離別

葬送の鐘が鳴る。

……お母様が、永遠に目を閉じられたのだ。

目の前には、黒い服を着た人々が列をなしている。

幾人もの人たちが、お母様を見送りに葬儀に来ていた。


……お母様。貴女は、幸せでしたか?


私はそっと、棺の中で眠るお母様に問いかける。

勿論、お母様が答えることはない。

つまりその答えは、永遠に分からない。


横を見れば、喪主たるお父様が鎮座している。

けれども、お父様は淡々としていて、ただ為すべきことをしているだけのようだった。

その様を見ていると、つい、お母様に問いかけたくなる。

これで、良かったのかと。


報われない、恋をした。

それに、命をかけた。


言葉にすれば、綺麗なものかもしれない。

けれども、決してそうではなかったことを……私は知っている。


……せめて。

どうか、せめて安らかに眠ってください。

私はそう、お母様の亡骸に祈った。


恙無く葬儀が終わり、すぐに屋敷は日常が戻ってきていた。

まるで最初から、お母様の存在などなかったかのように。

そのことに遣る瀬無さを感じたものの、申し訳ないが私もまた、止まっている暇はない。

お母様が亡くなる前から進めていた魔法学院への入学手続きがやっと完了し、そのことをお父様に伝えようと……この家に別れを告げようと、書斎に向かう。


ノックをする前に、つい、癖で書斎の中の様子に聞き耳をたてた。


「……やっと、あれが死んでくれたか」


お父様の声が、聞こえた。


「モヴール。すぐに、二人を迎え入れる。その手筈をしてくれ」


「……しかし、レオリオ様。喪が明ける前に後妻を迎えるのは、やはり外聞が悪いかと……」


「構わぬ。……私は、ずっとこの時を待ち続けていたのだ。外聞の悪さなど、どうにでもしてみせる」


「……畏まりました」


二人のそんな言葉に、ますます遣る瀬無さが募った。

……本当に、お母様が憐れでならない。


あの人は……何て身勝手なのか。

まるで自分が正義だと言わんばかりのあの人を嫌悪するあまり、吐き気すら感じる。


ボナパルト様の一件以来、お父様は私にとって嫌悪すべき一人。

……だって、あの人は知っていたのだ。

ボナパルト様が、騎士団の護衛に就いていたことを。

だというのに、イエルガー伯爵が揉み消したことについて何も言わなかった。

何故なら、あの人にとってイエルガー伯爵は事業を行う上での大切な取引相手。

だから、あの人は異議を唱えなかったのだ。


それを知って、私は……あの人が実の父親だということが、恥ずかしかった。

そして、この身の半分があの人の血からできていることを激しく嫌悪した。

この身が厭わしくて、身体中を掻き毟ったほどだ。


……それはともかく、今はこの屋敷に別れを一刻も早く告げたい。


私は扉をノックし、部屋に入った。


「……お前か。一体、どうした?」


やる気のないその問いに、私は思わず微笑む。


「今日は、お別れを告げに来ましたの」


そう告げれば、お父様は眉を顰める。

お前は何を言っているのだ?と、言わんばかりの表情だ。


「私、魔法学院に入ることにしました」


「……何を馬鹿なことを言っているのだ。お前は、このままここで過ごした後、ラディーヌ侯爵家に嫁ぐ。そう、決まっているのだ。魔法学院に入学したいなどと……恥を知れ」


「入学したい、のではないですわ。入学手続きは、既に済ませました」


入学証を、ペラリと私は見せる。

それを、お父様は驚いたように見ていた。


「……どうせ、彼の方とその子を迎え入れるのでしょう?私はお父様にとって、ただの駒。これから一生そう扱われ、挙句、お母様のようになるなど、真っ平ゴメンですわ」


そう告げれば、バチン……!と大きな音が響いた。

次いで、頰に鈍い痛みが走る。


「何を、生意気な事を……!お前の存在価値など、駒以上でもそれ以下でもないというのに!……今すぐ、入学依頼を取り消して来い……!」


魔法学院はその重要性から、入学が決まった者がそれを辞退することは基本できない。辞退は相応の理由と本人からの申し入れが必要だ。


「絶対嫌ですわ。……先に言っておきますが、私は既に魔力をある程度使えます。私兵を使って止めることは、オススメしませんわ。彼らがどうかする前に、逃げますから」


……本当は彼らが纏めてかかってこようが迎撃できるだろうが、話がこじれそうなので逃げ切ると言うに留めた。


「この、親不孝が……!」


「親不孝?笑わせないでください。親らしいことなど、一つもしていただいたことはありませんが」


そう言いつつ、私は相応の貨幣をお父様の前に差し出した。


「一応、お父様が私にかけたであろう養育費ですわ。お父様にとっては端金かもしれませんが、お納めくださいませ」


……本当は、私の身に流れる血を一滴残らず差し出してお父様との血の繋がりも失くしたいのだけれども……。

それはできないので、止めた。


「……お前、コレをどうやって……?」


「さあ?ご想像にお任せ致しますわ。ただ一つ……私がこの家を出たいと思ったのは、ずっと昔からですわ。それだけ時がありましたので……ねえ?」


クスクス笑えば、お父様が怒りに顔を真っ赤に染めていた。

……そのように、すぐに激情に駆られてしまえば、やがて足元を掬われてしまいますわよ?

黒幕を気取ってはいましたが……程度が知れてしまいますわ。

そう、声には出さず忠告をする。


「お前など、勘当だ!」


「ありがとうございますわ。では、こちらにサインを」


私はそう言うなり、四枚の書類を差し出す。

後はお父様がサインをするだけの、王国の正式な書類だ。


「一枚は家の保管用、一枚は私の保管用、それから二枚は提出用……どちらかが忘れてしまっても、片方が出せば受理されますわ。逆に双方出しても不備にはなりませんし」


「……ふん。私は忘れなどせぬわ!」


「お父様は、私が出すと言っても信用ならないでしょう?それと、同じですわ。後で書類を偽装しただの何だと言われても面倒ですし、この方が後腐れがないと思いますわ」


「お前は、親をどこまで愚弄すれば気が済むのだ……っ!」


「愚弄など……ただ、もう私は貴方を親だと思っていませんし、人としても信用できないと正直に言っているだけですわ。さあ……さっさと書面してください」


怒りに染まって単純な思考回路になったのか、お父様は割とあっさりと書面をしてくれた。


「結構。今日中に私は国に提出致しますわ。……それから、“ロレーヌ伯爵”。ラディーヌ侯爵にはどのようにお伝えなされますか?」


「ふん。病に倒れて死んだとでも言っておくわ。良いからさっさと家から出て行け!」


「ええ、出て行きますわ。それでは、ご機嫌よう」


嬉しさのあまり笑って、私は部屋を出る。

そして少ない荷物を持ち、ルーノと共に屋敷を出た。


……さようなら、ロレーヌ伯爵家。

そう、心の中で決別を告げながら。


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