停滞者の人生、最高の。
小波 武蔵
停滞者の人生、最高の。
雨のひどい梅雨の朝。私は目を覚ました。私の名前は、赤郷・カティア・薫《セキサト・カティア・カオル》。母が外国人の男性と結婚してその間にできたのが私だ。私に流れる血の半分、父親を私は知らない。本当に外国人の父なのかもわからない。わかるのは、生まれついてあるこの蒼い目が普通ではなくて。それゆえに友達はいないと言うことだけ。
母の年齢はおそらく30代前半だろう。容姿からそう推測しただけで実際はどうなのかはわからない。そんな年齢の母は昨日から遊びに行った。男を連れて。私は、そんなわけで今日は一人で朝食をとる。朝食といえど誰も何も教えてくれないので、パンにジャムを塗ったものだけだ。簡単に作れて美味しいジャムぱんは母よりも好きだ。まあ母と比べるのもどうなんだって話だが。
学校についても私に居場所はない。机の上には毎日欠かさずに花瓶が置かれているし。ロッカーの中の上履きにはいくつかの画鋲が入っていた。まあ目測だが。うっかり昨日置いて行ってしまった本はズタズタに引き裂かれている。やはり私に友達を作るのは無理なんだなって思う。気分も良くはないし今日も保健室に行って帰ろうか。私は保健室に向かって歩き始めた。保健室の先生は放任主義というか半ば職務放棄に近い対応をしてくれる。だから私にとっては居心地がいい。なんて、本当は。関わらないで済むから楽なだけだが。
保健室の中には漫画本を持ち込んでいる先生と、一番奥のベッドで寝込んでいる誰かしかいなかった。寝込んでいる人間に話しかけるというのも気がひけるし、私がここに来ている理由はあまり人に話したいことでもない。空いているベッドに入る。何をするでもなく眠りにつく。今年に入ってからずっとこんな感じな気もするが仕方ない。私をみんなで害することで私以外が不幸にならなければそれで構わない。母だってどうせ望んで私を産んだわけじゃないだろうから、誰かに望まれる何かにさえなれればそれでいい。
目を覚ました。相変わらず先生はもういない。時刻は12時を少し過ぎたところだろうか。もう普段はこのぐらいの時間に帰っているのだから私の実態は察せるだろう。どこからどう見てもいわゆる保健室登校というやつだ。帰る準備を始める。落書きに汚れ、ところどころふやけている部分もある教科書を落書きに汚れた学校指定のカバンに入れる。ここの教師は働かなすぎだとは思うが言ってもしょうがないしそれが意図してかせずかはわからないがプラスに働くこともある。その緩さこそが私に許された微かな自由。この早帰りもそうだし、給食のパンなら持ち帰っても文句は言われない。それによって生活を成り立たせている側面もあるだけに転校しようとも思わない。ちょうどカバンに最後の教科書を入れ終わったところで扉が開く。
「あれ?今から帰り?ボクもついて行って佳いかな?」
「佳いわけないでしょ。まだ授業は残っているし帰るような時間じゃない」
「君に言われたくないな。君にだって同じことが言えるよ。まだ授業は残っているし帰るような時間じゃない」
「意趣返しのつもり?私は帰っても構わないの。あなたみたいなまともそうな人とは違う、悪い意味で特別な人間なの。私は」
「・・・・・・あぁ。なるほどね。そういうことか。なら聞くことはしない。ボクは君について行く」
・・・は?そんなことしても意味がないし時間の無駄であると思うんだが。
「なんでそんなこと言い出すんですか?ついて来ても佳いことなんてありませんよ。私みたいな基本的に全ての要素が終わっている佳いとこ無しの人間について来たって」
「ボクはね、不登校で今日は用事があって来て、そのあとに保健室で昼寝を堪能していたんだ。普段は自らの我が儘で家にこもっているクズだよ。君みたいに美しいわけでもない。おおかたその目の色を気にしているんだろう。けれど君のその目だって見方を変えれば芸術だ。久しぶりに教室に入った時にみたボクのクラスの嫌がらせしか能のない阿呆より億倍も佳い。すまない。彼らと比べるなんて無礼が過ぎたな」
「あ、いや・・・その・・・」
反応に困る。こんなに励まされたのは初めてだしちょっと涙すら出て来そうだけど、でもどう反応するべきかがわからない。結局黙って帰ることにした。
一緒に来た。後ろから。
「ねえ、君はなんという名前なんだい?ボクは琥珀 清香(コハク キヨカ)っていうんだけどね。ああ、別に無理に言えなんて言わないよ。聴けるまではずっと張り付く予定だけどね」
「わかったよ。私の名前は赤郷・カティア・薫。4月生まれの14歳。多分今後会うことはないと思うけど少しの間よろしくね」
「ボクは長い付き合いになると思うけどね。君にはシンパシーを感じるし。正直にいうと、ボクには母親がいないんだ。だから君の母親がボクの父親と再婚した場合は姉妹になるってことだ。可能性としてはゼロじゃないだろうさ」
まずありえない。確実に冗談だろう。なのに、なぜか。どこか説得力があった。その姿が怖く見えて。でも同時にかっこよく見えた気がする。だがきっと、気のせいだろう。
やって来たのは少し大きめなショッピングモール。帰宅する予定だったが清香の場合は私の家にあげるより適当な所に連れて行ったら飽きてくれるだろう。とりあえず私はゲームセンターに向かった。何をするわけでもない。ただ飽きて欲しいだけだ。だが
「薫、こっちに来て一緒に写真を撮らないか?ボクはあのキラキラしているピンク色の顔のパーツの大きさを好き勝手に変えられる機械がいいと思うんだけど。どうだい?」
「・・・・・・わかったよ。しょうがないなぁ。一回だけだからね」
なんで私は断らなかったんだろうか?考える間も無くキラキラしているピンクの機械に連れ込まれた。
「写真はいらないわ。あなたが持ち帰りなさい」
我ながら冷たい言葉だと思う。でもわからないから。胸が熱くなっていつのまにか帰りたくないとすら思う。この感情が。そして、知るのも怖い。
「薫、実はいま家に帰りたくないだろう?そんな目をしてる。どうしてなんだい?さっきまではあんなにも帰りたそうな表情だったのに」
「だって、わからないから!こんな感情抱いたことなんてないしわかるわけないじゃない!なんで自分の感情をその本人なら確実にわかると思うわけ!?いっつもそうだ!なんでなの!なんなの!誰かが教えてくれるわけじゃないのにわかれなんてひどいよ!おかしいよ!しょうがないじゃない!生まれてこのかたこんなことしたことなんてないのに!誰も教えてくれなかったのに!自分でわかれなんてひどいよ!」
「・・・ごめん。薫。ボクが教えてあげるからそんなに悲しそうな表情で泣かないで」
・・・泣いている?なんで?そっと目に手を当てたら確かに濡れている。目の色が違うから泣く機能もないと思っていた。少なくとも今までは。でも。
「泣けるんだ。嬉しいな。嬉しいよ。こんなに泣けるなんて。ずっと泣けないと思っていたから。ありがとう。清香、ありがとう」
「帰るよ。帰るよ。薫」
「佳いよ。帰ろう。私の家にさ」
「ねえ、清香。私たちもう友達ってことで佳いのかな?」
「佳いと思うよ。多分だけどね。また会おう」
初めて友達ができた。普通の人はもっと早くできて当たり前のようにその人数を増やしていくのだろう。だがそんなことは関係ない。私は私だ。
私の<今日>は。人生で最高に嬉しい日だ。これを超える日なんて訪れるのだろうか?わからないが、また清香とあって色々したいという思いだけは確かだ。明日はどうなるかわからない。でも、寄り道しながらでも進んでいこうかな。清香に誇れる自分になるために。
いつもの机。当然汚れている。花瓶が置いてある。でも私はその花瓶をどかして、笑って、そこに座る。普通に授業を受ける。内容は少ししかわからないが達成感があった気がする。
放課後になって私はいつも花瓶を置く連中の嘲笑を無視してある部活の部室に行く。その部活は、料理部。清香に美味しいものを振る舞いたいのと夕食代をケチれるからだ。私は前に進む。いつまでどこまで共にわからないが進んでいこう。
停滞者の人生、最高の。 小波 武蔵 @kkymsysinsyy-z-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます