第4話

「ミカくーん!」


 ぴゅぃぃぃぃぃぃとなにかもわからない鳥の鳴き声に混じって、自分を呼ぶ声が聞こえた。その声に振り返れば海を挟んだ小島の向こうで影族を撃退するための部隊、対影族風紀防衛委員会の遊撃部隊第1班の班長である北見蓮きたみれんがいた。ふわりと風になびく顔の横だけ長い黒髪に、零れんばかりに大きな紺色の瞳をまん丸にして、螢丸を見ていた。

 うっとおしいと言わんばかりに見ていた海に向き直ろうとする螢丸に、あわてた様に言う。


「向こうに影族を見つけたんだよォ! 倒すの手伝って」

「どこだ」

「はっや。相変わらず君は影族と聞くと早いなァ。あ、反応がだよ?」

「反応以外に何があるんだ。で、影族はどこだ? 俺が殲滅してやる」

「駆逐くらいでいいんだけどなァ」

「いや、殲滅だ」


 しゅたんと岬から飛び降りて、砂浜、蓮の前に降り立った螢丸に苦笑する。第1班の目的は特攻および影族を追い払うことで、決して殲滅するためにいるわけではない。なのになぜ、殲滅にこだわるかというと、ただ単に螢丸がそうしたいからだ。最愛の家族を失い、唯一の半身すら奪われた螢丸に、もうこれ以上奪われるものなんてないと本気で信じているからだ。



 6年、ツァルツェリヤが死んでからもう6年になる。



 その長い月日は螢丸から右目を奪い、感情を凍らせるには十分だった。その中でさえただ1つだけ、変わらない……いや、さらに燃え上がっているものは、自分から半身を奪った影族をこの世から殲滅するという目的のみで。それだけのためにいまの螢丸は動いている……生きていると言っても過言ではなかった。


 目つきの悪い目をさらに鋭くさせて、ぎらついた目で蓮を通り越してその向こうにいるという影族を見ている螢丸に、どうしようかなァ。と北見蓮は考えた。

 いまのまま行かせると本当に殲滅してしまいそうな気がする。別に殲滅が悪いわけではないのだが文字通り、命懸けで行ってしまいそうな気がして怖い。小さい頃から迷宮探究者になるべく育てられたという螢丸の戦闘能力は、正直なくなるには損失が大きすぎる。本来エリートしかなれないはずの第1班に実力で配属されたことを鑑みるに、そう言うことだ。


「ミカくん、いい? あくまで僕たちは影族の討伐だけだから、そこに君の命を懸ける必要なんてないことを知っていてくれるかな?」

「どうでもいい。早く影族を殺しに行くぞ」

「僕、一応班長なんだけどな。これを約束してくれないと場所は教えられないよ」

「……わかった、努力する。これでいいんだろ」


 どこかふてくされたようにそっぽを向いた螢丸に、あこれ絶対わかってないやつだと思いながらも、約束は守るのが螢丸である。努力するとは言った以上その言葉は守るだろう。なら今はそれでいいかと思って北見蓮は自分の背後を指さすと、螢丸は黒い風のように走り去っていってしまった。砂浜でそんな速度が出るとかどんな足腰の鍛え方してるんだろうと不思議に思いながら。

 自分も向かおうと砂を蹴ったのだった。

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