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「あんたさ」
「んー?」
「なんで、あの女の望みなら叶えてやるんだ?」
「ん……ん?」
「信者だからか?」
人が多く長い道のりだからとティオヴァルトに抱えられて奴隷商館に向かう足の振動に揺られて。咲也子は腕をティオヴァルトの首にまわしながらゆっくり首を傾げた。
まるで太陽が昇れば朝のように、当然のことを聞かれているといわんばかりの態度で。そんな様子に自らの信者だから助けるのかと問えば、傾げた首の角度がさらに深くなる。激しい呼び込みの声を無視しながらメインストリートを抜ける。
神として敬われているからこそ、助けたとなると。いつもは幼女でしかない咲也子の神らしい一面かと、本当に神らしい傲慢さだなと思っているティオヴァルトに。咲也子はまっすぐ前を見て歩くティオヴァルトの横顔を見つめながら、口を開いた。
「だっ、て」
「だって?」
「案内してくれた、の」
「は……?」
「神殿で案内してくれたでしょ、う?」
受けた恩は忘れない。そういって自分を見つめる咲也子の無邪気さに、ティオヴァルトは1度足を止めた。
「久しぶりなの、ねー」
「お、お久しぶりでございます」
通ってきたロビーと同じ赤い絨毯に壁には大きなひまわりと思わしき抽象画、その横の壁には紅石や緑石をあしらった装飾感あふれるレイピアが窓から入ってきた光に薄く光っている。天井には豪奢なシャンデリアと、前にティオヴァルトを買うと決めたときと同じ部屋に咲也子とティオヴァルトは通されていた。ちなみに、部屋に通された瞬間ティオヴァルトはそのレイピアを見て嫌そうに顔をしかめていた。
(今回は紹介状持ってないけどいいのかな……)
犯罪奴隷を買うといったら卒倒しそうなテリアには何も言えなかったし、言う暇もなかった。奴隷として、一応背後に立っていようとしたティオヴァルトを2人がけのソファーの自分の横に座らせて。咲也子はこてんと首を傾げた。そんな様子にすらあわてて館主はメイドに運ばせた薔薇の紅茶を勧めた。
なんだというのか。
そして、咲也子から視線をそらした先。ティオヴァルトの呪印が刻まれていた片目を見て、館主は大きく目を見開いた。
「ティオヴァルト……その目は」
「ああ、解いてもらった」
「解い……主神殿でも……あぁ」
信じられないように小声でなにかを呟いた館主は、咲也子を見て納得したかのごとく頷いた。
本当に何だというのか。
疑問が雰囲気に出たのか、なんでもないですよと館主は取り繕うとにこっと穏やかな微笑みを見せた。
「それで、今回のご用件はなんでしょうか?」
「犯罪奴隷を買いたい、の」
「犯罪……貴女がですか?」
「おれ、が」
「なぜとお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「恩には報いるものでしょ、う?」
そんな当然のことを首を傾げながら言った咲也子に、館主はははっと声にならない声で笑った。それから、出すつもりのなかった言葉を放ってしまったかのように急いで自身の口を手のひらでふさぐ。神殿付きの青目持ちでも解けない呪印を解ける人物なんて、神位しかいないだろう思い、その神が犯罪者に恩とはどういうことか聞きたくなったがそれは仕事の範疇を越えている。
そしてふと、何かに気付いたかのように視線を咲也子の背後、壁に飾られているレイピアにやった。
「いまで犯罪奴隷となりますと、午前中に引き渡されたシャーロットですか?」
「そうその、子」
「わかっていると思いますが、本人たちの了解なくして無理やり婚姻などを結ばせようとすることは」
「犯罪に値して、自らも犯罪奴隷に落ちる、の。知ってる、よ」
「わかりました。いま、お呼びします。……シャーロットをここへ」
ちりんちりんと咲也子たちと館主の間にある立派な花籠のあるローテーブルの上に置かれていたハンドベルを鳴らしながらわずかに声を張り上げて告げる館主の声に遅れて数分。扉を開けて姿を現した少女から大人になりかけた女性の首には、ティオヴァルトと同じ奴隷用の首輪がはまっていた。しかしこっちは黒で咲也子は、犯罪奴隷は黒の首輪をして一目でわかりやすくしているという【白紙の魔導書】の言葉を思い出していた。
艶やかな腰までの銀髪を左右に分けサイドに流したその顔は小さく、高級な薔薇色の瞳。その瞳の片方には以前のティオヴァルトと同じようにくるくると回る呪印が浮かんでいた。それをじっと見つめていると、わずかに動きがずれて3つ浮かんでいるのがわかる。‘暴食‘の絶対記憶に当てはめてみると、ティオヴァルトと全く同じものだということがわかった。つまり「全戦闘スキルの消失」「宿主の魔力で継続」「魔法をかけたことを忘れる」というものだ。これならいつでも解けるな、と視線を外す咲也子。シャーロットは黒いスラックスに半袖のシャツから伸びる腕は白く、すらりとしたモデル体型の輝かんばかりの美貌の女性だった。
ただ、強気なその瞳はどこか高潔な色をもってティオヴァルトを睨み。フードを被ったままの咲也子を見て怪訝そうに顔をしかめた。マナー違反が不快だったらしい。
「シャーロット」
「……はい」
鈴を転がしたような可憐な声は固くこわばっていた。
それもそうだろう。昨日まで騎士として神殿に仕えていたと思ったら、よりにもよって犯罪奴隷に落とされて。
自分を買おうとしているのはいかにも屈強な男だ。しかもその隣には室内でもフードを被ったままの怪しげな子どもがいる。この男の子どもか、もしくはすでに奴隷となっている身なのか。どっちにしろ、嫌な予感しかしなくてシャーロットの輝かんばかりの美貌は暗く陰っていた。それでもまっすぐに咲也子の隣にいるティオヴァルトを睨みつけて、唇を引き結んでいる様子はいっそあっぱれだった。
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