第16話
その変わり身の早さに螢丸がぱちぱちと残った左目を瞬かせていれば、第二師団長の継ぎはぎだらけのうさぎのぬいぐるみを抱えた少女が高い声を上げる。
「あ、あの。師団総長、その方がもしかして美桜螢丸様ですか?」
「そうだ」
「ということは、美桜螢丸様を保護するということでよろしいのでしょうか?」
「そうだ」
「え、俺保護されんの?」
自分を指さして首を傾げる螢丸に、これからは螢丸を自分の側に置いておく気満々のツァルツェリヤはにこにこで言う。
『保護』それは外敵の脅威から守ることを意味する。しかし、影族の中に人間が1人でいればそれこそ獅子身中の虫が出てくるのではないかと飯島和音と北見蓮は危惧する。何といっても人間は影族に比べ弱く脆いのだ。
「そうだよ、人間側にいたらこれ以上何されるかわからないんだから」
「待ってよ、それは影族だって同じでしょォ!? むしろ人間側にいてくれた方が僕が守れる」
「右目をすでにとられておきながら何を言ってるんだ、貴様」
「うっ……」
「エリ、それは俺がいいって言ったからで」
「どうせみかちゃんのことだから、『代わりに他の2人のうちのどちらかのでもいいんだけど』みたいに言われたんだろ」
「な、何で知って」
言いかけてばっと口元を押さえる。おそるおそる螢丸が北見蓮と飯島和音の方を見れば、驚いたように2人はその黒い瞳を見開いていて。
「別に君のではなくてもいいんだ。他の2人から採取すればいい」そう聞いた時、俺の右目ですむならばと思って差し出した。いつもご飯を作ってくれる飯島和音、つまらないダジャレを言いながらも自分を気にかけてくれる北見蓮。優しい2人にせめて少しでも報いれるならばと、まだ心が柔かったころの螢丸は右目を差し出したのだった。抉り取られたあとはじんじんと痛むその上から真新しい刃痕すら自らつけて。
思い出せば思い出すほどとうに痛みがなくなっているはずのそれが痛んでくるようで、そっと眼帯の上から手で押さえた。
「ミ、カ」
「なんで、なんで言ってくれなかったんだよ!? 言ってくれたら僕だって!」
「『お前たちのために右目差し出しました』って? みかちゃんがそんなこと言えるわけないだろ。バカにしているのか」
侮蔑を含んだ眼で飯島和音と北見蓮を見ながら、ツァルツェリヤは吐き捨てる。それはツァルツェリヤのいない頃の螢丸にそっくりで、さすが家族だなと思う半面。どうしようもなく自身を情けなくさせた。北見蓮に至っては自己嫌悪で吐き気までしてくる次第である。守ろうと思った小さな、まだ若い子どもに実は自分たちが守られていた。
影族に復讐すると決めてようやく動き出した螢丸の時間なのに、その時間の表面をそぎ取るのにも似たようなことを本部はしていた。自分たちさえいなければ、螢丸の両目は健在だっただろうに。もう、何を信じればいいのかわからなくて、2人はぎゅっと唇を噛んだ。
「……厚かましいこと、言ってもいいかなァ」
「私からも、いいかしら」
「レン? カズネ?」
「……言うだけなら言ってみろ」
「ミカ君のこと、頼んでもいいかな」
「ミカのこと、お願いしてもいいかしら?」
「言われなくても、みかちゃんはぼくが守る」
当然のように不敵に微笑んで、ツァルツェリヤはかがんで膝の裏に手をまわすとぐいっと引っ張り螢丸を横抱きにする。
驚きに固まった螢丸に意も返さずそのままつかつかとブーツでフローリングを歩みゆくと、北見蓮と飯島和音を支えていた深田みのりが扉の前から退き道を開ける。
そのまま外に出ると。
「奪還成功、これにて任務は終了だ」
「師団総長、このお2人はどうすれば?」
「さっきのところに置いておけ。あとでみかちゃんそっくりの死体を海に投げ捨てろ」
「「「「「はいっ」」」」」
見事なまでに部下である師団長たちが統率の取れた返事をすると、ツァルツェリヤは満足そうに頷いて。白いマントを翻して教会の母屋から引き上げていったのだった。
その日、美桜螢丸は敵に追い詰められ崖から突き落とされて死んだ。近くの海岸に螢丸によく似た溺死体が発見されたことから、美桜螢丸は死亡したと北見蓮によって風紀に報告された。
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