さん
「それにしてもすごい量ですね。これ全部お父さんからの荷物ですか?」
「ソ。今回の旅先も見たことない生き物いっぱいで、具材の探しがいあるって嬉しそうネ」
箱をサイズ別に分けながら問いかけると、そう言ってリンさんが笑った。
彼女のお父さんは、最高のコッペパンを作る材料を求めて、いつも世界中を渡り歩いている。そして旅先で見つけた珍しい食材を、こうして定期的に送ってくるのだ。
「でも深夜の密林に一人で野営用のテント立てるの凄くしんどいッテ」
「……体力的に? 精神的に?」
「しかしあのオッサンいつもどこから荷物送ってんだ」
箱に貼られた伝票の差出人住所に“樹海”と書きなぐってあるのを、柴がうさんくさそうに眺める。
リンさんはこちらの言葉を聞いているのかいないのか、「あいやぁパパさみしいネ、可哀相ヨ」と憂い顔で頬に手を添えていた。
その様子に苦笑しながら箱の山を片付けていくと、ふと棚の隅に、テープでぐるぐる巻きにされた謎の箱が置かれているのに気付いた。
「リンさん、これ何ですか?」
見た目はアルミのお弁当箱のようだが、手に取るとずしりと重い。頑丈な鉄製の箱であるようだ。
不思議に思って尋ねると、リンさんはすいと顔をそらして遠い目をした。
「新作の試作品ヨ。古今東西から選りすぐっタ、ありとあらゆるネバネバしたもので作ったコッペパンだネ」
「あってめ、倉庫開けたときからしてるヒデェ臭いソレだな!?」
「“げえ”って言ってたのそっちかぁ」
入室時の柴の反応を思い出して納得しつつ、鉄箱をリンさんに渡す。
もはや封印と呼んでよさそうな完全密封の賜物か、僕らにはその“ヒデェ臭い”とやらは感じられないが、鼻の利く柴には辛いのだろう。どうりで倉庫掃除を始めてからいつもの二倍は機嫌が悪そうだと思った。
「何なら犬コロにやるヨ」
「誰がいるか! 鳥にでもやっちまえ!!」
「ワタシもそう思って一度表に置いたけド、鳥どころか虫一匹来なかったネ」
「生き物が本能で避けるようなもんを人に食わせようとすんな!!」
鉄箱を忌々しげに睨む柴に、リンさんはひとつ息をついて肩をすくめた。
「じゃあ仕方ないネ。コレは…………戸棚に封印しとくヨ」
「リンさん、現実は早めに直視したほうがいいですよ」
「だって食べ物粗末にするの良くないネ……」
「お前……その兵器級の代物をよく食いもん扱い出来るな。武器職人に鞍替えしたらどうだパンダ女」
「やかましいヨ野良犬! 命の恩人になんてこと言うネ!」
「だれが命の恩人だ! 俺のこと拾ったのはそこのヘタレだろ!」
「店先で行き倒れてた営業妨害犬にコッペパン食べさせてやったヨ!」
「後できっちり領収書よこしてきたくせに何偉そうなこと言ってんだ!」
「あいやァ、商売だから当然ネ」
「あの……二人ともその辺に……」
白熱する舌戦を止めようと恐る恐る口を挟みかけたとき、リンさんが唐突に「お客ネ」と言って、さっさと倉庫を出て行った。
口喧嘩を強制終了された柴が、不完全燃焼で舌打ちを零す。その肩をまたぽんと叩いた。
「ほら柴、早く片づけちゃおう」
「……おう」
「片付けならおぬしらが団らんしている間に終わったぞ。ほれ見ぃ、ぴかぴかじゃ」
「えっ」
「まじかよ」
*
少しして店先から戻ってきたリンさんは、なんだか難しい顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
尋ねると、彼女はまじまじと僕の顔を見つめて首をかしげる。
「ねぇセンセ、税金の支払い方法ってなんか変えタ?」
「いえ。従来通りのネット振り込みですけど」
「だよねェ」
「いったい何の話じゃ?」
ルイーゼが不思議そうに問いかけると、リンさんは今しがた常連のおばあさんから聞いた話という話をしてくれた。
いわく。税の支払い方法が変わったらしい、領主からの使いに、現金で手渡しすればいいそうだ、と。
「……えっ、あれ!? 領主って誰!?」
「お前だろ」
「領主からの使いって何!?」
「まぁ、お前が送り出した使者ってことだろ」
「送り出してないんだけど!!」
軽いパニックに陥る僕の背を、ルイーゼが宥めるように撫でる。
「ふむぅ。使いに出せる使用人もいなければ、雇うための金もないというのに、おかしな話よ」
「まぎれもない真実が耳に痛いよルイーゼ……」
だが、おかげで頭が冷えた気がする。
変えた覚えのない納税方法、出してもいない領主の使いに、現金を手渡し。
全員でちらりと視線を交わし合う。これは、どう考えても。
「……詐欺?」
「だろうが、随分大胆なやり方だな。こんなもんすぐバレるだろ」
「リンリン殿、お客人は他に何か言っておらんかったのか?」
「えート。その“お使い”さんハ、ちゃんと領主印の入った通達書を持ってたって言ってたヨ」
領主印、というのは各領主家のモチーフが彫り込まれた特別な印鑑で、重要な書類には必ず必要になる品だ。
「アンタ、まさか領主印失くし……」
「てない! ちゃんと引き出しにしまって鍵かけてあるよ!」
あれは偽造防止のために特殊な技術を使い、職人さんが長い時間をかけて作るもので、領主にとっても非常に大事なものだ。普段から管理は徹底している。
しかしそれなら、そのお客さんが見た領主印とは何なのだろう。
「何にしてもこれが本当に詐欺で、領民の皆さんに被害が出てるなら……どうにかしなきゃ」
自分のふがいなさで自分が大変になるだけならともかく、民にまで苦労を掛けるわけにはいかない。眉根を寄せてぐっと拳を握る。
「すみませんリンさん、午後からお休み貰ってもいいですか?」
「いいヨ。ただしお給料は午前分だけでよろシ?」
「うっ……ハイ」
「嘘ネ、そこまで鬼じゃないヨ。倉庫の片づけとっても早く終わったからオマケするヨ」
「ありがとうございます!!」
どうやら明日のおかずを一品減らさなくて済んだようだ。リンさんには頭が上がらない。
実際に深々と頭を下げた僕の横で、柴がひとつ溜息を吐く。
「おいパンダ娘、俺もあがるぞ」
「うるさいネー、分かってるヨ。センセと猛獣コンビはセットなんでしョ」
リンさんが犬を追い払うようにシッシッと手を振ると、柴はこめかみにビシリと青筋を浮かべ、ルイーゼが「うむ」と満足げに頷いた。
自分とは正反対に頼もしい彼らの姿に、僕は情けない顔で小さく笑った。
*
詐欺事件(仮)の調査をすべく街の中心に向かって歩きながら、これからの動きを相談する。
「まずは聞き込み、かなぁ」
本当に詐欺なのか、はたまた何かの手違いなのか、とにかく事実関係をはっきりさせないといけない。そのためにもとにかく情報収集だ。
「はぁ? そのヤクザなツラで聞き込みぃ? やめとけやめとけ、全力で警戒されて落ち込むのがオチだ」
「今まさに落ち込みそうなんだけど……ていうか他人事みたいに言ってるけど、髪上げたりとか、眼鏡とか、こんなふうにしたの柴じゃないかぁ」
眼鏡そのものは前からかけていたが、こんな悪人顔を強調するようなシルバーフレームを選んだのは柴だ。
「どうせ悪人面なんだ。なら、せめて領主として箔が付くぐらいのほうがいいだろうが」
「これ柴、あまり虐めるなと言うておろうが。整った良い面構えではないか、わらわは好ましく思うておるぞ」
「俺だって別に悪いとは言ってねぇ。ただ聞き込みには究極に向いてねぇツラだっつってんだ」
「うう……」
自分の人相の悪さは重々承知している。この顔と引っ込み思案だった性格のせいで、小さなころからろくに友達が出来なかった。
「……とりあえず、さっきリンさんが話を聞いたっていう常連のおばあさんの家に行ってみよう。あの、僕はちょっと後ろにいるから」
普段から厨房に籠りきりの僕と違って、店先に出ることもある柴とルイーゼはおばあさんと顔見知りらしいので、代わりに話を聞いてもらえないかと頼んだ。
なんとかしなきゃと意気込んで出てきたのに人任せ、という何とも格好つかない話だが、お年寄りを怯えさせてしまうよりはマシだろう。そう思いたい。
「聞くのは構わんのじゃが」
「あんま期待すんなよ」
するとなぜか苦笑いを浮かべた二人の曖昧な反応の意味を、僕はそのおばあさんの家で知ることになる。
「のうご婦人、どのような輩が税の取り立てに来たか覚えておらぬか?」
「昨日お隣からきれいなリンゴをたくさん貰ってねぇ」
「その通達書ってよ、なんかこうニセモノっぽいとかの違和感なかったか?」
「食べきれないからジャムにしたのよぉ」
すごい。会話になっていない。
数歩後ろから玄関先の様子を眺めながら、納得してひとつ頷いた。むしろ彼女からあれだけの情報を聞き出したリンさんがすごかったらしい。
「それで今朝はジャムでアップルパイを焼いたの、今持ってくるわねぇ」
「いや、ちょっ、バアさん」
おばあさんがパタパタと家の奥に戻っていき、呼び止めようと持ち上げられていた柴の手がむなしく落ちる。
「ふむ。やはり話を聞くのは難しそうじゃ」
如何するジャック、と玄関先からルイーゼがこちらを振り返る。
「うーん、別のところに行ってみようか」
「それがいいだろうな。……お、戻ってきた」
おばあさんはアップルパイが乗った皿を手にまた玄関先に顔を出すと、三角にカットされたそれを「さぁさぁどうぞ」と柴に一切れ、ルイーゼには二切れ渡した。
「ひとつは、後ろのお友達にねぇ」
ふいにこちらを見て穏やかな笑みを浮かべたおばあさんに、僕は一瞬びくりと肩を震わせてから、そっと頭を下げた。
「味は保証するわよぉ。領主さまのお使いの子も、喜んで食べながら帰ったものぉ」
「え」
「それじゃ、またいらしてねぇ」
おばあさんの言葉に驚いて姿勢を戻したときには、家の扉はすっかりと閉じてしまっていた。
「い、いまの領主の使いの話、詳しく、」
「……聞けると思うか?」
「…………他のところ行こう」
「ほれジャック、アップルパイじゃ。非常に美味であったわ」
「お前もう食い終わってんのかよ」
ルイーゼから手渡されたアップルパイを、促されるままにひとくちかじる。
なるほど、とても美味しかった。
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