第25話
「俺の王が言ってたし、実際混血は歌えばわかる」
「俺の王?」
「俺の王ってなに。カヤコって誰なのみかちゃん!」
「俺の王は青の女王、カヤコは俺の遣い手で依存対象」
『青の女王』それはこの世界の中では知る人ぞ知る話である。混血児ばかりを集めた箱庭の王、世界中で最も美しい生き物、不可測の逆鱗、最悪の青の名を冠するものだ。一説には智慧の実と呼ばれる天上に唯一実るものを食べ、全知となったとかいう話であったが、正直眉唾ものだと思っていた。眉をひそめただけのヒナゲシに対し。自分が知らない情報がぽんぽんと飛び出す亜芽にむっとしながらツァルツェリヤは詰め寄る。
それに淡々と答えながらも近いだろうがっとぐいぐい押して離れさせようとしたが、疲れたのか3秒で亜芽はやめた。無駄な努力はしない派だ。
蛇神が武器化一門の末裔であることは有名な話である。きっとそういう意味での主なのだろうとヒナゲシは納得したのだが、むむうっとさらに唇を尖らせたのはツァルツェリヤだった。
「なんでその子なの。ぼくでもいいじゃんか。みかちゃんのバカ」
「バカバカ言うなって言ってんだろ。……武器化一門は同時に2人まで遣い手を決めることができる」
「じゃ、じゃあぼくだって!」
「別にいいけど、お前その刀捨てられるか?」
「え……」
「俺は浮気は許さない主義だ」
カヤコは俺以外の武器を絶対に使わないし、刃物だって包丁とはさみ以外は持たなかった。むうっとわずかに頬を膨らませじろりと鋭い三白眼でツァルツェリヤを見遣る亜芽。下から睨みあげられて、目をぱちくりさせるツァルツェリヤは不思議そうに首を傾げると、腰に佩いていた3本の刀を全て地面に放り出す。
武器は自身の魂と同じであるというのが人間の考え方であるが、そんなことツァルツェリヤには関係ない。ちなみに影族は何とも思わなかった。彼らにとって、武器は壊れたら変えればいいという認識くらいしかない。愛着など湧かないのだ。ツァルツェリヤが大事なのは螢丸で、螢丸が亜芽だというのなら大事なのは亜芽だ。亜芽が言うことはできるだけ叶えてあげたい。
そんなツァルツェリヤの行動に満足そうに頷くと。
「右手、前に出せ」
「こう?」
「ん」
手のひらを亜芽に向けたまま右手を出したツァルツェリヤの手に、指の隙間に自身の指を入れ絡みつくように己の左手を重ねた亜芽。そのままするりと右手はツァルツェリヤの白い軍服を纏った太腿へと這わせる。
なんだかとても見てはいけないものを見てしまっている気分で、影族たちはそっと目をそらした。ヒナゲシも出来るなら目をそらしたかったが、何が起こるのかわからないため再び剣の柄に手を添えてじっと見ていた。
「みかちゃん? くすぐったいよ?」
「ちょっとだけだから待ってろ」
「はーい」
そんな中でものんきなやりとりに若干苛立ちもしたものの、ヒナゲシはそのまま2人を見つめる。
「<右ノ赤・
絡みつくような声質に変わった亜芽の声に、ツァルツェリヤが動こうとするが身じろぎすらできない。気がつけばずるりと亜芽の影から這い出したあの黒蛇に全身を巻かれていて。質感も何もない、ただの幻影のようなそれに巻きつかれていることなんて微塵も感じなかった。息苦しさも何も感じない。ただ身体が動かせないだけだ。視界の向こうで剣を握ったヒナゲシが今にも抜刀しようとしているのを「大丈夫」と口パクで伝える。
一応意味は伝わったのか柄を握った手から力が抜かれた。
その中でふいに気付く。握っていたはずの亜芽の手の感触が消えどくん、どくんと自分とは違う鼓動が重なるようにしていることに。それは天使名を言われたときに似ているが決して不愉快ではない。あえて言うなら、自分の鼓動の音を聞きながら誰かの心臓に耳を当てた時に似ている。
「<汝、我ガ主也ヤ?>」
「え…あ…そ、そんな主だなんて。ぼくとみかちゃんは家族で」
「<否カ応トデ答エヨ>」
「じゃ、じゃあ、応。で」
「<応ト答エシ。汝、我ヲ遣イテ制スル者也・
「
ふわりと幻影のようだった蛇の影が消えた。空気に霧散するように、ただふっと目を覚ましたときには、細身な深紅の剣を握っていた。
それはいままで持っていた剣のような……刀の形をしていて、けれど独特な刀でなめらかな曲線を描く装飾の中に腕ごとつっこんで柄を握る形のもので。それと黒いスピードレスブーツがところどころに緋色の模様が描かれたものになっていて。ふぉおんっと背後で不思議な音がして、振り返れば1mほどもあろうかという赤い円盤が7つ浮いていた。
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