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「誰? この人と夫婦?」

「笑わせんな、自分から名乗れよ」

「面白くない冗談だな」

「……ツキヒ。アリーナチャンピオン。サクヤ探してた」

「ティオヴァルト。冒険者兼奴隷。今はこいつに買われて一緒に冒険者やってる」

「私はシャーロット。ついさっき主に買われた奴隷だ」

「奴隷?」


 奴隷? と不思議そうに聞いてくる目はただ純粋に疑問を表していた。そこに嫌悪やそれに準じる感情は見えないものの、その黒い瞳の奥で何かが燃え上がったような気がした。

 周りは固唾をのんで2人のやり取りに耳を傾けている。まだ奴隷になったばかりのシャーロットは何も口を挟めず咲也子を守るように前に出て顔をしかめながらそんな2人を見ていた。

 また、いまこのタイミングでギルドに入ろうとした冒険者はギルドの中からにらまれ逃げて行ったとかなんとか。


「いい子たちなの、よー」

「そう。よかったね」


 何も答えないティオヴァルトの代わりに聞かれていることとはずれているものの、咲也子が答えた。咲也子の返答を聞いて雪山のような空気から一変、柔らかく笑い雰囲気をほころばせたツキヒに周りがぎょっとする。

 ティオヴァルトの眉間のしわはどんどん深くなっていき、シャーロットはますますむうっと顔をしかめる。


(何が気に入らねえって……)


 その全てである。咲也子と似ていることも、親しそうなことも。その全てがティオヴァルトの鼻につく。気に入らなかった。無意識に握りしめた左手には本人すら気づかない。


 ふと、そんな左手に咲也子が触れる。柔らかく解くように握ってくるワンピースの袖越しの小さな両手に拳はゆっくりとほどかれていった。気分は一気によくなって、落ち着く。

 顔をあげるとそんな咲也子とティオヴァルトの動向をギルド全体で注視していたため、見てんじゃねえよと睨みをきかせると、ほぼ全員が視線をそらした。


 そらさなかったのは血涙を流しそうなミリーとシャーロット、ティオヴァルトの左手を握っている咲也子の両手に注目していたツキヒだけだった。

 いや。両手を通り越して、その先にある細いウエストにつけられたポーチ部分。チェーンにつけられたカードに視線はただ、注がれていた。


「テペットしようよ」

「テペッ、ト?」

「テイカーの代わりにテスター同士を戦わせること。アリーナはそうやって戦うんだ」

「無、理」

「なんで」

「迷宮帰りだからひん、お疲れな、の」

「回復まで待つ」

「お昼ご飯もまだだ、し」

「待つよ」


 そもそも、冒険者には2種類ある。

 ティオヴァルトのように自分自身で戦う者とツキヒのようにテスターたちに代理で戦闘を任せる場合だ。アリーナは後者の方で、指揮力や団結力、判断力などを賭して勝敗を競うところなため、ミリーがよく言う汚いマッチョなテイカーのほうが少ない。


 どうしても折れなさそうな雰囲気に咲也子はこっくりとうなずいてから、咲也子はティオヴァルトとシャーロットを連れ、ミリーのもとへ依頼品の納品と達成印をもらいに行った。迷宮に行ったはずがなぜか人が増えていることに首を傾げながらも納品と達成印をしてくれたミリーは優秀だろう。そのまま回復カウンターに向かう。自分から主人を取り上げるかもしれない存在が、まさかのバトルジャンキーでティオヴァルトとシャーロットは何と言っていいかわからないような難しい顔をした。そっくりな反応に、あながち夫婦? と聞いたツキヒの見立ても間違っていないのではないかと周りに思わせた。



 お昼ご飯は当然のようにツキヒがついてきた。

 食堂ではいつもと同じ量にプラスにして、バケットサンドを2本とポタージュを水筒1本分追加で頼む。シャーロットの分だ。ツキヒも何かしら頼もうとしていたが、昼食は<虹蛇>の焼肉があることを告げるとポタージュだけを注文していた。

 オープンテラスを通り過ぎ、大きな池の前にあるベンチを陣取る。いつも通り人気がないそこで、咲也子はひんをカードから解放した


「ふぃぃぃん!」

「……これが主のテスターですか。主にふさわしく美しいですね」

「ひん、きれいなの、よー」


 優雅に無数の翼を羽ばたかせながら絹のような声で鳴くその生き物は確かに<壮麗>の名にふさわしい生き物だった。池から首をのばして咲也子にじゃれつくひんを眺めつつ呟くシャーロット。本当は準備を手伝おうとしたのだが、なにぶん男2人が頑張ってくれたため必要ないどころか、むしろ邪魔だと追いやられてしまったのだ。神殿付きの騎士であるが迷宮品入手のために何日か迷宮に潜ったことがあるものの、その程度では冒険が本職の2人には敵わなかったらしい。そんな女2人を後目にティオヴァルトはさっさと準備を……というか素材の剥ぎ取りを進めた。ちなみに、セットの組み立てはごちそうになるからとツキヒがやってくれ、手慣れた様子が意外だった。


「どこであったの」

「赤い湖な、の」

「いつ」

「転移しちゃった日、に」

「お金は」

「魔道具売っ、た」


 会話とも言えない単語のやり取りを何回も交わしている2人に、ティオヴァルトとシャーロットは若干めまいがした。普通のことのようにしているが、会話になっていることが奇跡ともいえるやりとりだ。はたから見たらいったい何について話しているのか全く分からない。

 焼けた肉をほおばるツキヒとコーンスープをなめるようにゆっくりゆっくり飲み進めている咲也子。


 それでも本人たちは納得したかのように次の話題にうつっていくことが恐ろしい。奴隷2人にめまいを起こさせる会話は、昼食が終わるまでずっと続いた。

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