3/9 画師
少年の周囲を舞っていた無数の鳥が、蛇を目掛けて次々と落ちる。
急角度で、あるいは地面と平行に。様々な角度で蛇に突進した鳥の姿は、鱗に触れた瞬間に形を失って蛇の体内に強烈な衝撃を叩きつけた。
鋼より強靭なはずの蛇の骨がみしりと軋む。同じ所に平均三つ。続けざまに衝突が起これば、音を立てて骨が砕ける。
蛇の黒い鱗の上、四角い銀色の染みになった鳥は再び形を取り戻して空へと戻り、再び別の場所を目がけ突進していく。
止むことのない全方位からの
「──っくぁ! 痛い! 痛い痛い痛い! やめろ、殺す気か!
「そうですけれども。身体中の骨が砕けた程度では死なないと言ったのは、貴方自身ではないですか」
「何だって? そんなこと──」
お前に言った覚えはないと、続けようとした蛇は途中で気付く。
「馬鹿な……あれはもう百年も前の話だぞ。それに、あいつはもっと歳のいった男だったじゃないか。何でお前が」
「それを知って何の意味があるのですか。それより、無駄な抵抗はしないのが得策ですよ」
背後から叩きつけられる蛇の尾を平然と受けながら、少年はもう一束紙を
「知るか! せっかく手に入れた自由を投げ出す馬鹿がどこにいる!」
「であれば、鹿か猪でも狩っていればよかったのです。人に害を与えない、それが自由の条件です」
少年の指揮のもと、さらに密度を増した銀の鳥が蛇をめがけて殺到する。
全身の骨という骨を砕かれて動けなくなった蛇の首に、少年はひょいと腰を掛けた。
「うう、くそっ。一体何なんだお前は……」
「画師です、以上の答えが必要ですか」
悔しげに声を上げる蛇の後頭部に足を乗せ、少年は懐から銀色の平箱を取り出し丁寧に開く。箱の中に収められていたのは、墨一色で描かれた
「ああ、これだ。姿と名をもって封ずる。
束から抜き出した一枚を確認して、少年はそれを蛇の額にぴしりと貼り付ける。
途端、その紙を中心として蛇の姿が
「ああっ、くそくそっ! せっかく逃げ
穴に吸い込まれる水のように、蛇の姿は紙へと吸い込まれていった。
蛇の姿が消えたあと、ひらりと地面に落ちたのは青い首に黒い胴をした蛇の絵姿だ。
「僕で末代ですので、ご心配なく」
色の乗ったそれを拾い上げて、少年は紙束の一番後ろにそれを仕舞う。そしてようやく振り返り、見物人達に目を向けた。
「大事ありませんか」
声を掛けられて、呆然としていた男女は我に返った。慌てて膝をつくと地面に額を打ち付け、声を張り上げる。
「画師様! 危ないところを救って戴き、誠にありがとうございました! 何とお礼を言っていいか……」
それを見下ろして、小柄な少年は僅かに肩を竦めた。男女の後ろに立っていた狼を見上げて微かに首を左右に振ると、平伏する男女の肩にそっと手を置く。
「感謝には及びません。そういった礼も不要ですので、どうかお立ちください」
「いえ……」
「ですが……」
口籠もる男女は顔を上げようともしない。
二人が微かに震えているのを見て取って、少年は困ったように首を傾げた。
「だいたい、そんなに身を伏せられていては話もできません。お願いですから、せめて顔を上げてください」
自分たちの前に膝をつこうとする少年の気配を察し、男女ははじかれたように顔を上げた。硬い表情で地面に正座すると、身を正して顔を伏せる。
年端もいかぬ少年に平伏する男女を、狼は呆気にとられて眺めていた。
神仙を
決して顔を上げることのない男女を眺めながら、狼は少年と出会った一昨日のことを思い出していた。
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