世界のオワリ、私とネコ。
神凪 劉
プロローグ
『一か月後、地球は巨大隕石の衝突により、宇宙の塵とかすだろう。隕石の破壊は不可能。軌道が変わる可能性も限りなく低く、人類の死滅は避けることのできない……』
どこかの国の、偉い人だか科学者だかが、疲れ切った真っ青な顔で、淡々としかし残酷に、「地球の終焉」を告げた。
あと一か月。正確に言えば三十日と約八時間後、地球は宇宙の塵となるらしい。
あまりにも現実味がなさすぎて、私はいつも通り夕陽が柔らかくあたる場所。このマンションに越してくる前から、私の生活の一部である揺り椅子でのんびりと揺られていた。
最近では『カレ』に占領されることも多くなってしまったが、今日はベランダの前に寝転がっていた。まったく、気まぐれなやつだ。
「なあ」
カレが私を見上げた。カレには世界の終わりも、自分の死も怖くはなさそうだ。
経験の差、というやつだろうか。カレは死というものを間近に経験したことがあるからかもしれない。
あと一か月で世界は終わるのか。
実感も、現実味も何も感じない。しかし、一つだけ、思うことがある。
「よかった」
もちろん、地球が終わること、がだ。
他の人が聞いたら、私は頭の狂った奴だと言われる……いや、言われはしないが、思われるだろう。
「なあ」
またカレが鳴く。
なんでかって?
「みんな一緒に死んじゃうから。大切な人を置いていくことも、大切な人に置いていかれることもない。同じ時間に同じ理由で、同じ光景を目にしながら死ねる。それってとっても素敵。私も、相手も、悲しくない。どちらかを思い続けて、自分だけ生きていくのは大変だし、哀しいよ」
「なあ」
カレはふいっと私にお尻を向けて、てこてこと出窓のほうへ行ってしまった。
カレにはつまらない話だったみたい。
さて、あと一か月となると世界はどう変わるかな。とりあえず、物が無くなりそうだから食料を買い込んでおかないと。
あぁ、そういえば、何かの本で人間は危機に晒されたときに自分の願望を遂げようとする。捨て身覚悟で犯罪を起こすことがあるらしい。外国の、どこかのすごい大学の人間科学者だか、心理学者だかの先生が書いていた。暴力とか、強盗とか、殺人も。あとは、自殺なんかも。犯罪係数が格段に上がるらしい。
なんで一か月後にはみんな死んじゃうのに、わざわざ人を殺しに行ったり、自分から死のうとするのか私には理解できない。
本当にそうなってしまうなら、外は危なくて家から出られないかもしれない。今のうちに生活用品とご飯と、あと新しい本も買っておかなくちゃ。
「なあ」
カレが出窓の上で、顔を上げながら鳴いた。
あぁ、わかってる。大丈夫だよ。忘れてない。いつもより少し高いご飯とオヤツを買おうか。あと一か月だもの。それくらいの贅沢してもばちは当たらないでしょ。
まるで、夏休みの計画を立てる学生のように、らんらんと計画を立てていく。
私は、わざと揺り椅子を揺らしてみた。
海のよく見える町の、小高い丘の上に建つマンションの一室。
暮らしているのは一人の女とネコ一匹。
そんな一人と一匹の、最期の一か月。
「地球が終わるまで、あと三十日」
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