とある夫婦のお茶漬けの話(できるだけ会話だけで)

吉岡梅

とある夫婦のお茶漬けの話

「おう母ちゃん、今帰ったぜ」


「おかえりアンタ! 今日もお疲れ様。ご飯かい? それとも先に体を拭くかい?」


「そうさなあ。先におにぎりにするかな。今日も貰ってきてあんだろ?」


「ああ、あるよ。でも毎日おにぎりじゃあ、飽きちまうだろ? 今日はちょっとひと手間かけるから居間で待ってておくれ」


「お? なんだいなんだい。面白そうじゃあねえか。よしきた。んじゃ期待して待たせて貰うぜ」


「あいよ」


「おうおう、張り切って走っていきやがる。元気なもんだねえ。やれやれ、あんな面白え顔でも、いざ見ると落ち着くもんだな。あーよっこいしょと。上着は脱いじまうかね。どうれ靴下も。いやあ、やっと人心地が付いたってもんだ。えー、座布団座布団っと」



「トントントンと、ありゃ包丁の音だね。小気味いいねえ。漬物でも貰ってきてあんのかね。何々、グツグツグツ? ほう、驚いた。こりゃあおにぎりと一緒に汁物まで出てくるのかい? いやあ、豪勢だねえ。ん? ボーボー……? なんだいボーって。鉄でも溶接してんのかい? あいつ一体何を食わそうってんだい。おおい、おおい母ちゃん」


「あいよ。お待たせ。どうぞおあんがなさい」


「おお。なんだいなんだい。心配したけどうまそうな匂いがするじゃあねえか。どうれ、椀の中身は……汁物に……おにぎり? いや、こりゃ焼き目付いてるな。焼きおにぎりかい」


「ああ、そうだよ。配給されたおにぎりに、ちょいと味噌塗ってね。アンタのキャンプ用のバーナーで炙ってみたんだよ。それでも中まで暖かいってわけにゃあいかないからね、汁をかけたってわけさ。ささ、崩しながらお茶漬けにしておあんがんな」


「はー、こりゃ考えたな母ちゃん。焼きおにぎり茶漬けと来たか。どうれ頂くか。……うん。うめえ。香ばしい飯にしょっぺえ味噌。それに、なんといっても、飯が温けえ。うん……うん」


「まあまあ、そうがっつきなさんなよ。……おや? あんた? 泣いてんのかい?」


「うるせえな。そう飯食ってる奴の顔をジロジロと見るもんじゃねえよ。でもよ、母ちゃん、温けえ飯って、こんなにうめえんだな。忘れちまってたよ」


「そうだねえ」


「なんだいなんだい。おめえまで泣いてどうすんだ。でもよ、ありがとよ。汁にする水だって貴重だったろうにな。ちくしょう、駄目だな。焼きおにぎり茶漬けだけでこんな泣けるなんてのは、いけねえな。当たり前に食えるようにならねえとな」


「そうだねえ。復興、しなくちゃねえ」


「ああ。させるさ。風呂だって毎日湯船に浸かれるようにしなくちゃあいけねえ。明日からも頑張らねえとな」


「ええ。ええ。そうだアンタ。薬味も畑もみんな流されちまったんだけど、さっき庭を見たらこれだけ生えてたんだよ。ほら」


「なんだいそりゃあ。……ミントじゃねえか。こいつも図太いねえ。まだまだやる気か。よし、ちょっと元気を頂くか。母ちゃん、刻んでかけてくんな」


「あいよ。そら、どうぞ」


「おう、それじゃあ頂くか。そうら、うん。ほう、これはこれは。……母ちゃん」


「なんだい」


「焼きおにぎりにミントはいけねえ……」


「いけないかい。ふふふふ」


「はっはっはっは。いけねえや。なんだい母ちゃん、泣きながら笑ったりして、相変わらず面白え顔だなおい」


「アンタこそ泣いてるじゃないの。鼻水まで垂らして汚いったらありゃしない。ささ、食べ終わったら体を拭いたげるよ。今日はお湯を使おうかしら」


「そりゃ豪勢だ。そうと決まればミントをやっつけちまおうじゃねえか。うん、意外と……いや、やっぱいけねえな」


「まったくアンタって人は」


 幸せな空気が、二人を包んでいた。

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