマホをぼんやり眺めながら、何をすればいいのかも分からずにただ途方に暮れる。
外は既に真っ暗闇に覆われている。
あと何時間こうしていれば俺は気が済むのだろうか。
「重夫くん……あの……」
言葉を詰まらせたジョンはそれっきり、次を継げずに重苦しく黙ってしまった。
今はジョンの姿しか見当たらない。
セグナールはこの件の対策の為にあちら側へと戻って、色々と手を回してくれているそうだ。
ジョンは俺の事を心配して、こっちに残ってくれたらしい。
あまりにも重い部屋の空気にさすがに飽きた俺は、どうしてか自分よりも消沈しているジョンへと向き直る。
「……まあ、あれやね。なんてーか、敵さんが狙った相手がまさかの雅のんとか、見る目が無さ過ぎ。いや、雅のんって基本ギャグキャラやし? そんなんが人質になったからってさ、こう『コイツの命がどうなってもいいのか』とか言うて凄まれても『あっはい、どうぞ』ってなるわけやん? ほんとに何考えてんだか」
「重夫くん……」
「もうねー、ほんと分かってない。人質は可愛い女の子に限るってこれ、世界の常識じゃないの? やっぱ異世界の人間は感覚ずれとるね」
「僕のせいだ……」
「え? 何――何で? 別にジョンのせいなワケないやん。もう、ジョンってばそんなに深刻に考えんでもいいのに」
「僕の認識が甘かったんだ。考えられない事じゃなかったのに、それを怠ったせいで……」
「いやあれよ? 人質なんだから殺される心配もないんだしさー、救出すればいい話じゃない? そのために今、セグナんが手を打ってくれてるし」
「でも、相手は人の命になんの重みも感じていないテロリスト……無事に戻ってくる保障なんてどこにも……」
沈鬱なのがその声色だけでない事は容易に想像が付く――そんな様相を感じ取らせながらジョンはただ俯いている。
そのせいでもなかったが、嫌な事を思い出してしまった。
どっかの身代金誘拐の犯人達は、脅しと誘拐した相手の身元を証明させるため、その体の一部を切り取って送りつけてくるという。
そこまでの事をされるハズがないという考えは、自分達のような高水準の人間的生活が約束されている者たちの幻想だろうか。
ギリギリの生活を強いられている者や、己の命さえも厭わない程追い詰められている者に、人間の尊厳を説いたところできっと何の意味もないのか。
だが、それを知るのと、肯定するのでは話がちがう。
相手を知ろうとする事は大切だ。けれどもそれと迎合する事では意味が大いに違う。
相手がどのような思想と信念を持っていようとも、その存在を許容する事はできても、それに何の考えもなく同調してしまってはならない。
つまりは何が言いたいか――
テロリストどもの主義主張を否定する気はないが、雅のん傷つけたら許さんよという事だ。
そんなちょっとした苛立ちすら覚えていると、いつも通り唐突にセグナールが姿を現す。
ジョンと同じく、今はどこか俺に申し訳なさそうな目線を投げ掛けるのだった。
「先刻、向こうで大きく状況が動いた。おそらく、そう猶予もなくこちら側でも何か起こるだろう」
「セグナールさん、一体何があったんだモフか?」
「それが、特務捜査課によって局長が保護されたのだ」
「保護? いや、逮捕じゃないの?」
いきなりの違和感抜群な話に、思わず上擦った声でツッコミを入れていた。
「実は我々も後から知った事なのだが、局長はここ数週間行方不明となっていた。その所在がようやく掴めたという話だ」
「行方不明? どういう事それ? じゃあ、ジョン達に下った指令ってのは……」
「――そう、そこだ。つまりあの指令は全くの偽物、何者かが局長を
「そんな事、簡単にできんの?」
「無論、そう簡単に行えるものではないさ。局内部――それも局長に近い人物が複数関与していたという話も、特捜からの報告であった」
「つまり、テロリストと内通していた犯人は、局長自身では無かったという事モフね。考えてみれば、権限発令者の名前がはっきり残るあんな公式文書じゃ、足が付くのが当たり前。確かにそれ補って余りある権威を強制はできるわけだけど、そんな策じゃあまりにお粗末モフ」
「それで、実際の犯人達は捕まって事件は解決したん? もしかしてテロリスト達の本部も押さえられたとか?」
俺の
「残念だが、そう単純にはいかんよ。これだけの規模になった事件――いや陰謀だ。芋蔓でも掘り出すように片が付くというのではない。局内部の造反者も数人捕らえられたという話だが、彼らに実行犯との繋がりは無かった」
「……そっか、まあそうだわな」
「それでだ、重夫くん――敵側もこちらの動向は察知してる。局内部に通じていた人間が捕らえられたという事で、燻り出された様にすぐにでも行動を起こしてくるはずだ。君の友人を救い出す機会があるとしたら、その時より他はない。我々も全力でサポートはするが、君の覚悟が全てを決すると言っても過言ではないのだ。それを肝に命じておいて欲しい」
セグナールが一層に増して深く静かな口調で俺に語りかける。
もちろん、そんな事は分かっているつもりだ。それでもいざその場面に立ったとして、俺は上手く立ち回れるだろうか。
「それから君に、この2つを渡しておこう」
そう言うや否や、黄色い魔方陣が部屋の床に発動し、また前のように何かの物体が形成されていた。
「一つは第2情報室のみなが精力を結集させて仕上げた動体用、それも大型に対応した完全視覚遮蔽装置だ。無論知ってはいると思うがこれは媒介装置だ。これを経由して情報室のみなが魔術的補助をしてくれる。彼らをあまり酷使せんようにな」
「みんな、ごめんモフ……」
出来上がっていくその大きな首輪のような形状を見ただけで用途は判別できた。
ジョンがさらに申し訳なさそうな感じでいる。それが俺に対してではないのは確実らしい。
ステルス迷彩ってそんなにキツイ魔法になるのか。まあ、次元の壁も超えての使用だしか。
「そしてもう一つ、開発途中で試験運用に一度成功しただけのものではあるが、強力なヤツを借りてきた」
また同じように二つ目が現れる。
今度のそれはやけに小振りなものだった。まるで懐中時計のような形状で、秒針というわけではなさそうだが、一対の太い針と目盛が刻まれたそんな円盤だった。
「セグナールさん! それは――」
「大丈夫だリンド殿。重夫くんならばやってくれるさ」
「なんかそっちで盛り上がってるけど、なんなのこれ?」
「転送装置――いや〝召喚〟と言ったほうがより確実だろう。それを扱えれば、次元断絶界を超過してこちらの世界に生体を送り込むことも可能だ」
「おお、そっちの世界から援軍が呼べるって事?」
「ああ。ただし、それはただの装置ではない。それを使用する事ができる人間は術者だけだ」
「どういう事? 今までのと違って、そんな条件が必要に?」
「うむ。これは精神と肉体を繋ぐ、魔術という新たな回路を開通させた人間にのみ反応する。先程、召喚とそう言ったと思う。これは使用者と対象者を共通の認識により格位を一体化させる事で、次元や空間などのあらゆる障害を取り払って同一軸にその存在を並び立たせるのだ。解り易いよう感覚的に言い表わすならば、魂を共有するとでも言えば良いかな」
「魂の共有と来ましたか」
「まあ正確には違うのだが、そう言ったものと認識してくれていい。つまりその二つを繋ぎとめるために、使用者の魔術で常に互いの存在を認識していなければならない。それ故、術者にしか扱えない代物となっている」
「つまり、俺には扱えないって事か」
セグナールのその話の通りならば、これはただのガラクタでしかない。
どうしてこんなものをと疑問に思ったが、俺に向けられたその強い眼差しが色々と物語ってくれている。
「そうだ、『今』の君ならばな。……重夫くん、言った筈だぞ? 君の覚悟が全てを決すると」
「……おーけー、わかった。後ろ向きな事はもう言わない。何としてもやって見せろと、そういう事ね」
「うむ。男子たるもの、そうでなくてはな」
そう言ったセグナールはどこか柔らかく微笑んでいそうだ。
黒髪美人がそう言って褒めてくれる情景――脳内補完で余裕です。
「重夫くん、今連絡が来たモフ。これまでにない規模の空間剥離現象が起こるそうモフ。予想では初めて僕らが行ったあの公園。そして、その報告に前後して、次元断絶界に大量の動体反応が検知された。その一群が向かっている先は、言うまでもなくそこ」
「ほほう、因縁の場所で決着を付ける気とな? ――あ、でも別に因縁とかそんなん無かったね」
「こちらも今、アレハンドラ様から、同地点に現在稼動できる魔法機械兵をありったけ送る旨の連絡を受け取った。戦力はこれで十分揃う筈だ。出来ることならこの一戦で全てを解決させたいものだ」
二人のその報告を聞き終える頃には、俺の方の準備は万全だった。
正直、準備とかないんだけどね。あるとしたらそれは心のか。
俺にとっては人生で初めてだったかもしれない。
何かの事に臨むにあたって、こんなに気合を入れた心意気で足を踏み出したのは。
――次号! 怒涛の衝撃展開に期待せよ‼
あ、モチロン嘘です。
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