がんばれ!アキオくん
腹筋崩壊参謀
【短編】がんばれ!アキオくん
「○×高校は惜しくも敗北、△□学園は延長戦を制し勝利、と……」
今年も、テレビが熱い戦いを連日中継する季節がやってきた。リビングで寛ぐ私の目にも暑い日差しを浴びながら優勝を目指して戦う若い選手たちの悲喜こもごもが映し出され、今年の夏も盛り上がっている事が事細かに解説されていた。そんな様子を見ているうち、つい昔の血が騒いでしまったせいで、あるはずもないメモに様々な学校の結果をつい書き記そうとした事に気づいたまさにその時だった。玄関の鍵が開く大きな音が耳に響いたのは。
「お、おかえり……!」
「ただいまー……なんかあったのか?そんなに慌てて……」
「え、えへへ……」
各地の試合会場で今日も奮闘していた高校生たちと同じように、私の旦那――アキオ君も体中汗と疲れで満ち溢れていた。
片や仲間や応援する皆のために暑い中奮闘する男子、片や会社や私たちのために日々沢山の仕事と戦う男性。場所は違えど、今も君の頑張る姿は格好良かった。そんな素晴らしい男子には、それ相応の報酬を用意したくなるのが私の性分だ。お風呂で疲れを洗い流すか、それとも豪勢なご飯を用意するか、と尋ねた私に対し、アキオ君が返した答えはある意味予想通りのものであった。
「うん、お茶漬けね……分かった、少し待っててね、美味しいの用意するから」
「ありがとう……じゃあ俺も少し休んでるよ……」
こう言う時にアキオ君が一番欲しがるのは、あっさりしていながらも簡単にお腹を満たし、しかも美味と三拍子そろったお茶漬け。私たちが出会った頃から、ずっと変わっていない。
そんな新たな楽しみを得たのか、それとも私の顔を見て安心してくれたのか、そのままアキオ君はリビングの座椅子に深く腰掛け、冷房の効いた部屋ですっかりだらけきった外見を露にしてしまった。そんな様子に目をやりつつ、私は早速冷蔵庫に用意していた材料を取り出し、お茶漬け作りに取り掛かった。流石に味付けなどはインスタントのふりかけを使ってしまうけれど、それだけではどこか物足りないし栄養も足りなくなってしまう。少量の野菜でも何でもトッピングを付けた方が健康にもよいし、何よりアキオ君のこれからの『戦い』にぴったり合うだろう――料理を作っている最中でも、やはり私の心の中には昔の血が騒ぎ続けていた。
あれから、どれくらいの日々が経ったのだろうか。
マネージャーだった頃の私が、無邪気な笑顔のアキオ君から『ミカ先輩』と元気よく呼ばれていた、熱く苦しくも楽しかった日々から。
「アキオ君、できたよー」
「……あ、あぁ、サンキュ……つい疲れちゃってうとうとと……」
「ふふ、これ食べて疲れを吹き飛ばしちゃってね」
無事完成したお茶漬けを持って来ると、先程までぐったりしていたアキオ君の顔が良い方向に変わった。相変わらず表情がすぐ顔に出る、良い意味で分かりやすく可愛い人だ、なんて思いながら机の上にその完成品を置いた時、アキオ君は興味深そうにその料理を眺め始めた。何か苦手なものでも混ざっていたのか、と心配してしまった私だけど、幸いそのような事はなかった。あっさりして食べやすそうだ、という称賛の言葉とともに、意外な事を私に告げてきたのだ。
「え、そうだっけ……?」
「はは、忘れちゃったか……あの時だよ。俺のためだけ用意してくれた『お茶漬け』」
「……あぁ、そうか!!」
どこか塩辛いと感じてしまった『あの日』のものととほぼ同じトッピングである――その言葉が何を指すのか、私は途端に鮮明に思い出してきた。私自身はつい忘れてしまっていたけれど、もしかしたら体の中では無意識のうちにその事を覚えていたのかもしれない。そして、しばし思い出に浸りながらじっとお茶漬けを見つめるアキオ君の瞳は、少しづつ少年時代へと戻り始めていた。
「じゃ、いただきます」
「ふふ、めしあがれ」
あの日、今日に負けず劣らず暑い日差しが照り付ける中、アキオ君を始めとするチームの面々は一丸となり、勝利を目指して懸命に戦い続けていた。この戦いで勝てばベスト8に名を連ね、憧れの舞台で試合を行うのも夢ではなくなるかもしれない――そんな期待を背負いながら奮闘する皆の背中はとても大きかった。だけど、運命は残酷だった。同点のまま迎えた9回裏、相手の選手が打ち込んだ球は、アキオ君がどれだけ高く跳ねても届かないほどの場所を通り過ぎ、私たちの夏を終わらせてしまったのである。
当然、監督をはじめ多くの人がその結末を嘆き悲しんだ。誰も悪いなんてとても責められない、ただ自分たちの実力が足りなかった事への悔しさが、大粒の涙となって溢れていた。勿論、選手たちを支え続けていた私も同じだったけれど、誰よりも一番大泣きしていたのはアキオ君本人だった。もし自分が得点を出していれば、もっと頑張って守り続けていれば、あのような失点が起きる事はなかったのに――表情がすぐ顔に出る素直さが仇となり、アキオ君は一度身に染みた悔しさを押しとどめる事ができなかったのだ。
いつまでも涙が止まらず、どうしても元気が戻らなかった可愛くも頼もしい後輩君を見て、私は動いた。彼の悲しみを解き、元気を取り戻させるには、その体が一番欲しがっているであろうご飯を用意するのが最良の手段だ、と。
「すっかり懐かしい思い出になっちゃったな……」
「あれから随分経ったよねー」
あの時のアキオ君は、涙を流しながらも美味しそうにお茶漬けを食べ続けていた。美味しいご飯を食べて、悔しさや辛さを吹き飛ばして、明日に向けて頑張ってほしい、という私の思いを、彼は感謝の言葉と共に受け取ってくれた。その時に見せてくれた、後悔を超えて決意に満ちた凛々しい表情を見たとき、私の心は揺れ動かされ始めたのだ。
「俺たちの高校も随分強くなったよな」
「今日なんてコールド勝ちだったもん、凄かったよ。アキオ君たちのお陰だね」
「え、い、いやぁ……へへ……ったく、ご飯がますます美味しくなっちゃいますよ、『ミカ先輩』」
「もう、調子に乗らないの……ふふ」
悔し涙と共にほおばっていたお茶漬けの効果は絶大であることは、その後の部の歴史が証明してくれていた。アキオ君を始めとする多くの部員たち、監督、そして私の後を継いでくれたマネージャーたちの奮闘の成果が、県大会の優勝候補、全国区で注目される新進気鋭の名門校を生み出したのだから。
そして今、新たな戦いに臨むアキオ君は、あの時によく似た凛々しくも頼もしい表情を私に見せてくれている。活躍の場所は違えど、彼は昔と変わらず、多くの期待と応援を背に受けて頑張る1人の『選手』だ。
「出来たらさ、お代わりとかないかな……?」
「大丈夫、ちゃんと用意してあるから。私の分も一緒にね」
「おお、サンキュ、助かったよ!じゃあ、後で一緒に食べようぜ」
「うん!」
頑張れ、アキオ君。
明日の仕事も、大活躍間違いなしだよ。
がんばれ!アキオくん 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice
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