憎悪

……どれぐらいそうしていたのだろうか。

目は痛み、声が枯れかけた頃のことだった。


ふと、複数の気配が近づいてくるのを感じる。

咄嗟に、私は師匠を抱えたまま茂みに隠れた。そしてそのまま、極限まで気配を消す。


気配の主は、数人の鎧を着込んだ若い男たちだった。


「……おお、王狼が倒れているではないか」


「ほう……ボナパルトというやつは、平民ながら役に立つではないか」


「ふん……平民などと共に行動するなど、忸怩たる思いだあったが……まあ、我慢したかいはあったな」


偉そうな言葉が、次々と目の前で繰り広げられる。


「誠に。護衛のあいつに道中は魔獣を引き受けさせ、そのまま王狼を退治させる。私たちは、その後ろをついていけば名誉が受け取れる。全く、おいしい仕事であったな」


「良いではないか。ボナパルトとかいうやつは、平民でありながら英雄だと大袈裟な名で呼ばれていたのだぞ?調子に乗っていたのであろうから、そのぐらいやってもらわねば」


「全くだな。英雄と呼ばれる割には……あいつ、戦い方が下手だな。報告する魔獣の討伐数を増やそうと、王狼と対峙中に他の魔獣を嗾けてこちらに向かわせたが……まるで何も残っていない。これでは、証拠として部位を持っていけないではないか」


「然り。やはり、平民は役に立たないな。私たちの評価に響かないと良いが」


「口が過ぎるぞ。あやつはあくまで、護衛。あやつの失態が私たちの評価に響くはずがない」


「それも、そうだな。イエルガー様、これからどうしますか?」


「……。王狼の首を狩って帰るぞ。また魔獣が出てきたら面倒だ」


談笑しながら、彼らはボナパルト様が倒した大きな狼の魔獣の首を狩ってそのまま帰って行く。


私はその光景を呆然と見ていた。


彼らは、一体何を話していた……?

いいや、分かっている。

分かってはいるけれども、あまりにも衝撃的で……理解ができない。


暫くの間、私はそこから動けなかった。


護衛のボナパルト様に道中遭遇した魔獣を、任せきり……。

その上、本命の討伐対象の戦闘すら……しかも、Sランクの魔獣に対してボナパルト様独りで戦わせて。

挙句、邪魔するように他の魔獣を嗾けて。


沸々と怒りが湧き上がる。


「ふざ、けるな……っ!」


これが……。

これが、貴族というものなのか……!

これが、貴族のやりかたなのか……!


ダン、と近場の木に拳をぶつける。


怒りのせいで魔力制御ができず、辺り一面に私の魔力が漏れ出た。

パサリ、木の葉が宙に舞う。

私に近い方から、次々と木の葉が急激に枯れて地に堕ちていった。

どうやら、溢れ出る濃密な魔力に耐えられないらしい。


「……あ、あぁぁぁ!」


行き場のない怒りが、口から叫びとなって溢れ出た。

枯れたと思っていた声が、怒りを活力に復活している。

……魔力が、抑えられない。


ドアン、と大きな音ともに更に広範囲で一斉に木の葉が舞った。


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