異世界転生 (低品質)

タルト生地

第1話



 俺は……死んでしまったのか……?

 いや、かすかに、本当にかすかに、俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「……かし……たかし……たかし……!」


 少しだけ目を開くと、光が目の奥を貫いてくる。


「たかし! 目を覚まして! たかし!」


 俺を呼ぶ女の声に、ぼんやりとする頭を無理やり持ち上げた。


「よかった、たかし。目覚めたのね。」


「う、ううん……ここは一体……」


 最後の記憶は学校の帰り道、巨大な流れ星がまばゆい光を放ったところまでだった。

 あれは一体なんだったのか。そんな疑問がよぎったが、そんなことはどうでもよかった。今はとにかく誰かにこの状況を説明してもらいたかった。


「たかし、いえ勇者様。立ち上がれますか?」


「ゆ、勇者?俺が?」


「記憶が曖昧なのですね……。私はユカリエル。あなたは魔王の支配する異世界に転生してしまったのです。しかし、しばらくは私が行動を共に致しますからご安心ください。」


 目の前にいた女はユカリエルと名乗った。

 額にオリーブの冠を模したようなサークレットをつけ、真っ白いローブを身にまとっている。

 少し尖った耳に青い目、キラキラと輝く金髪を揺らしていた彼女は、


 どう見ても、


 母親だった。


「えっ?何やってんの母さん。」


「か? 母さん? 何を言ってんのかねこの子は。」


「いやもう崩れてるって。早い早い。つか本名が由香里だからユカリエルってひどいよ?」


「いや、違うし。生まれつきの魔法天使ユカリエルだし。」


「うるせーよ人間ど真ん中。よく見たら耳途中で色変わってんじゃん。」


「え、うそ。あれ昨日ドンキで見た時いい感じだったのに。」


 全く意味がわからない上に不快な冗談で目が覚めた。

 よく周りを見渡すと完全に俺の部屋だし、全面に神殿っぽい絵のカーテンがかかっている。腹立つ。


「もー、わけのわかんない冗談やめてくれよ。」


 そう言いながら神殿の空間にいきなり出現している木製のドアを開けて部屋から出た。

 廊下をまっすぐ進み、居間に行く。


「おはよう。たかし。」


 居間には兄が既に来ていた。


 白地に赤の水玉の全身タイツを着て。

 新聞にマッキーで描かれためちゃくちゃな謎の図形の上でポーズをきめて。


「あ、そっかたかしじゃない。勇者様だった。」


「いやおせーよバカ。なんだその格好。どうした。なんだそれ。」


 トテトテトテ、と廊下から足音が聞こえる。多分ユカリエルだ。


「ああっ、勇者様! 申し遅れました。私の使い魔です。」


 低クオリティコスプレおばちゃんが騒ぐ。


「どうも使い魔です。」


 水玉兄貴が会釈をする。

 カオスだ。


「こちら闇の破壊獣、ヒドゥン・デス・キングギドラでございます。気軽にヒデキと呼んでください。」


「どうも勇者様、ヒデキです。」


「知ってるよ。めちゃくちゃ知ってる。ヒデキだよこいつ。なんだ闇の破壊獣って。」


「シャー!」


 急に大きい声を出すな。うるせぇ。


「あらあらヒデキったら闇の炎が有り余ってるのね。」


「なんだよ闇の炎って。こんな全身コンドーム野郎に有り余ってるのなんか性欲くらいなもんだよ。性の炎だよ。」


「そんなことより勇者様。私達にはやるべきことがあるのです。」


「無視かよ。なんだよ?」


 ユカリエルとヒデキが10cmの距離でじっと見つめてくる。

 非常に不愉快だ。


「天界に眠る伝説の男を目覚めさせなければならないのです。一緒に来てくださいませんか。」


「お願いします、勇者様!シャー!」


 この鳴き声気に入ってんなこいつ、ムカつくわー。

 そして天界に眠る伝説の男って誰なんだよ。でもまぁこれを解決したら代わりに謎のコスプレごっこはやめてもらおう。


「わかったわかった。どこに行けばいいの?」


「こちらです。天界へ昇る道です。」


 そういうとユカリエルは父さんの部屋へ続く階段に俺とヒデキを連れて行く。

 もうツッコむ気力はない。


 しかしチャンスだ。さっさと父さんを起こして2対2の構図にしよう。


「では行きましょう、勇者様。」


 次の瞬間、ユカリエルは走り始めた。

 こいつ、俺を孤立無援にするつもりだ。それだけは避けたい。


 俺はユカリエルのローブを引っ張り、一旦引きずり降ろして走り始めた。

 ズドドドド、と激しく音がなる。

 同時にあだだだだ!と声が聞こえる。


「ちょっ、こら!たかし!親を、いや美少女魔法天使を階段から引きずり落とす勇者がありますか!」


「せめて1話くらいキャラ貫き通せろよ!あとこれでもう終わりにするからな!」


「キシャシャー!」


「うるせえぇ!てめぇは最初より使い魔感上がってんじゃねぇ!次デケェ声出したらすり身にして捨てるからな!」


 何はともあれこれで終わりだ。父さんの部屋のドアノブを回し、開いた。


「父さん!起きて!母さんがユカリエルで兄ちゃんが闇の破壊獣になってる!」


 そこには部屋一面に敷き詰めた綿の上で強めのライトに照らされた、なんとなく神っぽいポーズの父親がいた。


「どうした。勇者よ。」


 手遅れだった。クソが。


 俺の異世界転生はまだまだこれからだ。

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