5/4 燐光
指の先で人間が自分の名を呼ぶのが判った。
こんなに早く気付かれるとは思わなかった。正体に気付かれるという事は、また火をかけられるのと同義だ。そうなっては
──仕方ない。
ちょうど、
拘縲は、狙いを定めて腕を伸ばす。
狼は、ここで空を見上げた。
銀色の腕は狙い違わず、夜烏の首を捕えては空から引きずり落としていく。仲間の悲鳴に、大群は一斉に警戒の声を上げ始めた。
怜乱もその声に気がついて空を見上げる。
穴のような空に銀色の筋が
森が明るいのはその、挽き潰された骨とも肉ともつかないものが枝葉にこびりつき、
昼間とも変わらない明るさのそれは、すでに燐光と言うよりも燐火に近い。
怜乱には、その明るすぎる光が恨みの色に見えた。あれを封じることの出来なかった過去の自分に対して、災いの元凶となったことを責める炎に。
──そう、力及ばずとはいえ、あれを封じることをせず消滅させるという安易な手を選んでしまったのは過去の自分だ。拡散した魂は別の記憶を取り込んで、より厄介な存在として復活してしまった。
* * *
――次はお前たちの番だ。
見せつけるように烏の群を喰らい尽くして、拘縲はとりあえず満腹する。人間には到底かなわないが、それでも飢えた腹は満たされた。
放心したように空を見上げている人間と狼を確認して、拘縲は笑うように枝を打ち震わせる。
いくら封妖画師が自分に気づこうが、この森全体が彼そのものだとは夢にも思うまい。炎に焼かれた昔の自分とは違うのだ。
大層な肩書きを持っていたとしても、所詮相手は人間である。ぼうっとしているうちに
狼の着ている服の模様が気になりはしたが、彼はそれを黙殺することにした。
──しかし、拘縲はここで一つ、大事な事を見逃している。
狼が転身した時に、辺りに広がったのは何だったのか。
拘縲は狼がしがみついている枝を腕の形に変化させた。
それに気付いてぎょっとした表情を浮かべた狼は、少年をかばうように抱え直す。
地面へ逃げようと考えたのかちらと下を見ているが、樹々の下の地面には、密生した下草のような腕が待ちかまえている。風に吹かれたようにざわめいている腕は、辺りに満ちる燐火を反射してちらちらと輝いていた。
一目見て下に降りれば握り潰されてしまうだろうと理解できる状況に、狼が
苦しいのか諦めたのか、狼は大した抵抗もせずに空を仰ぐ。
(……!)
拘縲はその時になって初めて、狼が抱える少年は精巧に作られた人形だという事に気がついた。
「残念だったな。木のバケモノ」
狼が口元を歪めて、喉の奥で低く唸る。
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