お迎え?

 そのとき、冒険者ギルドは騒然としていた。

 何を隠そう、最年少のアリーナチャンピオンと名高いツキヒが急遽来ることになったからだ。


 その訪問の理由をギルド長ですら知らなかったが、名のある冒険者の来訪を1番喜んでいたのは彼である。きっちりとしたスーツに眼鏡、硬派な見た目に対して案外ミーハーだった。

 ちなみに、『年をとっても男はいつまでも冒険者だ』とは彼の言。一方そんなことはどうでもよかったのはミリーだ。


「最年少なんて言われててもどうせマッチョでしょ」

「お前の人生に、マッチョがいったいどんなかかわり方をしてきたんだよ」  

    

 鼻で笑うミリーに、彼女の同僚は切実に知りたかった。

 そのとき、首に赤いマフラー、希少種である超小型竜<当千>をつれた少年が扉を開けて入ってきた。

 耳は狐に似て、額に小さな角、口元にはちょろっと生えてなびくひげに、背中には体よりも濃い色合いのたてがみ。全体的に緑色の鱗で覆われておりスマートな輪郭だが、尾先はふさふさとしていて動物の尻尾を思わせる<当千>は、少年の頭上には頭を置き肩には足を乗せてしがみつく形で少年に連れられていた。


 春だというのに、その少年の周りはまるで雪山にいるかのように空気が冷え冷えとしていた。黒髪と同色の瞳、黒という色が余計にそう見せているのかもしれない。

 無感動なまなざしと表情、どこか冷え切ったものを感じた冒険者たちが思わず固まるが、そんなことは視界に入っていないかのように、ギルド内を一周見渡すと落胆したかのようにため息をついた。


「……いない」


 ぽつりとため息とともに吐かれた言葉を一体何人が認識したのだろうか。少数にも認識した側であったミリーは彼が誰かを探していることには気づいたが、それをどうとも思わなかった。マッチョではないようだが、その兆しがある。却下だ。

 やがてこつこつと足音を響かせて、午後1番でもともと人が少ないギルドの窓口。その中でも1番人の少ないミリーの受付に立った。少ないといっても並んでいなかったわけではない。並んでいた冒険者たちが委縮するように順番を譲っていった結果、先頭に来てしまっただけのことだ。

 マッチョのくせに根性ないなと冒険者たちに対し思いながらも笑顔を浮かべて、ミリーは少年に対応した。


「こんにちは。ギルドプレートの確認のため提出をお願いします」

「……ツキヒ」

「はい、ツキヒさんですね。確認終了です。ありがとうございました。今回のご用件はいかがなさいましたか?」

「探してる」

「何をでしょうか」

「女の子。……小さい」

「差し出がましいようですが、町の警備隊に行かれた方がよろしいのではないでしょうか?」

「一緒に行動してたって。冒険者と。……顔に傷のある女の子」

「それは……」


 ちょうどその時に、扉を開けて入ってきた大小、背丈のふり幅が激しい3人。もちろん咲也子とティオヴァルト、それに加えてシャーロットだ。女性にしては背が高い方のシャーロットは当然その分咲也子とも背丈の差が激しい。迷宮と奴隷商館帰りとはいえ今回はほとんど何もしていないに近い咲也子は率先してギルドの扉を開けるなど小さい雑用をしていた。

 開けてもらっている2人はは奴隷なのにこれでいいのかと言わんばかりに微妙な顔をしていたが。いや、シャーロットに至っては、「自分がしますから!」と言っては「おれがやる、のー」と咲也子に仕事を取られていた。


「静か、ね」

「誰か死んだんじゃねえの」

「ティオ、めっ、よー」

「そうだ、主の仰る通りだティオヴァルト!」

「てめえはうるせえ。……それくらいしか、あのうるせえ奴ら静かになんねえだろうがよ」


 いつも賑やかな冒険者ギルドが変に静まり返っていることに、咲也子は首を傾げた。ティオヴァルトにおいてはどうでもよさそうに不謹慎極まりない発言である。さすがに咲也子がいさめると、ティオヴァルトは首をすくめて言った。シャーロットは咲也子の言葉にはなんでも賛成といわんばかりの勢いである。

 そんな軽口をたたきながらも、いつまでたっても和らがない雰囲気に咲也子ギルド内を見渡して、久しぶりに見る見知った顔があることに気が付いた。


「ツキ、ヒー」

「サクヤ」


 ミリーの前で咲也子と思われる名前を呟いて、ふらふらと受付からは離れて、咲也子の方に近づいていく。その間、目線はずっと咲也子に固定され続けていて、ぶれることはなかったことが若干恐ろしかった。

 ツキヒがいなくなると同時にミリーはほっと息をついた。気づかないうちに緊張していたらしい。緊張していたせいか息が苦しいなと思ってスカーフを緩めようとすると、いつの間にか後ろに立って固まっていたギルド長が留め具のところを掴んでいた。息苦しいはずである。

 あまりのいら立ちにギルド長のつま先をヒールで踏んで、これだからマッチョは! と吐き捨てる。ギルド長は隠れマッチョであった。


「知り合いか?」

「うちに流れてきた、のー」


 がっちりと視線をツキヒから外さないままで咲也子は言った。ぽかぽかと暖かい空気の中を歩いてきた咲也子とティオヴァルト、シャーロットの間にも雪山に似た冷たい空気が流れ込んできたような気がして、ティオヴァルトとシャーロットは眉をしかめる。

 咲也子がこちらを振り返らないことも気に入らないし、ツキヒに空気まで変えられることが気に食わなかった。

 ちっ、と軽い舌打ちの音にようやくツキヒがティオヴァルトを認識する。ついでにその隣にいるシャーロットにも目をやる。

 咲也子と同じ黒い目が不思議そうにこちらを見ることすら、なぜか不愉快だった。

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