第二話 遭遇 中編



 ――ルインの街並みは、アル村のそれとは大きく様相を異としていた。

 煉瓦というらしい岩のようで、そうではないモノを積み重ねた家々が左右にズラッと並んでいる。同様のそれによって造られた道の幅は、人が五人ほどが歩ける広さ。長閑のどかさを感じたあの懐かしい村とは違う、無骨さがそこにはあった。


 出歩く人の数は、まばらだ。

 これだけ広い大通りにも関わらず俺と、俺の右隣を歩くアニを除けば四~五人程度。栄えているとも思える街並みには似つかわしくない。そう思えた。

 それに加えて――


「――……ん?」


 俺には、他にも違和感があった――人が、違うのだ。

 それは当然のこと。そう思えることではあったが、俺が言いたいのはそんな単純な話ではなかった。人のが違う。すなわち、質が違うのだ。

 アル村の人々は、すれ違えば笑顔を見せ、挨拶をする。それが俺にとっての当たり前ともなっていた。だが、ここの人々は――


「――――っ」


 こちらを見るやいなや、彼らは顔を背けてしまう。

 そして、足早に立ち去ってしまうのだった。その後ろ姿は何かに怯えているようであり、逃げているようにも感じられる。ただ、もう一つ気になることがあった。




 どうして彼らは――




「――おい。あまり、物珍しそうに見るな」

「あ、悪い……」


 俺があまりに周囲を観察し過ぎたのか、アニが鋭い言葉で思考を遮ってきた。

 思わず謝りつつ彼女の方を見るとそこには、何とも面白くなさそうな、美女の歪んだ表情かお。眉間に皺を寄せ、口はへの字に曲がっている。忌々しげにこちらへ向けられた視線には、『面倒だ』という内心が透けて見えていた。


 まぁ、それも当然と言えば当然だろう。

 先日煮え湯を飲まされた相手の世話をしろと、そう言われたのだ。不快に思うのも道理であろうし、面白くないのも道理だった。むしろこうやって、行動を共にしてくれているコト自体が不思議なほどである。


 まぁ、それも――あの怪しい老人の言葉があってのこと、なのだろうけど。


「おい、お前――スライ。貴様は何故、この街に来た」

「……ん? 何故かって?」


 と、そう考えていたところで、不意にアニがそう訊ねてきた。

 俺は外しかけていた視線を再び彼女の難しい顔へと戻し、そう訊き返す。すると顔に傷跡を持つ銀髪の美女は、さらに苛立ったように赤い目を細めて睨んできた。


 質問には、すぐに答えろ――ということらしい。

 どうやら俺が思っているより存外、気が短い性格のようであった。


「何故かって、そりゃ――」


 ――と、仕方なく答えかけてから俺は口を閉ざした。

 そうだった。このアニは、ロマニさんのいた組織の人間。その相手に対して『お前のいる組織を壊滅させに来た』、などと言えるだろうか。

 ここは、そうだな――


「――たまたま、だよ。俺だって毎回、行先を決められるわけじゃないんだ」


 そう、言葉を濁すことにした。


「……ふん。そう、か」


 我ながら苦しい嘘だとは思ったが、少しの沈黙の後に軽く鼻を鳴らし、興味なしと言わんばかりに彼女はそっぽを向く。そして、何かを見つけたのだろうか、ある一点をじっと見つめていた。


 これは、どういうことだろう。

 彼女にとって、俺がここにいる理由はそれほど重要な情報ではないということ、なのだろうか――いや、そんなことはないはずだ。仮にも自分が所属している組織を壊滅させるかもしれない対象、それを放置する組員がいるはずがない。だがしかし、当のアニは本気で興味がない、そう言わんばかりであった。


 ――この違和感は、何だ?

 俺はその正体を導き出そうと、彼女に話しかけ――


「おい、貴様は――本当に魔王なのだな?」

「え? そう、だけど……」


 ――ようとした時だった。

 アニの方から、またしてもそんな問いかけが。

 そして、それと同時に指差された先に目をやると、何やら大きな掲示板があった。俺は小声で答えながら、そこには無数の紙が貼り出されていることに気付く。クリムから学んだ知識で辛うじて読めるモノから、難解なモノまで様々。


 こちらが黙っていると、アニは無言でそこへ歩み寄ると、無作法に一枚――中でも特に古ぼけたモノだ――を引き剥がした。

 そして、それを俺に差し出してこう言う。


「それにしては、随分と容姿が異なるようだが?」

「異なるって、何を言って――うおっ!?」


 俺はその紙を受け取りながら、彼女に対して反論しようとする。が、手元のそれに視線を落とした瞬間に、思わずそんな声が漏れてしまった。何故なら、そこに書いてあったのはこんな内容だったから。


『求む! 魔王討伐せし勇者!

 報酬金額 100000000000000イェン』


 そして、魔王と思しき絵――おそらくは想像によるモノのため――がデカデカと描かれていた。主に筋肉の凹凸具合が似ていないのだが、それは確かに魔王と呼べるだけの恐ろしさがにじみ出ている。けれども、俺の関心は別のところにあって、


「な、何だよこの金額!? これだけの金があれば、どれだけ食料が買えるか……」


 そうだよ! これだけあれば、まず生活に困らない!

 毎日、難しい顔をして家計簿と睨めっこしていたクリムの気苦労もなくなる。そして歳のせいかだんだんと腰が痛くなってきたと、そうボヤいていたロマニさんも救われることになる! それ以外にも、たくさん出来ることがある!!


 俺は思わず、拳を握ってこう呟く――


「よし、こうなったら魔王を討伐するしか――って、あれ?」


 ――ん? 何かおかしいぞ?

 この考えは何か、盛大な矛盾を孕んでいる。そんな気がした。


「……お前は、アホなのか?」

「え? いや、そんなことはないぞ。……たぶん」


 そんな俺の様子を見て、アニは冷めた声でそう感想を述べる。

 即刻それを否定しようとはしたものの、何故だろうか。俺には、彼女の言葉を論理的に打ち破ることが出来ない。そのように思われた。


「まぁ、いい。とりあえず、嘘をついているわけではなさそうだな……」


 呆けていると、アニはそう言って突然に歩き始める。

 俺は慌ててその後を追いかけた。見知らぬ場所で置いて行かれては、どうしていいか分からなくなってしまう。


 それに、だ。

 俺にはどうしても聞きたいことがあったから。


「なぁ、そういえばどうし――」

「――ここまでだ」

「え?」


 だから、その疑問をぶつけるために声をかけようとした。

 しかしそれを察していたかのように、アニはやや離れた場所から俺のことを制する。そして長い銀の髪をなびかせて、右肩越しにこちらを見た。

 ピタリと、俺はその場で足を止めてしまう。


 アニは、次いで右手である建物を指差した。

 俺は先ほど同様に、その示された先へと目を向ける。するとそこには――


「――ギルド?」


 辛うじて、俺はその建物に掛けられた看板の文字を読み取った。

 そう。そこは一般的な『冒険者ギルド』だ。俺はその存在について、ロマニさんに聞いたことがあった。彼が所属していた組織のようなギルドとは異なり、各街には決まって外部からやってきた冒険者を一時的に雇うギルドがある、という話を。例外と言えば、アル村のような僻地にある集落であったり、何かしらの理由で外部との交流を断っている町であったりする、らしい。


 だが、今はそんなことどうでもいい。

 俺には彼女の言いたいことが分からなかった。


「そのギルドで依頼を受けると良い。二階は宿になっているし、お前ほど腕の立つ者ならば数日暮らすには問題ないだろう。その先は、自分で考えろ」

「え、いや! ちょっと待てって!」


 アニはそう言ったが、俺にはどうも納得が出来ないことがある。

 だから、急いで追いかけようとした。の、だが――


「よぉ、兄ちゃん? 冒険者ギルドに登録したいのかい?」

「なっ――!?」


 背後から、筋骨隆々とした男性に両肩を掴まれる。

 とっさのことに、それを振り払うことが出来なかった。何故なら、少しでも力加減を間違えれば、相手に怪我をさせてしまうから。俺は少し苛立ちながら振り返るも、男性はニヤリと笑んで放そうとはしてくれなかった。


「今、ちょうど人手が不足しててな! 若い奴を探してたんだ!」

「あ、いや。だから俺は――」


 男性は、勝手に話を続けている。

 そうこうしている間にも、アニの背中は遠くなっていく。

 俺はどうしてもアニに聞きたいことがあった――どうしてなのか、と。


 どうして、アニは俺のことを手助けしてくれたのか、と。

 どうして、アニは俺のことを遠ざけようとするのか、と。

 どうして、アニは――



 ――人々から、あれ程にもを向けられていたのか、と。



 俺には疑問でしかなかった。

 何故なら俺は知っているから。あの時――あの闘いの後の、人として、当たり前の人としての彼女の顔を知っているから。そして、どうにも俺には彼女がように思えたから。


 それは、自己の保身からくるものではなく。

 それは、俺への嫌悪からくるものではなく。


 それは、まるで自分と関わることが、俺への悪影響となると考えているようで――


「――兄ちゃん? アイツとは関わらねぇ方がいいぞ」

「えっ!?」


 と、焦燥感に囚われている俺にそう囁いたのは、ギルドの男性だ。

 振り返ると、そこには難しそうな表情かおがあった。それはやはり、俺がこの道すがら見てきた人々のそれと同じモノ。


 それはまさしく、厄介者への嫌悪そのもの。

 俺はその感情を知っていた。【魔王いま】の俺が経験したモノではない。その嫌悪を経験したのは【スライムあのころ】の俺だ。周囲から爪弾きにされ、最期には見捨てられ、命を散らしたあの時と同じ。


「――――――――ッ!」


 その表情を視界に捉えた瞬間に、ざわり、とした寒気が走った。

 背筋が凍るような冷たさ。温もりに溢れていると信じていた【人間】の形が歪められていく悲しさが、


「お、おい! 兄ちゃん! どこに行くんだ!!」


 俺を――突き動かした。


 もう、我慢ならなかった。耐えられない。

 もうこれ以上、俺の中の【人間りそう】が穢されるのは、堪え切れなかった。

 だから、走った。走った。走った。走った。走った。走った――ただ、走った。


 俺は、闇雲に街を走った。

 アニの姿も、もう見当たらない。

 それでも、耳にこびり付いた言葉が離れることはない。


 そう。すれ違う人々が、異口同音に言っていたあの言葉――







 ――……『人でなしのアニは、いなくなれ』、という言葉が。




 

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