お家(仮)を探そう

 カードというよりもネームプレートといったほうがいいようなそれに。<災厄>という種族名、『ひん』という愛称、その下には所有者である咲也子の名前が浮かびあがっている。


「いい子、ね」


 追われている可能性の高いひんを外に出しておくわけにはいかず、テイムしてカードの中に入ってもらっている。ウエストポーチのベルトチェーンにかけたそれは、歩くたびに一緒に揺れている。なんだか楽しそうに思えて、咲也子はするりとひとなでした。

 道はたくさんの人でにぎわっていて。春の陽気と、ひんが一緒にいてくれるという嬉しさも相まって、楽しい観光になりそうな予感に咲也子はどきどきと胸が高鳴り進む足取りが軽くなっていくのを感じた。

 そんな予感を感じつつも、いまは重大な案件が残っていたことを思い出し、どきどきはとりあえず横に置いておく。

 ひんの傷が癒えたいま、急いで探さなければならないのは本日の宿である。


「どうしようか、な」


 正直に言えば、門の外に出て、【アイテムボックス】から【小さな我が家】という魔道具を出しそこで生活してもいいのだが、そうすると出入りのためにまた門番をやり過ごさなければならない。

 元来嘘をつくのが苦手な咲也子にはたとえ藁の中に隠れ‘虚飾‘による認識齟齬で見つけられないように細工するのも嫌だったし、あの心臓が飛び出るような緊張感も味わいたくなかった。

 だからとりあえず、情報を求めてテリアの店へと足を進めた。




「一番安全なのはやはり止まり木かと…。冒険者の方なら無料に近い値段で利用できるそうですが、それ以外の方は若干料金設定がお高くなっているそうで。でもきちんとしたサービスでは上回る宿はないとのことですよ」

「そう、か。ありが、とー」


 またねーと言って、1時間もたたずに鳴った来店を知らせるベル。小さな手で一生懸命に青いステンドグラスがはめこまれた扉をあけた小さなお客様に店主・テリアは目を瞬かせた。


 ちょうどおやつの時間だからと、カウンターからは見えない来客用の応接室だというところでドーナツと紅茶をふるまってくれたテリアに咲也子の中の好感度はうなぎのぼりである。

 四隅に葉の模様で飾り彫りされたローテーブルに、何かの革で作られたソファはすべすべしていて気持ちがよく、すわり心地もよかった。

 せっかくお茶をいただくのだから、とフードをとって現われた咲也子の顔にテリアは目を見開いた。

 

 右目の下に大きくある縫い傷に、左の頬には何かで肉をえぐったような傷跡があった。自分や仲間たち、自分の分身たる才能へびはもう見慣れてしまったから何も言わないそれを、テリアは眉をひそめて痛ましそうに見ていた。大方、没落貴族一家心中事件での生き残り説が有力になっているのだろうなと咲也子は感じた。


「ドーナツおいしいの、ね」


 ふわふわと咲也子の背景に花が舞ったような気がしてテリアは目をこすった。何度か瞬くと花は舞っていないが、両手でドーナツを持ち一口かじるたびに何と言えばいいのか。ほわほわした幸せオーラとでもいうべきものが咲也子から放たれていた。表情は変わらないものの目を細め首を少しだけ傾げて幸福感満載でおやつを食していた。

 なぜか、見ているだけで幸せになってしまい、口元がにやけそうになりテリアはあわてて引き締めた。結果不格好な笑みになってしまっているが。

 その口もとがゆるゆると緩んでしまう光景から目をそらそうと目線を下に下げたところ。ウエストポーチのチェーンに付けられている、1時間前に買われていったカードがもう埋まっていることに気付く。


「もうテイムされたのですか?」

「ん。かわいい子な、の。<災厄>の水属性、だ」

「さ、<災厄>ですか。」


 驚いて大きく開かれた茶色の瞳に咲也子が映る。正直、ここでひんを馬鹿にするようなら好感度がうなぎのぼりであろうがなかろうが今後一切ここに来る気はなかった。

 しかし危惧したテリアの瞳には心配と悲しみしかなかった。それもうつむいて見えなくなってしまったが。太陽が雲に隠れて、店内が薄暗く変わる。


「<災厄>は危険を察知し知らせてくれていた心優しい獣だ、よ。でも姿を見せることと災害が起こることをつなげて考えたひとがいたから、不遇な種族名をつけられただ、け」

「ご存知でしたか」


 良かったと小さな吐息とともに言葉とともに首が軽く縦に振られる。眼鏡の奥の目が下がり、口元がゆるく弧を描く。テリアの銀髪が背中に流れ落ちた。

 以前<災厄>をテイムしたときに、偶然にも不幸があったらしい冒険者は種族名を知るや否やカードを割って魔物の群れへ戻してしまったらしい。

 そのときの<災厄>の顔が、悲しみに満ちた瞳が忘れられないのだと紅茶に映る自分の顔を見ながらテリアは言った。


「ひどいことです」

「こんなに、かわいいのに、ね」


 1度テイムされテスターとなってしまった魔物たちはもう2度と自然の中に帰れない。

 テイムされた時点で、体は人を襲う本能の除去のために作り替えられ、食事も人間と同じものが取れるようにと、感覚からして作り替えられてしまったものは。

 当然自然中での食事に適合はしないし、群れからも追い出されてしまう。闘争本能にかけ、狩りのできない獣は自然界では生きていけないのに。

 だから、すべてのギルドとテイカー協会はテイムした魔物を自然に帰すことを禁止し、罰則を与えるようにしている。らしい。テリア曰くだ。


「できれば出してあげてくれませんか。ドーナツ、一緒に食べましょう」

「ん、いい、の?」


 おいでとカードを軽くなぞるようになでる。薄桃色の核石から白い光とともに<災厄>が形作られる。ぷるぷると体をふってならしていたが、ポーションにより傷は治ったものの、古傷は残ったままの体躯。人に、テリアに怯えているようですぐに咲也子のケープの中に隠れてしまった。

 隠れる前に見えた古傷にテリアは顔を歪ませたものの、すぐに皿に盛られたドーナツを1つ持ってひんに呼びかけようとした。


「お名前は付けたのでしょうか」

「ひんっていうの、よ」

「……かわいらしいお名前ですね」


 ちょっと微妙な顔をされた。

 結局何度も呼びかけても出てこず、むしろ震えが激しくなるだけだということに気付いたテリアは大人しくあきらめた。

 そんなことをしている間にあたりは夕焼け色に染まってきており、もうそろそろ本当に宿をとらないといけない時間にさしかかってしまって。


「おみやげです」


 余ったドーナツを紙袋に入れて、小さく笑ったテリアに、やはり好感度は上がっていった。

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