第5話 限りなく透明に近いfoul play
「ねーねー永人ー、どうやって勝つ気なんだよー。ていうか何やってんだよー」
かんなが不平そうな声で僕に文句を言ってきた。僕は「秘密だよ」と言いながら、最終確認をしているところだった。
野球部とのギャンブル当日。僕は㐂島先輩や山笠先輩と一緒に生物部の部室にいる……はずだった。ところが㐂島先輩から事情を聞いたかんなが「私も応援する!」などと言い出し、部室に勝手についてきていた。
「私も教えて欲しいな、八葉。君はなぜさっきから机の上に置いたルーレット台の周りを何週もぐるぐると回っているんだい?」
部室の壁にもたれかかる山笠先輩が僕に聞いてきた。ちなみに今日部室の扉を開いたのはこの人だった。先週の苦闘が嘘のように扉はあっさり開いた。
「山笠先輩には絶対に話せないことをしています」
「どういう意味だ?」
「忘れてください。というかかんなはこんなところにいていいのかよ。バレー部の練習はどうしたんだ?」
僕は山笠先輩の鋭い眼光から逃れるために、そっぽを向いてかんなに話を振った。かんなはこの一週間でいくつかの部活を見て回り、結局中学の頃と同じバレー部に入ることにしたのだった。当然放課後には毎日練習があるはずだったが、それを放り出してかんなは生物部に来ていた。
「それは大丈夫。監督に大事な友人の大事な試合があるんです! って言ったら全力で応援して来い! てさ」
「心遣い痛み入るんだけどね、ギャンブルの内容はルーレットなんだから、応援されてもされなくても勝率に影響はないんだよ」
「まぁそう言わないの、ハッチー。ありがとうねかんなちゃん、応援してくれて」
「奈々先輩優しい! 永人の冷血漢! 理系!」
「理系なのは関係ないだろ……」
僕とかんなのやり取りを、㐂島先輩は一斗缶の上にちょこんと座って眺めていた。一斗缶は小さな㐂島先輩には丁度いい椅子になっているようだった。
僕は壁際まで歩いていき、部室の蛍光灯を一つだけ消した。これで入り口側の蛍光灯が消え、奥の蛍光灯だけが光っている状態になった。僕はもう一度ルーレット台の周りをぐるっと回って、ルーレットも回してみて状態を確認した。ルーレットは先週先輩とプレーした時に使ったものと同じ、百均で売っている安っぽい玩具だった。スピン部分の金メッキが電気の明かりをきらきらと反射している。
「よし、こんな感じだろうな」
「本当に何やってんの永人?」
僕の呟きにかんなが疑問の声を上げた。けれどそれに反応する前に、倉庫の扉が音を立てて開いた。野球部のお出ましだ。
「おう、尻尾をまいて逃げなかったようだな。それは褒めてやるぜ」
「なんか人数増えてるんだけど? ほんとどうなってんのあんたら」
第一声を阿部が発し、今日子がそれに続いた。部室に入ってくる面々は、一週間前と変わりがないようだった。
「来たか野球部。待ちくたびれたぞ。早く中に入れ」
山笠先輩が不機嫌そうな声色を隠そうともせずに言った。それに促されたように、野球部たちがどやどやと入ってくる。広い部室も、合計十二人も入ると狭苦しく感じられる。
「なんで風紀委員会の委員長さんがこんなところにいるんだよ」
「立会人だ。文句あるか?」
至極もっともな疑問を呈する阿部に、山笠先輩が半ば喧嘩腰で答える。落ち着いた口調こそ失っていないが、㐂島先輩をギャンブルのターゲットにされたことにかなり腹を立てているのは明らかだった。
「ああ山笠先輩、部室の扉を閉めてもらってもいいですか?」
「うん? わかった」
山笠先輩が睨み合いを外れて、扉に向かっていった。重く動きにくいはずの扉が、油でも挿したかのようにあっさりと閉じていく。それを確認すると、僕は阿部の前に立って口を開いた。
「さて野球部の皆さん。早速ですがルールの確認といきましょうか。ゲームの内容は先日決めたように、ルーレットです。数字を選んで、その数字が当たるまで回し続けるルーレット・サドンデスでいいですよね?」
「ああ、いいぜ。早く済まそう」
僕の説明に阿部はぶっきらぼうに返事した。ルーレット・サドンデスはルールがシンプルだというのもあるけど、㐂島先輩の陣営が勝つわけがないと信じているからか僕の言葉を真剣に聞いていないようだった。
いささか腹立たしいが、これはチャンスでもある。信じる者はすくわれるのだ。足元を。
「ただし、今回は数字を一つではなく三つ選ぶことにしましょう。その三つの数字全てが当たったら勝ち、ということにします。数字はそちらから選んでいいですよ」
「無駄に時間のかかるルールだな。まあいい。どうせ勝つしな」
阿部はぶっきらぼうに言うと、指先で机に置いてある赤いチップをつまんで、一つを迷うことなく四の上に置いた。もう一つを九の上に置くと、今日子の方を振り返って
「あと一個何がいい?」
と聞いた。
「えー、じゃあ二十四にしよう。あ、やっぱ二十五ね。四がもうあるから」
今日子は髪の先をいじりながら答えた。阿部が二十五にチップを置いて下がる。
「じゃあ僕は」
そう言って僕は青いチップを手に取って十二、十四、十六の上へ並べていく。既に決めていた数字だ。迷いはない。
「ちょっとハッチー、そんな適当で大丈夫?」
僕が手早くチップを置いたせいか、㐂島先輩が心配そうな声で聞いてきた。僕は先輩の方を向くと
「大丈夫ですよ。確率的にはどこを選んでも一緒ですから」
と言った。
「おいおい、自信満々だな一年坊主。負けてべそ書いても知らねぇぞ?」
阿部の嘲りに部員たちが合わせて笑った。僕の思惑に気がつかず自信満々でいるようすに、僕も思わず口が緩んでしまう。今ばれてはまずいので、僕は手で口を覆ってあがった口角を元に戻す。
「奈々先輩、もっと近くで見ないでいいんですか?」
「うん、私は……邪魔しちゃうと悪いし……」
かんなの言葉に㐂島先輩はおずおずと答えて奥へ引っ込み、さっきまで座っていた一斗缶へ腰かけた。自分がいると僕がギャンブルに負けると本気で思っているのだろう。でも、それも今日が最後だ。
僕は勝つ。根拠のない自信じゃなくて、これは確定した事実なんだ。
「それじゃあ、ゲームスタートで」
第三十投目。きらきらと照明を反射するルーレットが回るなか、べそをかきそうになっていた。阿部が。
「おかしいだろこんなの……どうしてだ畜生……」
ルーレット台には赤いチップが三枚と、青いチップが一枚残っていた。つまり、僕は既に二回数字を当て、一方の阿部は一度も数字を当てられていなかった。
「くそっ、何か細工しただろこのルーレットに!あり得ねぇ!」
「いい加減なことを言うなよ?私が確認したがルーレットには細工はなかった」
阿部の呻きを潰すような低い声で山笠先輩が言った。実際には立会人のくせに碌に確認していなかったと思うけど、堂々としている先輩の態度は阿部を黙らせるには十分だった。
ルーレットの速度が遅くなり、小さな銀玉がポケットに収まった。当たった数字は九だった。
「よし。まだ勝負は終わっちゃいねぇぞ一年坊主!」
突然元気を取り戻した阿部が威勢のいい声をあげながらチップを取り除く。思っていたよりもだいぶ単純な人間のようだ。
「はい、次は先輩が回す番ですよ。早くしてください」
僕は平然として阿部へ球を手渡す。阿部の手は汗でぐっしょりと濡れていた。額にも大粒の汗が浮かんでいる。ポーカーフェイスには程遠い。
「吠え面かかせてやるからな……」
阿部が震える手でルーレットを回し、球を放り込む。軽快な音を立てて跳ねまわる球の行方を、野球部員たちは息をのんで見守っている。唯一今日子だけが、とっくの昔にゲームの行方に興味を失っていてスマホを弄りまわしていた。
銀玉がポケットに収まり踊りを止めた。今度は十二だった。僕の賭けた数字だが、その数字はさっき出たばかりだった。野球部員たちが安堵と落胆の息をついた。
「ねぇ永人」
無言でルーレットを見つめ続けていたかんなが唐突に口を開いた。
「なんだ?」
「気のせいかもしれないんだけど、さっきからずっと赤い数字ばかり出てない?そんな気がするんだけど」
「そ、そうだ! そう言われりゃそうだ!」
かんなの疑問を遮って、阿部が声を張った。まるでイカサマの決定的証拠を見つけたかのように声がはしゃいでいた。僕はわざとらしくため息を吐くと、「それは典型的なギャンブラーの誤謬だな」と言った。
「ギャンブラーの誤謬?」
「そう。かんなや阿部先輩は、赤が沢山出ている気がしていて、それが偶然起こり得る出来事の範疇を越えていると思っているんだろう?でも実際には案外起こり得ることなんだよ」
「どういう……こと?」
蚊の鳴くような声が、部室の奥から聞こえてきた。そちらを伺うと、㐂島先輩が少しだけだけどルーレットに近づいてゲームの進行を眺めていた。僕に優勢なゲームを見て、こちらへ出てくる気になったのだろう。みんなの視線が自分に向かっていることに気づくと、先輩は「ごめんなさい……」と呟いてまた奥へ戻っていこうとした。
「大丈夫ですよ先輩。いい加減決着つきそうですし、こっちに来て記念すべき勝利の瞬間を一緒に見ましょうよ」
僕は先輩を手招きした。かんなが側にまでいって促すと、先輩はおずおずとこちらに近づいて来る。
「おい一年坊主! 案外起こり得るってどういうことだよ! こんなに回してるのに赤ばっか出るわけねぇじゃねぇか!」
僕らのやり取りを遮ってまた阿部がイライラした声をあげた。自分の思い通りに事が進んでいなくて冷静さを失っているのだろう。僕は言葉がうまい人間じゃないけれど、それでもこういう人間を煙に巻くのは簡単だ。
「ギャンブラーの誤謬というのは赤が連続すると次に黒が出てくるような気がするという勘違いです。この勘違いはそれぞれの試行が独立していることを、つまり前後の試行が今回の試行に影響しないことを無視するために起こるんです。いくら前の試行で赤の数字が出たからといっても、今回の試行は黒五十パーセント赤五十パーセントの確率で数字が出ること変わりはないんです」
僕は長くややこしい説明を一息に言い切った。かんなや阿部を含めその場にいたほとんどの人間は、僕の言っていることを頭に落とし込めずにぽかんとした顔をした。まぁ、こんなことを突然早口で言われても理解できないよな。
「それに、赤ばかり出ているというのも間違いですよ。四回前に出た三十三は黒の数字ですし、ゲームの最初の方でゼロも出ているじゃないですか」
僕はルーレットから球を手に取ると、取っ手を掴んでルーレットを回した。
「さて、でもいい加減決めないとな……」
「そうね。マジでもう飽きてきたわ私。ルーレット回ってるだけなんだもん」
僕の言葉に、いつから話を聞いていたのか今日子が相槌をうった。あなたは五投目で既にスマホをいじってたでしょうと心の中でツッコミを入れ、僕は銀色に輝く球をルーレットへ投げ入れる。
その場にいた全員が同じタイミングで息をのんだような気がした。球はすぐにポケットへ吸い込まれ、あとはルーレットが止まって数字が読めるようになるのを待つだけだった。
「あ」
「おぉ」
かんなと山笠先輩がほとんど同時に声を上げた。ルーレットはまだ回っていたが、二人には数字が読めたようだ。僕には高速で回転する数字を読む動体視力はないので、大人しく待つしかなかった。
「嘘だろ……」
続いて阿部が絶望しきった声を漏らした。結果はわかったようなものだったが、僕は黙っていた。隣の㐂島先輩も黙っている。その眼には当惑が浮かんでいた。
ルーレットの回転が緩やかになり、遂に止まった。球の入ったポケットに書かれていた数字は、十四だった。青いチップの置かれた最後の数字だった。
「勝っちゃった……」
㐂島先輩の呟きが部室に染み渡った。ワンテンポ遅れて、野球部員たちに騒然としたどよめきが広がっていった。
「やった……やったぁ! 勝った! 勝ったんだよねハッチー?」
声をあげるたびに、㐂島先輩の声から戸惑いが剥がれ落ちていって、代わりに喜びに彩られていった。その場でぴょんぴょんと飛び跳ねたあと、僕に抱きついてきた。
「うわぁぁ!」
予想だにしなかった先輩の動きに、僕は情けない声で応じた。慌てて腕を広げて先輩を受け止める。
「よかった! 本当に……私のせいでハッチーが負けちゃったらどうしようかと……」
先輩は僕の腕に抱きついたまま泣き始めてしまった。どうしたものかと困っていると、山笠先輩が傍に歩み寄ってきていた。
「ほら奈々、八葉が困ってるだろ。泣くならこっち来い」
「うぅ……ごめんね。でも嬉しかったり安心したりでわけわかんなくなっちゃって……本当にありがとうハッチー……弥生と、かんなちゃんもね」
「そんな、ほんとによかったです、ぐすっ」
山笠先輩が苦笑と安堵を浮かべながら㐂島先輩を受け取って、自分の腕に抱きしめた。離れた所に立っているかんなもその様子を見て、何故か泣いていた。
「って、なんでお前が泣いてるんだよ……」
「嬉しかったんだよ! いいじゃん永人の冷血漢! 理系!」
「お前の罵倒の語彙はその二つだけしかないのかよ……」
「認めねぇぞ!」
わいのわいのと盛り上がる部室内に、怒声が轟いた。声の主はやはりというか、阿部だった。怒っているのか、握りしめた拳がわなわなと震えている。
「㐂島がいるのに勝てるわけがないだろお前が! 何かイカサマしやがったな! そうに決まってる!」
「しつこい奴だ。じゃあ八葉がイカサマしたという証拠があるのか?」
喚き散らすという表現がよく似合う阿部へ、山笠先輩が食って掛かった。部長の荒れっぷりに、他の部員たちは距離をとっている。
「あああるよ! すぐに見つけてやる!」
阿部はそう言うと、破れかぶれになってルーレット台に飛びかかった。流石にあれを至近距離で見られてはまずい。僕も遅れて手を伸ばしたが反応が遅かったために間に合いそうになかった。
「ばっかみたい」
阿部の手がルーレット台に触れようとした瞬間、冷たい声が部室を突き抜けた。今日子の声だった。
「なんだと?」
「ばっかみたいって言ったのよ。負けたくせに子供みたいに喚いちゃってみっともない」
今日子が冷ややかな目で阿部を見つめて言う。直前までのちゃらちゃらした響きは消え失せていた。
突然の豹変に硬直する阿部に背を向け、今日子は扉へ向かって歩き出す。
「おいどこへ」
「帰る。開けて」
阿部の言葉を最後まで聞かずに、今日子はさっさと歩き去ってしまう。あまりの威圧に側にいた野球部員が扉を開き、彼女に続いて逃げるように去っていった。
「でも、どうして勝てたのかな……」
敗残兵たちが去り、がらんどうになった部室に僕と先輩が並んで腰かけていた。あのあと山笠先輩は野球部と部室譲渡の打ち合わせがあると言って出て行き(そういえば部室を賭けた戦いだったっけ)、かんなもバレー部の練習に戻ったので広い部屋には二人しかいない。
「あー、先輩には言ってもいいでしょうね……ちょっとした細工をしたんですよ、ルーレットに」
今から話すことを他人に聞かれるとせっかく勝利が無駄になってしまうので、一応周りを見渡してから僕は先輩に種明かしを始めた。
「ちょっとこれを手に取って見てください」
僕は机の上に残されたルーレット台からルーレットの部分だけ取り外すと、先輩に手渡した。先輩は両手でそれを受け取って、撫でたり角度を変えてみたりして観察する。やがて、何かに気がついたようで目を大きく見開いた。
「なんか……埋まってない? 黒い数字のところだけ何か透明なもので埋められてる?」
「正確には、ほとんどの黒の数字が埋まっていると言うべきですね。33と35だけは埋まっていません」
僕は先輩からルーレットを受け取り、説明を続けた。
「ギャンブルの前に、僕は百均に行ってこのルーレットのおもちゃとあるものを買ってきました。そして二つの数字を除く黒色のポケットを埋めて、球がそこに入らないようにしたんです」
「あるもの?」
「この部屋にもあるものですよ」
先輩は首を捻って考え、すぐに首を振って「わかんない」と言った。
「正解はあれです」
僕は部室の奥に置かれた一斗缶を指さした。一斗缶にはラベルが張ってあり、そこには「UVレジン」と書かれている。初めて僕が部室を訪れたとき、そしてさっきまで先輩が座っていた一斗缶だ。
「UVレジン……ってなに? 透明で固まるものなのは想像できるけど」
「まさにその通りで、陽の光に反応して固まる透明の樹脂のことです。小さなビーズを入れて固めることでアクセサリーを作ったり、昆虫や植物を入れて標本を作ることもあります。この部室にレジンがあるのは、標本を作って余ったのか、結局使わなかったのかして残ったものでしょうね」
「へぇ。そういえば今まで生物部らしい活動してこなかったからなぁ……」
㐂島先輩は感慨深げに呟いた。レジンによる細工は僕がゲームの始まる直前にルーレットの周りをぐるぐるしていたり、電気を一部だけ切ったりしたのにも関係していた。要は、光の反射でレジンが見えてしまっては細工にならないからだ。ゲームが始まる前に山笠先輩に扉を閉めてもらったのも同じ理由だった。
そうした細工をするという都合から言えば、百均の極小サイズのルーレットは実に適していた。あれだけ小さいと一見しただけではポケットの部分に細工がしてあるなんて気がつかない。自分の勝利を疑っていなければなおさらだ。
「あ、そうだハッチー。なんで黒い数字だけ、しかも33と35だけ埋めたの? 全部埋めたら早かったのに」
「結構思い切った発想しますよね、㐂島先輩って。でもそれじゃあ僕にとってあまりに都合のいい結果になってしまいますし、そうなれば相手に疑われるでしょう。あくまでさりげなく、でも確実に相手の勝利を潰したかったんですよ。だから埋めるのは一色だけにして、赤ばかり出ていると言われないように一部のポケットは埋めなかったんです」
「でも、相手が埋めた数字にチップを置くとは限らないじゃない?」
「もっともな疑問です。だから僕はわざわざ時間がかかり、その間に細工を看破される危険を冒して数字を三つ選ばせたんです。普通赤と黒の色のついた数字を選べと言われると、人はこの二色を網羅しようとしますから、僕がやったみたいに十二、十四、十六と全部赤を選んだりは出来ないんです」
山笠先輩に阿部の背番号を聞いたのも、彼がどの数字を選ぶかを予測するためだった。ああいう単純脳のスポーツマンはジンクスという信仰を重要視する。今回の場合は背番号を選ぶだろうと予想して、彼の背番号の色であった黒を潰したのだった。そして予想通り、阿部は四の数字へ真っ先にチップを置いた。
ちなみに埋めなかった数字が三十三と三十五だったのにも理由がある。この数字は「誕生日だから」という理由で選ばれない数字だからだ。ジンクスを大切にすると言っても、それが「背番号と同じ数字を選ぶ」という形で出るとは限らない。埋めなかった数字を偶然選ばれる可能性は出来るだけ下げたかった。
「あ、あとゲームの途中で話したギャンブラーの誤謬というのがあったじゃないですか。あれも半分嘘です」
「え、どういうこと?」
「確かにルーレットのような独立した試行では、ゼロの存在を無視するならば、その試行ごとに赤と黒の出る確率は五十パーセントずつでこの値は直前の試行の結果に影響されません。ここまでは本当です。でも、三十回も回して黒が出るのが二、三回なんてことは珍しくないはずがないんです。三十回の試行をそれぞれ独立したものではなくてひとまとめで考えると、黒が二回しか出ない確率は〇・……ゼロが六つあって……二パーセントくらいしかないんです。宝くじに当たるより難しいですよ」
「ねぇハッチー」
「なんですか?」
「どうやって計算してるの、それ」
「暗算ですよ」
「嘘だぁ」
しばらく互いの顔を見つめ合って、どちらともなく思わず吹き出した。
「あれ?でもさぁ、これってつまりはイカサマなんじゃ……」
「有名な言葉があります……ばれなきゃイカサマじゃないんですよ」
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