映画とそのあと
七竃
第1話
映画を観る時は、暗い部屋で。それが彼の映画に対するマナーだった。今日もそれに習って、電気を消し、カーテンを閉め、暗い部屋をつくった。ふたりがけの小さな薄いソファと、分厚い四角のテレビ、こぢんまりとしたローテーブルにマイクポップコーンと淡麗を置く。これで、準備は完璧だ。最後、ビデオデッキの代わりに、プレイステーションにDVDを入れる。
「今日はなに?」
僕が聞くと、彼はお楽しみに、とだけ言って淡麗に口をつけた。
DVDの宣伝や映画の告知もまた映画を見る楽しみのひとつ。家では、「あー、これ見たかったんだっけ。もうDVD出たんだな」と嬉しくなったり、「こんなのあったんだ。見てみよう」と新たな発見をしたりする。映画館では「これは絶対に観るぞ」と士気が上がったり。
さて、始まったのは、掃除屋と少女の愛の話だった。
映画の終盤、そして、エンドロールが始まると、隣で嗚咽が聞こえはじめた。彼は、ずいぶん涙もろい。アルコールが入ってるのもあるかもしれないが、素面でも彼はよく泣く。嬉しくても泣くし、怒っても泣く。彼と付き合ってわかった、新たな一面だった。ぽろ、ぽろ、と頬を伝う涙を舐めてみる。温かくて、塩からい。
「悲しいの?」
「うん…」
「よし、よし」
頭を撫でると、僕の肩に鼻を擦りよせた。鼻水を拭いてるらしい。
「おいおい」
「いいだろ、どうせ洗濯するんだから」
それはそうなんだけども、だからと言って、恋人の服で鼻水を拭くだろうか。鼻水を拭いてスッキリしたのか、彼はテレビの電源を落とすと、僕を抱きしめた。テレビの明かりがないので、完全に暗闇だった。触れるだけのキスを繰り返した。頬に、鼻に、唇に。僕もそれに応じた。映画のあと、何だか彼は性欲に火がつくらしい。でも今日は、わかる気がする。あの少女の愛の果ては、掃除屋と、こうなりたかったんだろうという思いが、彼の中で溢れて仕方ないのではないかな、と。
行為がすすみ、僕は彼の性器を口に含んだ。浮き上がった血管の感触を舌で感じるのがすきだ。ところが、気持ちよさそうな声の間から、すすり泣く声が聞こえたのでギョッとした。
「どうした?嫌だった?」
「いや…、なんか、しあわせで、泣けた」
僕は、彼のことを、この先しばらく離せそうにない、と思った。
映画とそのあと 七竃 @chanrio2525
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