第十四話 戦いの始まり




「――ごめん。スライくん……」


 ユキの手から離れた刃物は、深々と俺の身体を抉っていた。

 その場にガクリと崩れ落ちる彼を見ながら、同時に俺は自身に突き刺さったソレを視界に捉える。狙いはあやまたず、心の臓の位置を貫いていた。


 ユキはやってしまったと、そのことを悔いるようにその場で泣き崩れている。マーサやシータ、その他の子供たちも同様だ。何が起こったのか分からないでいる子もいれば、姉的存在であるシータに泣きついている子もいた。


「ユキ、お前――どうして?」

「ぐすっ、ごめん……ボクでは、お頭の【束縛ギアス】に逆らえなかった……」

「【束縛】……? それって、あの仮面に付けられてた【能力】と同じ、か?」


 俺の問いかけに、彼はうつむきながらも頷いた。

 その反応で察する。なるほど、彼の口調に抱いた違和感はコレだった。

 実を言えば、俺は彼がここにやってきた時からその雰囲気、そして言葉遣いにおかしな感覚を抱いていた。それは、彼のリベドへ対する呼称。ユキはアイツのことを『お頭』と呼んでいた。しかし、ここに来てからの彼は『お頭様』と、そう呼んでいたのである。それがどこかで、俺の耳に残っていたのだった。


「お、おい。スライ! 大丈夫なのかよ!!」


 さて。そんなことに納得していると、であった。

 マーサが血相を変えて俺の元へと駆け寄ってくる。そして、俺の胸に突き刺さった刃物を凝視した。――あぁ、そうか。たしかに、驚くよな。


「大丈夫だよ。……心配すんなって」

「で、でもよ! そんな状態で無事なわけ――」

「――無事なんだよ。俺の正体、知ってるだろ?」


 平然と話している俺に、目を白黒とさせる少年。

 そんな彼の頭をポンと軽く撫でるように叩いて、にっこりと笑いかけてやった。


「え、スライくん? それって、どういう……」


 するとユキもまた、不思議そうにこちらを見つめてくる。

 動揺しているからか、彼もまたその事実に気付いていなかった。

 俺は胸から刃物を抜き取る。そして、それをポイッと誰もいない床へと放り投げた。カラン、と。小気味の良い音をたてて転がっていくそれ。


「え……? 傷が、ない?」

「お、おい!! スライ、どういうことだよ!?」


 穴の開いた衣服をめくって、胸を確認させると何故か詰め寄られた。

 ――普通、俺の無事を確認して安堵するところではないのか? と。そんなことを思ったりもした。が、今は仕方ないか。


「どういうことって、言われても……な? ――イム?」


 そんなわけで、である。

 俺は苦笑いを浮かべてイムに助けを求めた。


「オレ、と。スライ……スライム」


 するとイムは、カタコトの言葉でそう言う。

 ちなみに彼はここ数日の間、子供たちから【人間】の言葉を教えてもらっていたらしかった。なので今ばかりは、彼も【人間】のそれでそう答える。

 そして、刃物を拾い上げるとおもむろに自らの腕を斬り付けた。


 ――瞬間、悲鳴が上がる。

 だがしかし、その後に起こるであろう事柄が発生しなかった。

 そう。【人間】なら出てくるであろう血が、一滴も零れなかったのである。


「この通り、な? ――俺とイムは【スライム】だから、さ」


 何故なら、俺たちは元々【スライム】だったから。

 俺の場合は、厳密に言えば違う。しかし、俺が【不完全なる創造インコンプリート・クリエイション】で生み出したモノは、すべからく原型が【スライムそれ】だ。だとすれば、斬り付けられても【能力】を用いることが出来れば、痛くもかゆくもない。

 したがって、ユキの一刺しは俺に届いてはいたが、効いてはいなかったのである。


「そ、そうか……良かった……!」


 ようやく合点がいったらしい。

 ユキは涙を拭いながら、そうホッとしたように呟いた。

 俺はそんな彼に近寄って手を差し出し、あることを確認する。胸に触れて、魔力の残滓を感じ取ろうとしたのだ。だがそこにあったのはユキの、微かな息の乱れだけ。

 どうやら、今の一撃を遂行することによって、リベドの【束縛】からは解放された様子だった。そのことを感じ取った俺は、ユキに肩を貸す。


「立てるか……?」

「あ、うん。ありがとう、スライくん……っ!」


 するとユキは、素直に俺に身を預けてきた。

 心なし彼の頬が赤いのは、何故なのだろうか。その理由が知りたくもあったが、今はそれどころではない。目先の問題が解決したのなら、次の問題の解決に動かなければならないだろう。俺はそのために、行動を急いだのであった。


「よし、それなら――アニを助けに行くか!」

「――――スライくんっ!」


 ――そうだ。次は、アニを助けなければならない。

 俺は決心を微塵も鈍らせずに、ユキへと向かってそう宣言した。

 すると彼はどこか感極まったように、瞳を潤ませる。だが、頬を伝おうとしたそれを手のひらで拭って、気丈な笑みを浮かべてみせた。


「ありがとう!」

「よし、それなら行くか! ――絶対に取り返すぞ、アニを!!」


 その笑顔を、俺も力に変える。

 そして、そう力強く宣言をしたのであった。


 絶対に、大切な【家族】を取り返す。

 その気持ちを改めて胸に、しっかりと刻み込んで――。



◆◇◆



 ――だが、しかし。

 物事は、そう簡単に運んでくれないのが常であった。

 大急ぎで外に駆け出した俺たちを待っていたのは、黒装束に髑髏の仮面を付けた集団。彼らは孤児院を取り囲むようにして、こちらを待ち受けていた。


「……こいつらは?」

「きっと、不要になったボクのことを始末しに来た連中だと思う。それにしても目算で――三十人、か。苦ではないけど、今は時間が惜しいね……」

「くそっ! こんなところで、足止めを食ってる場合じゃないってのに!」


 俺は苛立ちから、一つ舌を打つ。

 個々の力を考えれば、倒すことは造作もないことだった。

 だがしかし、如何せん数が多すぎる。アニが捕まってからどれだけの時間が経過したか、その詳細はまだ不明だが、タイムロスであることに代わりはなかった。


 気持ちがはやるのを感じる。

 残された時間が、刻一刻と削られていくその感覚に唇を噛んだ。


 ――どうすれば、いい?

 俺は必死になって考えを巡らせる。

 どうにかして、最小限の時間で、この場を切り抜ける方法を――


「――スライ。まか、せろ……!」


 その時だった。

 背後から、そんな声が聞こえたのは。

 その声の主は俺たちの前に出ると、ぐっと拳を握りしめて構えた。


「――イム!?」


 俺は、その名を叫ぶ。

 声の主――イムは、すでに臨戦態勢へと入っている。

 俺は彼の行動に驚きを隠せなかった。彼は俺とは違う――正真正銘の【スライム】だ。【人間】とは相容れない彼が、何故こうやって協力してくれるのか。それが、謎で仕方がなかった。だが、その答えは次の彼の言葉で明かされることとなる。


 イムは【スライム】の言葉で、俺に向かってこう語りかけた。


『【家族】を守るんだろう? オレはまだ、それがどんなモノかは分からない。でも、お前――スライが必死になって守るのなら、それは価値のあるモノのはずだ』


 ――と。

 俺はそれを聞いて、目頭が熱くなるのを感じた。

 かつての友は、今も変わらずに俺の友であったというその事実に。

 そして、それと同時にある策が思いついた。俺はゆっくりと右腕を前へと突出し、意識を集中させる。次いでそこから、ある者を生み出したのであった。



 【分裂】――【成功】!



 そう。それは――


「よう。久しぶりだな――本体オレ


 ――もう一人の、分身おれだった。

 寸分違わぬ姿形をした彼は、ニッと笑ってこちらを見ている。


「悪いな。今は挨拶をしてる場合じゃないんだ」

「あぁ、分かってるよ。とりあえず、こいつらをどうにかすれば良いんだろ?」

「さすが、だな。話が早くて助かる」

「バーカ。オレ様を誰だと思ってるんだっての」


 そんな分身と、俺は軽口を叩き合った。

 一通りの会話を済ませた後に、俺はユキへと向き直る。


「ここは、この二人に任せよう――ユキ。アニのいるところまで、案内してくれ」

「う、うん! ――こっちだよ!」


 そして、そう声をかけた。

 そうすると彼は、俺の手を取って駆け出す。

 俺はそれに身を任せ、ついて行くことにした。まるでそれは、初めてユキと出会った時と変わらないように。いつの間にか、俺たちは集団の包囲網を突破していた。


 最後に、一度だけ振り返る。

 ちらりと見えたのは分身、そしてイムに躍りかかる集団の姿だった――。



◆◇◆



『――へぇ。お前も【分裂】が出来るようになったんだな?』


 スライとユキが集団の隙間を抜けたことを確認して、イムはそんなことを言った。

 語りかけた相手は、他でもない。スライの分身に対してであった。


 イムにとっては、驚きであったのであろう。

 あのスライがこうも簡単に、それも確固たる意思をもった分身を生み出すことが出来るようになっていたことが。友が、成長を遂げていた事実が。


『おう。まぁな――とは言っても、本体あっちの方は、まだ気付いてねぇけどな』

『気付いて、ない……? 何に、気付いてないって言うんだ?』


 だが、そんなイムに対して分身は煙に巻くような発言をした。

 それはあたかも、自らは何かスライの知り得ない何かを知っている、と。そう言いたげなモノであった。イムはそんな彼の対応から、眉間に皺を寄せる。


『まぁ、今はまだ知らなくても良いことだ。ほら――来るぜ?』


 が、分身はそんなイムの視線に取り合うこともなくそう告げた。

 その言葉に、イムも気持ちを切り替える。


『――それにしても。どうやら、最初から狙いは孤児院こっちだったみてぇだな』

『あぁ、そうだな』


 ふと分身は、迫りくる男達を見つめながらそう言った。

 それにイムは短く返事をする。どうやら、男達の目的はスライ、そしてユキではなかったらしい。二人がいなくなった後、彼らを追わないのがその証拠だった。

 意図は分からない。だが、この方が残った二人にとっては好都合だった。


『さぁて! 久しぶりに、暴れてやりますか!!』


 両拳を構えながら、分身はそう叫ぶ。

 その目に強く宿るのは、血気盛んな闘争心である。

 彼はニッと、口角を吊り上げて笑いながら駆け出すのであった。





 こうして、戦いの火蓋は切って落とされる。

 守るための、その第一の戦いが――この瞬間に始まったのであった。



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