⑬
アイリスは消え、アイネもまた消えた。
――これで『僕』が巻き込まれた非日常は消え去った。
後はただ、この聖剣を返せばそれでいい。身を守るべき敵はいない。もう僕にはこの聖剣を握る理由なんてない。
いくら探しても、この聖剣を手放さない理由が見つからない。
僕は人間だ。生きている人間だ。生きているなら、生き続けなければならない。自ら死に近づくような真似を理由もなくするわけにはいかない。
「この戦いに意味はない。それでも尚、止まれないのか」
そうだ。この戦いに意味なんてない。戦える理由が、僕には見つからない。
なのに、困った。僕はこの聖剣を手放さないで済む言い訳を探している。シグルズと戦う言い訳を探している。
借りを返す為。顛末を見届ける為。そんな屁理屈の言い訳を重ねて僕は此処まで来た。
ああ、お願いだ。誰か僕に理由をくれ。この心の内から溢れ出る感情に従える理由を。
「それは
いいや違う。
「死者に殉じる、それを否定はしない。だが
うるさい。死んだ者に殉じる? それこそ御免だ。それは死んだ人に責任を押し付けるのと同じだ。アイリスは関係ない。
「少年よ、君は剣を握るべきではなかった。
その通りだ。アイリスと出逢わなければこんな風に迷う事はなかった。けどそれは彼女のせいじゃない。
「僕があんたのように強ければ、迷う事もなかったのに」
僕が弱いから。僕に強さがあれば、誰かの為に戦える強さがあれば、こんな事にはならなかった。
僕こそが勇士だと言える強さがあれば、こんな事にはならなかった。
「迷いを消す強さなど暴力でしかない」
がむしゃらに振り下ろされる僕の剣を、シグルズは反撃もせずに受け続ける。
「迷いを断ったその先にあるものこそ、真の強さだ」
「強くなければ、その迷いすら断てないよ」
今の僕のように。こうして子供の癇癪のように暴れる事しか出来ない。なんて、醜い。それを受け続ける勇者、彼こそが本当の勇士。僕なんかとは違う。なのに、僕にはそれが認められない。否定する権利なんてありはしないのに、ただそれが受け入れられない。
「詠歌君……」
会長の悲しげな声が聞こえる。彼女にそんな声を出させてしまう程、今の僕は哀れに映るんだろう。見ていていたたまれなくなるんだろう。当たり前だ、この年齢になって男のこんな駄々を捏ねるような姿、見るに堪えない。
ああ、だから言い訳をさせてくれ。僕に理由を下さい。僕は一体、何で聖剣を握っているんですか。
「ああああああああああああ!」
ぐるぐると回り廻る思考から抜け出そうと、吼えた。それがまさに子供のようだと気付いて、それでも止められない。
醜い。醜い。醜い。誰か、僕を止めてくれ。こんな醜い姿をいつまでも晒させないでくれ。
「もうやめろ、少年」
「断る!」
やめられるならやめている。それが出来ないから、こうして無様を晒している。自分勝手と分かっていても止まれない。
だから、だからもう。
「力づくで止めろよ! あんたは勇者で、正義なんだろう! だったら僕を、歯向かう悪を止めてみせろよ!」
悪でいい。僕のやる事為す事全てが間違った悪でいいから。
「……殺しはしない」
ようやくシグルズが僕の剣を弾いた。大して力を込めたようには見えない、それでもあっさりと僕は打ち負け、隙を晒す。
「うっ、ぐ……!」
がら空きになった腹にシグルズの持つグラムの柄がめり込む。吐き気が込み上げ、視界が痛みに溢れる涙で滲む。
「ぐぅぅぅう……!」
それでも尚止まらない。シグルズの腕を掴み、聖剣を振り上げる。震え、今にも取り落としそうになる。
「うぁあああああ!」
歯を食いしばり、腕に力を込める。何の言い訳も見つからないまま、衝動に従い殺意を持って聖剣を振り下ろす。
それも呆気なく、シグルズは受け止めた。邪悪を滅ぼす聖剣では、勇者には届かない。
「はぁっ、はぁっ……!」
掴まれた聖剣の刃をいくら押し付けても、シグルズに傷つける事すら叶わない。不死の肉体はおろか、その鎧すらも貫けない。
「もう十分だろう。君はよくやった。これ以上、自分を傷つける事はない」
「っ、あ……」
力が抜ける。立っていられなくなる。違う、やめてくれ。そんな言葉を吐かないでくれ。欲しいのはそんな優しさじゃない。有無を言わせぬ断罪だ。僕は悪だと、救いようのない悪だと、そう言ってくれ。
僕を傷つけろ、僕を責めろ、僕を許さないでくれ。僕は悪い人間だから。
「……これでオレの使命は終わりだ」
聖剣が取り上げられる。震える手を伸ばしても届かない。心に空いた穴がその大きさを増す。埋めようのない穴から何かが流れていく。
「君たちに危害を加える事も、関わる事ももうない」
「……や、だ……返して、くれ……剣を……僕に……」
地面を這い、シグルズの足元に縋りつく。そんな僕を、会長が止めた。
「詠歌君……! もういい、もういいんだ……! 君は悪くない! 私たちにはどうする事も出来なかった! 君が自分を責める必要はないっ!」
引きはがされ、会長の顔が目の前に見える。涙が浮かんでいた。
「こんな結末、私だって認めたくない! でも君がこれ以上傷つくのは見ていられない……!」
僕が傷つくのは構わない。だってそうじゃないと、僕が耐えられない。
会長の腕を振り解き、シグルズへと手を伸ばす。
「優しさでも痛みでも止まれないか」
ああ、そうだ。そんなもので止まってしまったら僕は、きっとどうにかなってしまう。
「待って! これ以上はもう……!」
「ならば告げよう。少年よ、君には
「っ……」
ビクリと体が跳ねた。
痛い。シグルズの言葉が、僕の胸に突き刺さる。
違う、これはアイリスの為の戦いなんかじゃない。これは僕が自分の為にしているだけだ。理由は分からない、言い訳は見つからない、でも違う。これはアイリスの為じゃない。
「君はオレを糾弾したな。だが自身は勇士である事を拒み、その上で
「それ、は……」
その通りだ。僕は言い訳を重ね、幾重にも虚勢を張り、アイネやシグルズと戦った。……けれど、アイリスの
僕は誰かの為に、なんて口に出来る人間じゃない。それを口にすればきっと、僕は責任を誰かに押し付ける。誰かの為の戦いを、誰かのせいの戦いにしてしまう。愚かで弱い僕は自分で負うべき責任から逃れようとしてしまう。だから僕は……。
「自らの内に理由を見つけられず、人の為だと誇れぬのなら、君に戦う資格はない。戦いの責任など、元より一人では背負えん。貴様のそれは驕りでしかない」
……そう、なのか。いや、そうなのだろう。誰かの為に戦えない僕は、自分の為だと言い訳を続けていたけれど。その言い訳も見つからなくなった。
「今の貴様は自ら望んで背負った責任の重さに押し潰され、もがいているだけだ。せめてもの慰めに自ら死地へと飛び込み、その痛みを以て責任から逃れようとしているに過ぎない」
「……」
「――貴様は、貴様自身を許したいだけなのだろう」
だから今度は、自分を許す言い訳を探していた。ああ……なんて醜い。
「これ以上オレに向かって来るならば、オレは手は出さん。貴様の気が済むまでオレを斬るがいい」
「う、ぁ……」
そんな事、出来るはずもない。これ以上の無様を晒す事なんて、これ以上自分の醜さを直視するなんて……出来ない。
「その後悔を胸に刻め。それを二度と味わいたくないなら、自らを誇れる強さを持て」
完全に、僕の体から力が抜ける。心の内の虚無感が大きくなる。もう、僕には何も出来ない。何をする資格もない。
「……詠歌君。今はもう休もう。これは君だけの責任じゃないから」
卑怯者の僕には会長の優しい言葉ですら、胸を突き刺した。
シグルズが背を向け、遠ざかっていく。聖剣を持ち、天上へと帰還するのだろう。もう二度と会う事はない。けれどこの痛みが消える事もない、日常へ戻ろうと決して。
瞼が重い。視界が暗くなっていく。それに逆らう気ももう起きなかった。今は全てを置いて意識を手放そう。これ以上思考する事すら億劫だ、眠ってしまえばこの心の穴を認識する事もない――。
「……
「……!」
意識を手放す直前、会長の悲鳴にも似た叫びが聞こえた。それに次いで、カランと金属が転がる音。
「――
虚ろな意識、朧げな視界に入り込んで来たのは、斬り捨てられたはずの憎悪の獣が二手に分かれたカラダから伸びる触手がシグルズへと纏わりつく姿だった。
「っ、猫だ! 『ウルタールの猫』! ああ、もう! どうして気付かなかったんだ!? アレを殺しちゃいけなかったんだ!」
「な、に……!?」
そう、僕たちは忘れていた。会長はアレが発する憎悪に恐怖して、僕は浅ましく自分の事だけを考えて。『ウルタールの猫』の特性を完全に失念していた。
「オレを取り込むつもりか……!」
神話を飲み込む捕食者。対抗ではなく対攻するモノ。全てを喰らう貪欲な獣。
歯を食いしばり、意識を覚醒させる。覚醒した視界で見れば、地面に転がった金属音の正体が聖剣であると分かった。……この期に及んで、まだそれを求めるなんて浅ましいと分かっている。でも、今は。
「会長、逃げて……!」
「けど詠歌君! もうアレは君の手に負える相手じゃない! それぐらい分かるだろう!?」
ああ、分かっている。アイリスを呆気なくも飲み込み、不意打ちとはいえシグルズを捕らえた。そんな相手に僕が出来る事なんて何もない……いいや、せめて会長が逃げる時間ぐらいは作れると、そう思いたい。そしてあわよくば、シグルズの拘束を斬れれば……!
「此処から離れろ! 此奴はオレが殲滅する! 君がこれ以上傷つく必要はない!」
頼もしい勇者の言葉。けれどその体は『ウルタールの猫』の触手に縛られ、剣を抜く事すらままならない。
今僕が動くのも、責任から逃れる為なのだろうか。分からない、今はもうそんな事を考えている余裕もない。
「っ……!」
膝が折れそうになりながら、それでも必死に聖剣へと手を伸ばす。同時に僕を敵として、いや捕食対象と認識したのか触手が伸びる気配がする。だけど助かった、やはり聖剣には触れられないのだろう、聖剣の周囲には僕が滑り込むだけの空間が空いている。
「間に合え……!」
僕を巨大な影が覆う。見上げなくとも理解出来た。この影を僕は知っている。両断された『ウルタールの猫』の半身同士が繋がり、再生したんだろう。巨大な影に、二つの瞳が開かれる。
「っああああああ!」
思い出したように恐怖が僕を支配する。それを叫びで振り切る。顔を上げるよりも早く掴んだ聖剣を振り上げた。
『GAAAAAAAAAAAAA!!』
目前にまで迫っていた触手を断ち切り、咆哮を上げる『ウルタールの猫』と相対する。
シグルズを捕らえていた触手が束ねられ、尾へと変化していく。会長のマンションで対峙した時とは比べ物にもならない、数倍の巨躯。アイリスの魔法陣もない今、僕ではその眼前に辿り着く事も出来ないだろう。
「詠歌君!」
どうすればいい、なんて考えている暇はない。死の直前、全てがスローに感じるなんて事は起きない。
こんな事を考えている間にも、死はすぐそこにある。
「っらぁ!」
尾から伸びてくる触手を断ち切るが、前回のように聖剣を用いても炎が上がる程の効力は見せない。触手を伝い、尾に捕らわれたシグルズを助けれられば、と思ったがそれも無理か。けど通じないわけじゃない。
アイネの憎悪によって生まれたのなら、『ウルタールの猫』はシグルズを殺せば消えるのかもしれない。僕の知る物語の通りならば、だが。今更そんなもの当てには出来ない。
アイリスは
「なら……」
僕が取れる手はただ一つ。再び飛来する無数の触手、その上辺だけを切り払う。どの道、僕にはその全てを斬り捨てる事は出来ない。だからこれが一番成功率が高い。
「少年!」
「詠歌君!?」
取りこぼした四本の触手が僕の両足に絡みつく。万力のように足首が締め付けられ、ギチギチと嫌な音が聞こえる。
「ぐぅぅぅ!」
その痛みに情けなく上がりそうになる悲鳴を噛み殺し、タイミングを待つ。たとえ引き裂かれようと、そのタイミングまではこの聖剣は手放さない……!
触手が僕を持ち上げていく。『ウルタールの猫』の眼前を越え、その頭上へと。その顔を通りすぎる途中、猫が舌なめずりした。アイネの声は聞こえない、やはりこれはもう彼女ではないのだろう。少なくとも彼女は戦いを楽しむような素振りは見せなかった。
両足を引っ張る触手の力が強まる。股裂きにして中身だけを喰らうつもりだろうか。はっ、良い趣味をしてる。完全に『ウルタールの猫』の頭上へと持ち上げられる――丁度、尾に捕らわれたシグルズの直線状。此処だ。
「っ、当たれぇぇぇええええ!」
叫び、あれ程求めた聖剣を投げつける。正確な狙いはつけていない。シグルズに当たっても構わないとすら思っての投擲。いや、投擲とすら言えない。僕の腕力ではどんなに軽くても真っ直ぐに投げる事は叶わない、故に遠心力に頼り、聖剣は重心に従って放物線を描き、くるくると回転しながら尾へと向かって行く。
僕の意図を汲んだのか、シグルズは逃れようと込めていた力を反転させた。尾が動かぬよう、それを押さえつける。
「っ……」
放り投げられた聖剣は勢いが足りず、シグルズの前で失墜していく。だけど十分だ。あの距離なら、手が届くだろう。そう、思っていた。
「何!?」
シグルズが驚愕の声を上げる。僕も声を上げずとも、同じだった。
聖剣はシグルズの手にも届かず、尾へと突き刺さる事もない。弾かれたわけでもなく、『ウルタールの猫』の触手が聖剣の刃を掴み、それを弄ぶように揺らしていた。
「こいつ……!」
下を見れば『ウルタールの猫』の口が僕を嘲笑うようにつり上がっていた。……計り違えた。こいつは憎悪の獣であると同時に『ウルタールの猫』という神性。貪欲な
「あ……」
突然、僕を掴む触手が解けた。浮遊感が襲う。落下する先には猫がその口を開けて舌を招いている。内に広がるのは闇。全てを呑み込む深淵。
その中に僕は落ちていく。
……当然の結果だ。僕みたいな奴が、何かを出来るはずもなかった。物語の探究者の多くが抗いようもない邪神に、僕が出来る事なんて何もなかったんだ。
最期に見たのは、弄ばれた聖剣が僕のように『ウルタールの猫』の尾から呑み込まれていく光景だった。
◇◆◇◆
…………………………。
……………………。
…………気を失っていたのか、それとも狂って時間感覚を忘れてしまったのか。気付けば僕は闇の中に居た。
まさか僕は死んだんだろうか。死んでもまだ意識があるなんて、なんて地獄だ。僕は幽霊なんて信じていなかったのに。
ああ、でもシグルズたち
……………………まだ生きているのだとしても、もう死んだのだとしても、これが僕の結末には違いない。
生きているのなら死に、死んでいるのならこの暗闇を見つめ続ける。
神話の世界に足を踏み入れた、凡人の結末。冷静ぶって、格好をつけて、口だけで何も出来ない愚か者の末路。
こうして終わってしまえば呆気ない。主義も主張も、理由も言い訳も、この結末に至っては無意味だ。
もはや後悔を叫ぶ口はなく、責める声が届く耳もなく、恐怖に竦む足もない。
そんな今だから願う。遅すぎると知りながら、それでも…………もし叶うのなら、僕は彼女の為に戦いたかった。
胸を張って、君の為だと言いたかった。それを後悔しない自分になりたかった。僕には怖くてとても口には出来なかったけれど。
ヒーローのように、ただ誰かの為に。自分が助けたいと思った君を助けたかった。君の震えを止めてあげたかった。
あの夜、彼女を選んだ時のように。何の言い訳も理由もなく、ただ助けたいと思った人の為だけ、そんな善人として僕は戦いたかった。それが出来ないと知っていたから、僕は言い訳を重ねていたんだ。
「――馬鹿め。本当に心底からの愚か者か、お前は」
彼女の声が聞こえる。姿は見えない。闇に狂った僕の幻聴なのか。
「誰かの為だけに、などと。そんな妄言を此処に至って尚、口にするか」
それすら許してくれないのか。僕にはこんな結末に至らなければ口にする事が出来なかったのに。
「大馬鹿め。お前たち人間の生は善悪に縛られる物ではないだろう。神が生きる天上とは違う。目先の善悪が美しく映る事があるだろう、醜く目を逸らしたくなる事があるだろう。だが絶対の善悪など地上にはあり得ない。それを定めるのは神の領分であるが故に」
でも、人の世で善悪を決めるのは人自身だ。神話の世界とは違う。
「そうだろうさ。それを愚かと笑いはしない。自らを律しようという精神、善であろうという精神。それは尊い物なのだろう。悪として生まれた私には欠けている、人間の持つ機能だ。だがお前のそれは自らを律しようとしているのではない、ただ己を罰しようという愚かで歪んだ欲求に過ぎん」
……それはいけない事なのか。自らを恥じ、それを罰したいと思う事は、駄目なのか。
「悪人は自分の為だけに生きられるだろう。だが善人は他人の為だけには生きられん。しかし自分の為だけでは生き足りない。だから分不相応に他人に手を伸ばすのだ」
たとえそうだとしても。偽善だと笑われても、それは尊い事のはずだ。
「ああ、それはな。だがお前は間違っている。それを尊いと思うのなら、善でありたいと願うならお前は最初から間違えている」
「一点の悪意もない善行であっても、お前のその願いは悪であり、叶えば悪事に他ならない! 何故ならば!」
周囲に満ちる無明の闇。そこに二つの紅の光が灯る。其処から広がる新たな黒。
「我が名は
幻聴から生じた幻覚、ではない。姿は未だ見えずとも、確かに彼女は其処に居る。
「お前がそれを否とするならば、問おう。あの夜、お前は何故私を選んだ?」
……………………そんなもの決まってる。それを口にしたくなくて、僕は言い訳を重ねていたんだから。
だけどそれを、他でもない君が否定するなら、ああ、口にしてやる。言ってやるとも。
「君のせいだろう!? あんな所で倒れて震えて、選べと言っておいて選択肢なんてない! あんな姿を見たら、君を選ぶしかない! 見捨てるなんて出来ないっ、当たり前だろうが!」
ついに言ってしまった。あまりにも醜い本音。でもだって……仕方ないじゃないか。こんな事になって、選んだ自分の責任だから後悔はない、なんて僕には言えない。君のせいだと叫びたくなって、当然じゃないか。……そんな自分が嫌で、隠して来たのに。
「ふはははははははっ! そうだ、その通りだとも! お前のこの結末、その原因! それは私に他ならぬ! 私と出逢ってしまったが故に、お前はこんな結末を迎えた! 綺麗事の善意を排したお前の本心、それは善でなくとも正しいものだ!」
こんな醜い言葉に正しさなんてない。なのに彼女の笑い声は止まらない。
姿こそ見えずとも分かる、これは嘲笑でも失笑でもない、哄笑を浮かべているのだと。
「――だが気付いているか? それを当然とするお前の決断にこそ、私は惹かれたのだ」
……彼女が何を言っているのか、理解出来なかった。
「僅かであっても地上で過ごした私にも理解出来る。お前の当たり前はそう珍しくもないのだろう。たとえば彩華、奴もきっとお前と同じ事をしたのだろう。ならばお前の苦しみに共感など出来なくとも、納得はいく」
優しげな声音。そんな声が出せるなんて、知らなかった。彼女の虚勢を暴いて見えたのは苦しみと恐れだけだった。
「ふん、理解など出来るものか。私とお前は違う、僅かばかり私の本心を覗いた所で知った風な口を叩くな。だからお前には理解出来ない。……詠歌、お前の当たり前にどれだけ私が輝きを感じたのかも」
……それなら君だって、僕を理解なんて出来ない癖に。やっぱり君は勝手な事ばかりだ。
「それが私の当然だ」
たとえ神話に名が刻まれていなくとも、彼女は神話に生きる存在。人の理解の及ばぬ超常存在。納得するしかない。
「お前の本心を暴き、これで少しは気も晴れた。次に晴らすべきはこの貪るだけの暗闇か」
何でもないようにそう口にするが、手立てがあるのか。此処は
聖剣も通じず、彼女も何の抵抗も出来なかったのに。
「こんな結末、認めるものか。それともお前は納得しているのか?」
それも口にさせようって言うのか。……本当に、勝手だ。僕も君も。
「……いいや。僕はこんな所で死ねない。死んでたまるか――アイリス、力を貸してくれ。君が助かる為に、そして僕が助かる為に」
自分の為だけでも、相手の為だけでもない。お互いの為に。
傲慢な僕の願いに答えるように、闇を一筋の光が照らした。
そして浮かび上がる、彼女の姿。その口許にはやはり、尊大な笑みが浮かんでいた。
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