第5話
「逃げ惑え、薄汚い人間ども。我らが先祖の恨み、いまこそ晴らしてやる!」
「うるせえな、死ね」
「なっ……」
「ごたごた御託を並べてる暇があるなら、ね。あ、いまのはギャグじゃないよ?」
逃げ惑う数人の村とも言えない、集落とすら呼べないそこを襲いながら。白い軍服を纏ったピンクの髪に緑色の目、影族の男は笑っていた。夢で何度も出てくる、自分たちの先祖の記憶にそっくりで、そこがまた男の笑いを誘った。以前は狩られる側だった、それがいまでは人間を狩る側になったという優越感がたまらなく心地よかった。
そう、自分の背後から気配すら断って斬りかかられるまでは。
足もとは砂で、ブーツだというのにその足音も消した螢丸が静かに抜いた早斬丸を打ち直した小刀・
ごぽりと吐かれる血液にまるで汚いものを見てしまったというような顔をして、螢丸は早打刀についた血を空中で払う。
自分が何をされたのかもわからないままこの世を去った、男を。盗賊とも呼べる影族を悼むものなんてここにはいなかった。
「ちっ……汚ぇな」
「ミカくーん、僕の方に飛んできたんですけどォ」
「そこにいるのが悪いんだろ」
「ええー」
そんなふざけたやりとりをしながらも、2人は男の仲間であろう同じ軍服の紫の髪にオレンジの目、銀の髪にからし色の瞳の影族らしき男たちがそれぞれ剣を持ち、顔を歪めながらやってくるのを構えて見ていた。
戦闘ができないであろう人々を狙われるより、戦闘に特化した自分たちが相手になる方がよっぽどいいと思って。
ざああっと風が吹き、螢丸の短い黒髪が揺れる。この命をやり取りする感覚がいい。好きだというわけではないが。だって、ツァルツェリヤもいない世界にもう未練なんてないのだから。
「ふざけやがって、人間が!」
「波に何しやがった!」
「なにって、どう見たって殺しただけだろうが。影族ごときが」
「うっわ、ミカくんそれって油に水だよォ」
「ごときだと!? 殺してやる人間の分際が!」
「いいな、そうこなくちゃな。俺の家族を奪ったこと、死んで詫びろ」
「ミカくーん、約束は守ってね」
酷く冷淡な左目に蔑んだ色を浮かべながら言う螢丸に、北見蓮がツッコミを入れる。ぺろりと唇をなめてにたりと笑った螢丸。これは自分が邪魔になる予感しかしなかった北見蓮は早々に退いて後ろに下がると、そこに生えていた木に背中を預ける。背中をなにかに預けることで、背面の安全を確保しながらきんっ、がちんっと刃同士がぶつかり合う音を聞いていた。
螢丸は服の袖が破けても、刃が身をかすりそうになっても決して引かずただ相手の首、心臓、足といった傷つけられれば死んでしまう、もしくは動けなくなるようなところばかりを狙っていた。その態度に逆に相手の方が腰が引けてしまっていて、この影族は戦闘に慣れていないのだなァと北見蓮に思わせる。
それを見て、約束本当に覚えてるのかなァと思う反面致命傷になるような軌道は避けていることから、一応は意識しているらしいと知る。
素直なのだか素直じゃないのかわからない班員にため息をつく。
「がっ…なんだこいつ! 明、このガキ強いぞ!」
「渚! でもな、こうすりゃあ!」
「甘いんだよ、雑魚が」
前から斬りかかってきた渚と呼ばれた影族の男にそれを早打刀で押さえている螢丸に2人いたうちの明と呼ばれた方が後ろから斬りかかろうとする。それをブーツに仕込んでいた隠し刃を出すために一回地面を小さく蹴ると、出てきたそれで後ろから斬りかかろうとしていた手の甲を切り裂く。思いもしなかった反撃に明と呼ばれた影族の男が持っていた剣を落としてしまったところで。
きんっと渚を突き放すように早打刀で押し返し、出来た隙間で頸動脈を切る。吹き出す赤い血を避けるみたいに避け、落ちてしまった剣をあわてて拾おうとした明の無防備にさらされた首筋に早打刀を突き立てた。ごはりと吐かれた血には何の興味もなかった。いや、どうでもよかった。だってこれはツァルツェリヤではないのだから。むわりと風に流れてかすかにした血臭に口の中を噛みしめる。
「はっ、雑魚が」
「ミカくん相変わらずすごいねェ。班長感激」
「あんたは戦ってるときに寒いギャグ言うのやめろ。剣を落としそうになる」
「気を遣ってるつもりだったんだけど、気を付けるねェ」
「やめろって言ってんだろ」
ぎろりと鋭い目つきで睨まれて、あははと苦笑いする北見蓮。寄りかかって観戦していた木から離れると、思い出したかのようにそっと影族の男たち、最初に螢丸が殺した男にのしかかりその首に手をやると。生きているのか確認をするのかと思いきや。
ごきり。何のためらいもなく首の骨を折った。もうすでにこと切れているのにもかかわらずだ。笑顔のまま、ただ単に作業するみたいにたやすく。万が一にも助からないための処置なのだがそれを見るのが嫌で、さっさと先ほどの岬に戻ろうとした螢丸にその張り付いたような笑顔で告げる。
「あ、そうだ。片したら食事の時間だってさ、和ちゃんが作ってくれたみたいだよォ」
「……内容は?」
「シチューだって」
「いらない」
「最後まで聞いてよ。僕たちは、だよ。君は特別にカレー。ていうか君、本当にシチュー嫌いだよね」
「……一緒に食べるのはあいつだけって決めてるからな」
「あーエリくん? 本当に君、彼のこと好きだねェ」
最初聞いたときは女の子の話してるんだとばっかり思ってたよォ。からからと笑いながら言う北見蓮をもう一度睨み、遠くまるで過去を見るように目を青く晴れた空に向けると。死体から金品をはぎとる北見蓮を一瞥して、螢丸はテントを立てている本陣に戻るため振り返ってゆっくりと足を進めたのだった。
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