第11話
「みかちゃん……? みかちゃん!!」
「うわ、エリ来んな危ねぇ!」
「あ……すっかり忘れてた。でも来んなはひどいと思う」
「悪い、つい」
「ついじゃないよ! いまは感動の再会だったでしょ!? それを来んなだなんて」
「ごめんって」
持っていた小鍋をテーブルの上に置いて、ミトンを外したツァルツェリヤはその下に白い手袋をはめていて。どんだけ手袋はめてるんだこいつと若干引きぎみな螢丸にぷんすかと怒ったように文句を言う。
それを2脚だけある椅子のうちの、木で出来た深皿とスプーンが前におかれた。1つに座りながら、軽く頭をかきながら螢丸は謝る。そうしているとまるでこの6年間のことがなかったようで、あの日の惨劇は夢だったんじゃないかとすら思う。
でもまろい頬もさくらんぼ色の唇も天使みたいだったツァルツェリヤはすっかり甘さが取れた、幼い少女が夢見る王子さまみたいな容姿になっていて。それだけが確かにこの6年間でツァルツェリヤが成長したことを物語っていた。また、螢丸自身のそこにない右目も一助となっていたが。
赤いマフラーに白いマントと金の肩章、その下は腹のところでベルトで巻かれたがっちりとした白い軍服で膝下まである長めのスピードレスブーツ。胸元についた金のチェーンがきらりと光る。
夜闇にぼんやりと浮かぶその白いシルエットはまるで幽霊のようだと考えて、ひくりと螢丸は頬をひきつらせた。
実は螢丸、幽霊の類が大嫌いである。小さなころはそんな話をされると一人ではトイレに行けなくなり、ツァルツェリヤに笑われながらも良く付き合ってもらっていた。
そんなことを思いだしていると、ふと会話が途切れる。
話したいことはいっぱいあった。聞きたいことも。風紀に入ってからの理不尽な出来事とか、今日あった戦闘のこととか。ここで暮らしているのかとか、影族が近くに出たらしいのだが会わなかったかとかいろいろありすぎて声が出なかった。喉の奥に言葉が引っかかってしまったように出てこない。
「みかちゃん、なんだよね」
「エリ……」
「本当に、本当に。みかちゃんなんだよね……」
「お前も、本当にエリなんだよな」
「ぼくはずっとぼくだよ。みかちゃんの家族で、親友のツァルツェリヤくんですよ」
「エリ、エリ。話したいことがいっぱいあるんだ」
「ぼくもだよ。でもその前にさ、シチュー食べよう。仲直りしようよ、みかちゃん」
仲直り。あの日の喧嘩をどれだけ悔やんだことだろう。どれだけツァルツェリヤに謝りたいと思ったことだろう。だから。
「うん。大声、出してごめんなエリ」
「ううん、ぼくこそちょっと言い過ぎちゃった。ごめんね、みかちゃん」
あの日を今に。
ぽたぽたと落ちていく涙と、滲む視界。それを思いっきりこすれば、目が赤くなっちゃうよなんてツァルツェリヤに揶揄されて。それに悪い目つきをカバーするようにへにゃりと笑えば、ツァルツェリヤの星を閉じ込めたように艶やかな紅梅色の瞳からもぽろぽろと透明な雫がこぼれた。
ツァルツェリヤのただでさえ不機嫌そうな表情がさらに不機嫌そうになって、そんなことをからかえば怒ったように頬を膨らませる。
そんな昔からの仕草が懐かしくて愛おしくて嬉しくて。久々に、6年ぶりに食べたシチューの味はちょっとしょっぱかった。
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