第3話 記憶
士郎の身体は、一人の女生徒の手によって、優しく保健室のベッドに寝かされた。
「さあ、早くこれを飲んで!」
唐突に彼女は、そう言って何か薬のような物を士郎の手に握らせた。
「なんだこれは?」
士郎の目は、さっきから目が見えない状態で、どんな薬なのか確認のしようがなかった。士郎は、不安になって尋ねてみる。
「いいから、早く!」
そう言って急かす彼女と胸の苦しさに、これ以上耐えられそうになかった士郎は、 我慢できずにその薬を口の中に放り込んだ。
「クッ」
士郎は、強く喉を鳴らして一気に飲み込んだ。するとどうだろうか、まるで今までの胸の痛みが嘘のように消えていった。目の感覚もしだいに取り戻し、視野が開けていく感覚に驚き士郎は、声を上げた。
「嘘だろ」
あまりにも奇怪な自分の身体の現象に驚いきながらも士郎は、取り戻した視力でをこの保健室まで運んできた女生徒の顔を見る。
「朝比奈……」
「薫よ」
士郎が彼女の名前を言い終わるまえに朝比奈は、静かにそう言った。士郎をここまで運んできたのは、あの美人転校生の朝比奈薫だったのである。
「あー……ありがとう」
士郎がそう言うと朝比奈は、ニッコリと微笑んだ。そして、士郎は、不覚にも顔を赤くしてしまったのだ。
「あ、いやその……さっきの薬は、何? あんなに効いたのは、初めてだ」
士郎は、沈黙に耐えきれずにそんな事を口走っていた。
「あれは、何処にも売ってないわ。だって、私の家伝わる秘薬だもの」
朝比奈は、そんな事を悪気もなさそうに言ってのけた。士郎は、何かえたいの知れない薬を飲んでしまったようだと薄気味悪く思えた。家に伝わる薬なんて総じて、えたいの知れないものばかりだ。有名な物では、ムカデをアルコール漬けにした塗り薬とかいったもの。
「ねえ、少しお話しない?」
朝比奈は、そう言うと士郎が横になっているベットの隣に椅子を持ってきてチョコンっと腰を下ろした。
「話って?」
士郎は、話をしないかって言われても会ったばかりの朝比奈とどんな話をすれば良いのかわからなかった。そんな事で悩んでいるを楽しそうに眺めていた朝比奈だったがふとのはだけたシャツの間から見えるお守り袋を凝視していた。
「朝比奈? このお守りに興味あるのか?」
士郎は、お守り袋を手に取って見せた。
「ええ、とっても」
そう言った朝比奈は、今までと変わって真剣な表情をしていた。
「そのお守り……少し貸してもらえないかな?」
朝比奈は、とても興味がある様子でそう言った。このお守りは、士郎にとって大切な物だった。このお守りのおかげで士郎は、今まで生きてこれたようなものだ。士郎は、お守りを朝比奈に渡すつもりは無かった。あまり他人の手には、渡したくなかったのだ。
「これは、駄目だ。渡せない」
士郎がそう言うと朝比奈は、少し残念そうな顔をした。
「そう、でも良いわ。それより、士郎……あなた私の事覚えてない? 幼い頃、よく一緒に遊んだのよ」
朝比奈は、少し笑みを浮かべてそんな事を言った。そんな馬鹿なはずはない。朝比奈は、俺の事を知っているのか。と、士郎は、信じられない気持ちと驚きの目で朝比奈薫の顔を凝視した。幼い頃の記憶なんて、もう曖昧でその時に遊んだ子供が朝比奈だった可能性もなくはない。だが士郎は、朝比奈の事を思い出せないでいた。
「ごめん……思い出せない」
士郎がそう言うと朝比奈は、また残念そうに表情を曇らせた。
「まだ時間がたっぷりあるわ。ゆっくりと私の事を思い出させてあげる」
そう言った朝比奈の姿は、妖艶での心臓は、またドクンと高鳴った。そして、朝比奈は、スッと椅子から立ち上がるとに背を向けて保健室から出て行こうした。
「朝比奈?」
士郎は、思わず朝比奈に声をかけていた。朝比奈は、ゆっくりと振り返って士郎の顔を見据える。
「今日は、ここでユックリして居てね」
と言って朝比奈は、保健室を後にした。結局、士郎は、午後の授業を全て休んでしまっていた。朝比奈の薬のお蔭で苦しみは、無くなったもののやはり士郎の身体は、言う事をきいてくれなかった。士郎は、放課後になってようやく動くようになった重い身体を鞭打って家に帰る事になったのだ。
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