第19話
「ミカエルにメタトロン。天使を前に我は願う」
「みかちゃん、聞いちゃダメだ!」
「エリっ」
「打て!」
「しまっ」
螢丸の耳を両手で塞いだツァルツェリヤは完全に防御も攻撃も忘れていて。
どす。
軽い音がなったと思ったと同時に。
心臓が悲鳴を上げる。いや、悲鳴を上げる暇もなく何かに貫かれる。螢丸はがくがくと震える身体で胸元を見れば、それは正確に心臓の位置に矢が刺さっていた。それは後ろから抱きしめるように耳を塞いでいたツァルツェリヤも巻き込んでいて。
でも螢丸がとっさに動いたせいでツァルツェリヤに届く前に軌道を外れ腕に刺さっていただけだったが。身体が思うように動かず、震えながら地面に倒れ込んだ。
ごほっとこみあげてくる咳感のままに咳をすれば、真っ赤な血が螢丸の口から飛び散った。ひゅっと息を呑んだのは誰だっただろうか。それはきっとツァルツェリヤだった。
「みか、ちゃん?」
「エ……リ……」
「みかちゃん! みかちゃん!!」
自分の腕に刺さった矢を早々に抜いて、倒れ込んだ螢丸を抱えて螢丸に呼びかける。矢が刺さっているところからじんわりとにじみ出た血がもともと黒い軍服を染める。的確に心臓だけを射抜いた矢に手を当てながら、かすかにしか聞こえない息をついている螢丸がなにかを言うのを耳を近づけたツァルツェリヤは聞いた。
『エリが無事でよかった』確かにそう呟いた、動いた口もとに涙がじわりと紅梅色の瞳にわき上がってくる。そんなツァルツェリヤを守るように、やっと動いた師団員たち。
とくとくと弱まっていく心臓の音を聞きながら、螢丸はまた口を動かす。
「な……エリ」
「みかちゃん喋らないで! 今すぐ救護室に!」
「どん、な俺でも。家……族だって、言ってくれるか?」
「みか、ちゃん?」
「な……だ、めか?」
「っ! みかちゃんはぼくの家族だよ! どんな、どんなみかちゃんだって、ぼくの大事な家族だ!」
もう目も開けていられないようで唯一残っている左目を閉ざしてしまった螢丸に、だんだん息の方が大きく聞こえるほど小さな声しか出ない螢丸に。ツァルツェリヤは必死に叫ぶ。横抱きに抱えた螢丸を、救護室へと連れて行こうとするが、飛んできた矢がそれを止める。
今ここに残されているのは最低限の人材ばかりで、まさか風紀委員長自ら奇襲を仕掛けてくるとは思っておらず、最大限の戦力たちはすべてヒナゲシに付かせてしまった判断の甘さを、ツァルツェリヤは心の中で嘆いた。嘆いても、もうどうにもならないのだが。
「そっか……よか……った」
「みかちゃん、みか」
「じゃあな……エリ」
ばいばい。そう言って、矢の刺さった腹を押さえる螢丸の手が、ぶらんと落ちた。
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