第10話 異常を超えてキ◯ガイ
むしゃむしゃむしゃむしゃ。
甘くて苦い木霊の花を摘み取っては口に詰め込む。美味い。美味いが飽きる……。
そうだ! 天ぷらにしよう!
俺は行動的だ。辛いことがあっても行動的でいられる金髪褐色マッチョだ!
むしゃむしゃむしゃむしゃ。
天ぷらも美味い! 苦味が甘い天つゆと良く合ってタラの芽の天ぷらのようだ。
よし! 次はオムレツだ!
木霊の花入りのふわふわでトロトロのオムレツをオリーブオイルで作ろう!
俺は料理も出来る金髪褐色マッチョだ!
むしゃむしゃむしゃむしゃ。
美味い! 美味過ぎる! この世にこんな美味いものがあったのか?
俺はオムレツを食べながら夢見心地になり、全ての嫌なことを忘れていった。
そう。俺は嫌なことは忘れて、明日に向かって撃てる金髪褐色マッチョだ!
「ひひひひひひひひ」
「ふはははははははは」
「きゃはははははははははははは」
……誰かが俺を笑っている?
……それも、ひとりじゃない。
……複数の男女が俺のことを嘲るように笑っている。
部屋の鍵も窓の鍵もしっかり閉まっている。ここは俺しかいない、ハイセンスなリ
ビングルームのはずだが……?
「うはははははバーカ!」
「何が金髪褐色マッチョよ。超キモいんですけど!」
「部屋にこもって、他人を見下して小馬鹿にしてるマッチョって笑えるよな」
誰だ? おまえら誰だ! 出て来い! 俺は叫ぶが声の主は姿を現さない……。
「あいつ株で大損しそうなんだってさ。馬鹿だよな?」
うるさい! まだ儲かってる! 俺は金持ちなんだぞ!
「小学校からずーっと友達いないんだってさ。おかしくね?」
黙れ黙れ黙れ! 俺は頭の悪い奴とはつき合いたくなかっただけだ!
「ぎゃははははは! 何か言ってるぜ」
「アホマッチョだよアホ!」
「この人って、ほんと自意識過剰な自己愛の
糞! どこにいる?
勝手に人の家に入りやがって! 探し出してぶん殴ってやる!
ここか?
俺は勢い良くクローゼットを開けた。
!!!!!!!!!!!!
「
中にいたのは大きな鎌を持った死神だった……。
ボロボロの黒いマントを身に着け、
バタン!
慌ててクローゼットを閉めた。全身から冷たい汗がだらだらと流れている。
何だったんだあれは……?
恐ろしい……現実なのか……?
俺は恐怖と戦慄に激しく鼓動する心臓を両手で抑え深呼吸をした。
何かの見間違いだ。スーツか何かを見間違えたのだ。
俺は強い……。俺は勇気がある……。俺は金髪褐色マッチョだ……!
そして俺はもう一度クローゼットを開けた。
「ブーブーブーブーブヒッブヒッ!」
中にいたのは、鋭い牙を生やし凶悪な顔をしている巨大な黒豚だった……!
「ブヒッブヒッ! ブーブーブー!」
巨大な黒豚はクローゼットを飛び出すと、ブヒブヒ鳴きながら
を駆け廻り始めた! それだけじゃない! クローゼットからは次から次へと巨大な
黒豚が飛び出して来る!
「ブーブーブーブー!」
「ブヒヒ! ブヒヒヒッ!」
「ブオブオブオ!」
う、うわあ! これはもうダメだ! 俺は慌ててベッドルームへと逃げ込んだ!
…………はぁはぁ。
……大丈夫だ。ここには死神も黒豚もいない。
俺は荒い息を吐きながら、薄暗い部屋に置かれたベッドの上にぶっ倒れた。
「ねえ、セックスしましょうよ」
「え?」
アミがにやりと笑うとベッドに近づいて来る。
「私もしたいなあ」
続いてアキも立ち上がった。
二人とも嬉しそうな顔で、唇を左右にニマッと大きく開き、歯を剥き出しにしてへ
らへらと笑いながら、ギクシャクとした動きでゆっくりと近づいてくる。そして目玉
が飛び出るかと思うほど大きく開いた瞳は、欲情に満ち満ちてギラギラと輝やいてい
る。俺は全身に鳥肌が立ち、ぶるぶると震えた……。
「私、筋肉大好きよぉ」
アミが俺の胸板を撫で、熱い吐息を吐きながら囁く……。
「灼けた肌と金髪もいいよね」
アキが俺の髪の毛をくるくると指先で
やめろ……やめろ! やめろやめろ!
おまえたちはラブドールなんだぞ……! 何してるんだ……?
俺がやりたい時だけやる為のラブドールなんだぞ!
「無理矢理やっちゃおうか?」
そう言うとアミは俺の股間の上に、のしかかって来た!
「やめろ―――――――――――――――――――!!!!!!!」
とうとう俺は大声を出してアミを放り投げた。
その瞬間、全ての時間が止まったような気がした。
地球の自転すら止まったような気がした。
目の前は深い深い闇で、悪意やら絶望やら憎悪やら嫉妬やら誹謗やら中傷やら否定
やら正義という名の暴力やら糞のような綺麗事やら――あらゆるマイナスな感情が書
き連ねられた掲示板が、グニャグニャブヨブヨとした黒いスライム状の物体になって
俺を飲み込んでしまい、俺は気を失った……。
――気がつくといつものベッドルームだった。夜が更けていた。
放り投げたはずのアミは、いつものように椅子に座り、いつもの優しい顔で笑って
いた。自分で戻ったのだろうか……?
リビングからブヒブヒという黒豚の鳴き声は聴こえない……。だが、恐ろしくてリ
ビングに行くことなど到底出来ない。
眠りたい……だが、眠れない。
眠るためには酒が必要だ。酒を取りにキッチンに行くとリビングが目に入る。死神
や豚がいたらどうしよう……?
俺は眠くなるまで三島由紀夫を読むことにした。酒を飲まずに寝るなんて、いつ以
来のことだろう……。
◇
――朝っぱらからウォッカを飲んでへらへらしている。
気をつけていないと口はだらしなく半開きになり、いつの間にか
悪夢のような死神黒豚事件から一週間経った俺は、そんな感じで本当にぼんやりと
過ごしている。ちなみにリビングは平穏無事で黒豚が暴れた形跡はない。遠慮深い豚
だったのかもしれない。
そして、その間ゲリゲリの株価は五日連続のストップ
いう記録的な動きをし、現在の株価は千百円。つまり、ゲーム配信発表時の水準まで
下がった。現在の損失額は六百万円……。
どうでもいい。
いや、よくない。でも、どうしろと? 売るに売れないんだ……。
天才相場師の俺にはわかる。まだまだ下がる。
そして俺は無一文になるだけだ……。
ノー! ファック! ガッデーム! 糞! 糞糞糞&糞!
充分な休養を取って心は落ち着いているはずだ。ぼんやりした顔で涎を垂らしている場合じゃないだろう? いつもの俺に戻るんだ。強くてポジティブな平常心を取り戻すんだ!
そうだ! 俺は天才相場師で頭が良くて深い教養に満ちてギターとピアノが弾けて
爽やかな白い歯で笑うセックスマシーンの金髪褐色マッチョだ! そして何より俺の
バックには、あの宇宙精霊の会がついているのだ! こんな苦境は宇宙精霊が与えた
試練のひとつに過ぎない!
……………………だらだら。
ポジティブな心を奮い立たせ、真剣な表情になろうとしても勝手にへらへらと笑っ
てしまう俺は……口元から垂れる
「株価が下がって困っています。どうか助けてください」
思いっきり、どストレートな救いを求める質問を出した。
大丈夫。教祖様ならきっと必ず絶対に救ってくれるはずだ。
「私たちの会は
としています。お金とか株という
ああ、そうなのか……。
頑張ってポジティブになったのに……。
俺は絶望の暗い海に投げ出された気分になった。
「しかし、どうしても救われたいのであれば、正会員になることです。貴方には充分
その資格があります。そして正会員になる為には、入会金として二百万円が必要です
が」
絶望の暗い海に一筋の光が輝いた!
なるなるなる! 当然じゃないか!
そもそも、教祖様に認められないと正会員になれないってことで、ずっと指をくわ
えてたんだ。二百万? これだけのパワーを持った教祖様なんだ! そんなもん安い
安い安い激安だ! ゴミのような、はした金だ!
――なんと! 電撃的なスピードで正会員の手続きをした俺は驚愕した!
――なんとなんと! 教祖様とビデオチャットでお話が出来るのだ!
しかも十分間で十万円という値段も超激安でびっくりだ!
そして俺は教祖様と会話しても緊張しないように、ウォッカを並々とグラスに注ぐ
と、すぐにビデオチャットを申し込んだ。
◇
「こんにちわ」
ビデオチャット画面に現れた教祖様の姿に俺は驚いた。女だったのだ。しかも、ど
こかで見たことのあるような女――ああ、宅配便の女だ。だがそれは他人の
うものだろう。偉大な教祖様が、あんな頭の悪そうな宅配便女のはずがない!
見ろ! この美しく
な聡明さに輝く瞳。高貴で威厳のある紫色の衣装も本当に
「貴方の悩みは充分わかっています。今から貴方の部屋を霊視します」
教祖様は柔らかな表情のまま、
「貴方の部屋には邪悪な魔が
そうなんだよ! 死神がいるんだ! 黒い悪魔のようなでっかい豚がいるんだ!
「そして、その中心はリビングルームです」
凄え! 凄え! 教祖様には宇宙の全てが見えてるんじゃないのか?
「その邪悪な魔が貴方が持っていた火の力を弱め、貴方を不幸な暗黒の闇に導こうと
しているのです」
そうか! 株価が下がったのも! いや、ゲームが糞なのも! 配信中止になった
のも! 全部その邪悪な魔のせい――あの死神や黒豚のせいなんだな! 糞! 何も
かも上手く行ってたのに、あいつらが全部ぶち壊してるんだ!
「き、き、教祖様! 魔を
「リビングルームを黒が支配しています。まずはこれを、五行の色に塗り替えるのが
良いと思います」
なんてこった! 俺がハイセンスだと思っていた、黒で統一がいけなかったのか?
「私が宇宙の吐息を吹き込んだ『宇宙五行のペンキ』があります。これは一色百万円
ですが、五色セットで買うと四百五十万円に割引です」
「か、買います! 買います! す、す、す、すぐに全てを塗り替えます!」
「部屋が五行の色になったら儀式を行ってください」
「ぎ、儀式? ど、ど、ど、どんな儀式をすれば……あの、いいんですか?」
「まず最初にお腹いっぱい、たくさんの『木霊の花』を食べてください。食べ辛けれ
ば天ぷらにしても結構です」
……俺は先日のことを思い出し天ぷらに少し
「続いて『精霊の草』を『
ちょっと待て! 精霊の草一キロ?
いちじゅうせんまん……それだけで一千万! さらに壺が一千万! だと?
「貴方の部屋に巣食う邪はとても恐ろしいものです。早く
ともっと酷いことになり、破滅する未来しか見えませんよ」
……グビグビ! 俺はウォッカを一気に飲み干すと、さらに並々とウォッカをグラ
スに注いだ。
もっともっと酷いこと――さらに株価が下がる? 破滅する未来――また死神や黒
豚が出るのか?
俺の頭の中で恐怖と戦慄の
「わ、わ、わかりました……! ほ、他には?」
「あとは、今まで教えたように『ブラフマーの呼吸』で『宇宙ケチャック』を踊れば
バッチリです」
「は、はい……」
「あっ、そうそう。特別に私が歌った『宇宙ガムラン精霊の
がですか? 通常の『宇宙ガムラン』より遥かに効果が高く、今なら特別価格五千円
ですが?」
「か、か、買います! 買います! き、教祖様の歌声なら喜んで!」
「あっ、もうひとつそうそう。『宇宙ケチャック』の効果を高める為に『宇宙腰ミ
ノ』というものがあります。これは一着五万円です」
「か、買います! もう、何でも買います!」
「ありがとうございます。それでは特別に無料サービスでで『宇宙精霊の呪文』を授
けましょう」
「む、無料! ほ、ほ、本当ですか? ああ……き、教祖様は慈悲深い!」
「マッチョーラ マンチョーラ チンチョーラ オッペケピー」
「……は? そ、そ、そ、それが呪文ですか?」
「そろそろビデオチャットの時間が終わります。さようなら我が
必ず永遠の幸福が訪れます。もしかしたら私を超えて宇宙精霊に……」
教祖様が何かを言いかけたところで画面にノイズが走り、ビデオチャット画面は消
えた。
俺は教祖様の宇宙の吐息が吹き込まれた「宇宙五行ペンキの五色セット」と「精霊
の草一キロ」「太極の壺」そして「宇宙ガムラン精霊の詩」と「宇宙腰ミノ」を購入
した。合計、約二千五百万円。ちなみに「宇宙腰ミノ」は三着。アミとアキの分も買
ったのだ。
ともかく、これで邪を払い破滅の未来を回避出来るならば……。これから発生する
かもしれない、株の損失を考えれば……。この程度……、安いものである。
俺は金髪褐色マッチョ。願いはひとつ――幸せになりたい、だ。
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