第28話

「消し飛べ、天使」

「お前の方が消し飛べ、悪魔が」


 きん、がきいん、きいんとその両風紀の中で畏れられた剣術をもって悪魔を追い詰めていく。いや、追い詰めていくというのはおかしいかもしれない。必ずしもツァルツェリヤが勝っているわけではなく、互角という位の剣の腕だった。亜芽に雑魚と言われていたから侮っていたが、早々雑魚でもないなという気分にさせられる。ヒナゲシは地上からただそれを見守っていることしかできない。


「みかちゃん、みかちゃん」

(ん? どうした)

「思ったより強いんだけど、こいつ」

(そりゃあそうだ。俺は刀を持ったらこれくらいの強さはあるぞ。まあ、刀が重すぎて持てないんだけどな。ほら、俺自身はか弱いから)

「なにそれ初耳」


 ひくりと頬の端をひきつらせたツァルツェリヤは、襲ってくる黒い剣をただ防衛に徹することにした。元迷宮探究者の先生が言っていたから。「いいかしら? たとえ防戦一本になってしまっても、そこで諦めるんじゃないわよ。そうしながら、敵の弱点を探りなさい」と。きんっきんっと剣を受けきっているツァルツェリヤに、悪魔の顔がさらに歪んで。元は亜芽と同じ顔だとは思えないくらいに醜悪になる。


(っていうか、普通に考えてお前じゃ勝てねえよ)

「え」

(俺と、お前で。勝つんだよ、エリ)

「みかちゃん……うん!」

(いけ! どんな攻撃でも俺が守ってやる)

「わかった!」


 最後に力強く黒い剣を弾いて、一瞬できた隙間に滑り込む。出来た間合いに飛び込んできたツァルツェリヤに、悪魔の顔がにたりと笑う。


『待ってたよ、天使ぃぃぃぃぃぃぃ!!』

(俺の鼓動を感じて、一緒にうたえ)

「うん!」


 昔、孤児院の先生に習ったとおりに呼吸法を変えて、周囲の景色に溶け込むように気配を殺しかける寸前で。

 どくん、どくん。自分とは違う鼓動が聞こえた。それは甘く優しく堕落を促すような響きで、とくりと刻む。危険だと分かっていながらも一瞬目を閉じれば、まぶたの裏に髪にまみれた亜芽が満面の笑みで腕を広げて待っているのが見えた。抱擁するようなその動きに飛び込む自身を想像した。それはとても幸せな光景で、時間で鼓動で。ずっと感じていたいのを押さえて、目を見開く。叫ぶ。


「(嘆キニ花ヲ、希望二哀歌ヲ。アカク染マッテ千ト散レ!!)」

『天使ぃぃぃぃぃぃ!』


 悪魔の身体にどすっと剣が刺さる。そのままぐりっと鍵をまわす様に深紅の刀を傾ければ。

 ぱきん、とガラスを踏み抜く音がして。悪魔の身体にひびが入る。


『あ、あ、あ、あ。俺の、俺の兄弟。俺のまた、また失敗か。兄弟、俺の、俺の……』

(お前は俺の兄弟なんかじゃない。俺の家族は俺が決める。悲哀ぶってねえでさっさと死ね悪魔)

「みかちゃん、そういう言い方は……」

『……っち、そういうところが好きだぜ兄弟。じゃあ、お遊びはともかく、またな。今度こそ、兄弟は俺が手に入れる』

(うぜえ)

「みかちゃん……」


 あははと苦笑しながら、ぱりん、ぱきんとガラスでできていたようにひびが入り、最後それが顔にまで達すると悪魔は嗤いながら砕けて消えた。なんとも呆気ない最期だった。

 ばさりと翼をはためかせて地上に、対人間風紀本部前の開け放たれた扉にたどり着くツァルツェリヤ。そのまま駆け寄ってきたヒナゲシに大丈夫とでもいうように手を挙げてから、亜芽との契約を解除する。

 黒い蛇にまかれ、亜芽と分かれたことになんとなく寂しさを感じてぎゅっと抱き着けば、困ったように亜芽はぽんぽんと頭を撫でてくれた。

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