質問

「……本当に、自己満足なんだよ。半分以上は、自分自身に言っていたようなものだし」


「……貴方は、何故訓練を続けるのですか?」


自嘲し固く口を閉ざした彼に向かって、私は気になった問いを口にする。


「それは勿論、強くなりたいからだよ」


間髪入れずに答えたその言葉は、何を当たり前のことをといった感じだった。


「……聞き方を間違えました。貴方は、何故そうも強くなりたいと思うのですか?」


そう改めてとえば、彼は困ったような顔を浮かべる。

パチパチと燃える炎が、そんな彼を照らしていた。


「……始めは、単純にカッコいいと思ったからだね。きっと、誰もがそういう時ってあると思うんだ。例えば、家族だとか近所のお兄ちゃんだとか。自分よりも上の人が皆の先頭になって進み、時には後に続く人を守る。その守るはどんな小さなことだって良い……ふとした瞬間のそんな姿を見て、後に続く人たちは憧れを募らせる。僕の場合も、そうだった。父は商人で、家族を守るために働いていた。ある時、家族を連れて取引先の隣の街に向かう時に魔獣に襲われたんだ。Dランクの魔獣は、今にしてみればそう難しい敵ではないけれども、当時の僕からしたら父は紛うことなきヒーローだったんだ」


そう言って笑う彼は照れているのか、頰をかいていた。


「それから強くなりたいと魔法を独学で勉強して……幸運にも師匠に出会えたんだ。師匠に出会ってすぐの頃は、師匠の背中に憧れて、彼という明確な目標を前にしてただただ強くなりたいと願うばかりだった。……けれども段々と色々考えさせられるようになった。それは師匠の後に続けば、自然と否が応でもこの国の歪みを見ることになったから」


「……歪み、ですか」


「そう。君も覚えがあるんじゃないかな?というか、まさしく昼間がそれだったね。この国の歪みを」


「貴族のことでしょうか?」


そう問えば、彼は笑った。


「……国の政治体制を考えれば、一部の人が力を持つことは悪いことではないかもしれない。むしろ、意思決定を行う権限を持つ人を制限することによって、早期に物事を決めることができる利点は大きいだろう。……けれどもそれは、その恩恵を民が受けることができてこそ、だ。この国の民は今、税を搾取されるだけされて終わり。国が民を守ることはない」


その言葉に、私は無言で頷いた。

プレアグリアの時だとて、上が決定したことといえば自分たちを守れと……ただ、それだけ。王都を、民を守ることに騎士団を配置する決定はなかった。


「……国が守ってくれないのであれば、いざという時僕の家族はどうなる?僕の大切な人たちは?……そう考えると、僕は強くなりたいと、強くならなければならないと思ったんだ。他の誰でもない、僕が僕自身の大切なものを守るために」


……その結論に至るまでに、一体どれほどの光景を見てきたのだろうか。

彼の言葉を聞きながら、そう私は内心問いかけた。

当たり前のこの国の姿に疑問を持ち、否定するに至るには、どれだけ苦悩し、どれだけの絶望を感じたのだろうか、と。


果たして、それは私の願いと何が違う?

……いいや、同じだ。

環境も考え方も異なるけれども、ただ一つに限って言えばピタリと重なっている。

即ち、他の誰でもない……自らの手で大切な存在を守らなければならないという覚悟については。


「……クラールさんは?何故、強くなりたいと願ったの?」


「……私は強くなければ、生きていけないのです」


素直に答えれば、彼は驚いたように目を瞬いた。

それは、私が素直に応えたからなのか、それとも応え自体に驚いたのか。

そんなどうでも良い疑問を浮かべつつ、再び口を開く。


「始めは自らの運命に抗うために、自分の身は自分で守るために、力をつけたいと願いました。そんな最中、私も師と呼べる人に出会いました。……あの方は私に生きる為の戦う術だけではなく、生きたいと願うような大切な存在を残してくれました」


「あえて聞くけれども、その師匠って……」


「サーロス君の想像の通りですよ」


聞きづらそうにする彼の言葉をあえて遮るように、言葉を発した。


「……そっか」


「……ともかく、今はあの方が残してくださった大切な存在を守るためにも、強くなりたいと……強くなろうと足掻いているところです」


「クラールさんの……」


彼は、何かを言いかけて……けれども何故か口を閉ざす。


「……どうかしましたか?」


「いいや、何でもない。話してくれて、ありがとう」


問いかければ、彼はそう言って笑った。

全てを話したわけではないのに御礼を言われて、少しだけ居た堪れない。

けれども私はその想いと自分の言葉を飲み込んだ。


「……さて、と。良い時間だし、そろそろ帰らない?」


「そうですね。明日も授業がありますし」


どちらともなく、火の後始末をする。

そして忘れ物がないことを確認すると、私たちは学院の方に向かって歩き始めた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る