悲哀
私はボナパルト様の亡骸と王狼の子とともに、ボナパルト様の家に帰った。
夜も更けているというのに、未だボナパルト様の家には明かりが灯っている。
「……ただいま、帰りました」
テレイアさんが何か考え事をしているように……あるいは祈るように、椅子に腰がけつつ、手を交差させて額につけていた。
私の言葉に、驚いたようにテレイアさんが立ち上がる。
そして私が抱えるボナパルト様の亡骸を見て、じんわりと涙を流した。
「……朝から、何か嫌な予感がしていたの」
そう……か細く呟きながら、彼女はフラフラと私に近づいてくる。
「けれども、まさか……こんな……こんな……っ」
そう言って、ボナパルト様の亡骸に縋り付くように彼女は泣いた。
私もまた、その様を見てつられて涙を流す。
しばらく、彼女と私の啜り哭く声が響いていた。
「……ごめんなさい、取り乱してしまって」
どれぐらい、そうしていただろうか。
やがて、彼女は涙を拭いつつ立ち上がる。
「いいえ。当然のことだとです」
「ボナパルトを、ちゃんと弔ってあげないと……ね。まずは、その身を綺麗にしてあげましょう」
拭ったはずの彼女の頰には、再び涙が伝っていた。
それでも彼女は黙々とボナパルト様を清める。
全てを終えると、一旦彼女はボナパルト様をベッドに寝かせたまま離れた。
「……明日、子どもたちにもお別れをさせてあげましょう。その方が、ボナパルトも喜ぶでしょうから」
「……そうですね」
「貴女も、とても疲れた顔をしているわ。こっちにいらっしゃい」
そう言いながら彼女は私に席を勧めると、自身は台所に立つ。
その背は僅かに震えていて、気丈に振る舞っているものの、未だ悲しみに暮れているのだということがよく分かる。
「……さ、これでも飲んで落ち着いて」
けれども彼女は、私にもう涙を見せることはなかった。
だから私も、それをあえて告げることはしない。
私は出された温かい飲み物を、一口飲む。
温かくて、張っていた気が解れるような……そんな優しい味だった。
「……申し訳ありません。私が、もう少し早く気がついていれば……師匠を、助けることができたかもしれないのに」
「貴女が謝ることではないわ。多分、ボナパルトは貴女や……そして私にも、手伝わせたくなかった。きっと、彼自身危険だと思っていたから。だから、私たちには何にも知らせずに出て行ったのよ。……本当、勝手ね」
そう言って、テレイアさんは哀しそうに笑った。
その姿を見たら、私はそれ以上の真実を告げることはできなかった。
……これ以上、この人を苦しめるような真似をしたくはないと。
そう、思ってしまった。
「……師匠は国の依頼で、王狼と呼ばれる魔獣と戦って亡くなりました」
「……ああ。騎士団の護衛を探しているって小耳に挟んだけど、あの人が指名されたのね」
けれども、たったそれだけの情報でテレイアさんはほぼ状況を読んだようだった。
その慧眼に、私は驚かされる。
「そんな驚かないで。これでも私も、一時期ボナパルトと組んで依頼を受けていたのよ?それなりに、ツテはあるの」
そう微笑まれてしまえば、肯定するより他になかった。
「……はい。そうです。騎士団を守り、単身王狼と戦いました」
けれども、私はぼやかしてそう言う。
「……そう」
テレイアさんは、そう言って目を瞑った。
これ以上は、問わないで欲しい……そんな私の願いが通じたのか、テレイアさんは立ち上がった。
「ボナパルトは、衰えたと自分で言っていたけれども……まさか、王狼と単身戦って討伐してしまうなんてね。最後の最期まで、本当に……」
そう言いつつ、テレイアさんは重い息を吐く。
それは、自分の激情を抑えているようだった。
「さ、クラール。貴女は早く帰りなさい。もう遅いのだから……あまり家を空けると、不審に思われてしまうわよ?」
「……そうさせていただきます。また明日来ますね」
「ええ、待っているわ」
テレイアさんに礼をすると、私は王狼の子とともに屋敷に帰った。
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