言の庭
大豆
一章 生活保護受給中
第1話 せいほ
チャットSNS『れんと』
8月1日、人生相談ルーム。
23:12 ID:dmj5813
暇だ。死ねる。
23:25 ID:jkaly21
≫dmj5813
シネ
23:29 ID:298gpta
≫dmj5813
働け。もしくは寝ろ
23:41 ID:dmj5813
働いてないので寝る必要がない。
誰か俺の話詳しく聞きたい奴いる?
23:58 ID:あばす
≫dmj5813
言ってみ
0:00 ID:dmj5813
≫あばす
あばす、あざすw
俺は今月から生保で生きることんなった。
「初任給」は13万。
元々やってたバイトとどっこい
パラダイスの幕開けや
0:08 ID:1247ttv
ようゴミ
0:10 ID:あばす
≫dmj5813
そんで?
0:26 ID:せいほ
dmj5813だけどまぁせいほと呼んでくれ。
まず生保のハードルの低さビビった。
無収入の証明と残高照会、あと親族に助け求めるのが無理なの証明したらすぐだったで
0:36 ID:0idntbc
え、せいほいくつ?
0:41 ID:せいほ
≫0idntbc
今年32
0:47 ID:あばす
せいほ親は?
0:53 ID:せいほ
しにやした。
父→五歳の時自殺
母→去年事故死
1:28 ID:jdeftab
はい盛りすぎwww
苦境を騙って同情得ようとしなくていいから。
1:41 ID:せいほ
≫jdeftab
いや生保も親の件もガチ。
なんなら証明できる。
1:52 ID:あばす
やめとけw
でもできたら褒めたげる
深夜2時12分、せいほはチャット上になんと保険証の一部をアップロードした。
昭和60年9月20日生
ちゃっかり氏名の苗字の部分を、細く切った紙のような物で隠しているのが生々しい。
名前は「幸雄」か、幸せな雄たれとの期待を背負っていたとしたら何とも皮肉な話だ。
なるほど年齢はたしかであった。
あばすこと井上は、ネット上で最も蔑ろにされやすい「有言実行」をこのせいほが果たしたことによる感心よりも戸惑いを覚えた。
「なんでそこまでやる?」
当然の反応である。
2:23 ID:あばす
そこまでやる?w
てか俺とタメやん
2:30 ID:785jd13
≫あばす
よし、煽った責任でせいほ養え
一見の来訪者にからかわれた。
しかし責任云々の前にこのせいほはなんの生活保護を受けていること、家族と死別していることの証明をしていないではないか。井上は独りごちた。
2:41 ID:あばす
え、ちなみに年晒してなんなの?
2:49 ID:せいほ
≫あばす
ヒントは、色
再び井上はせいほがアップした画像を見る。
なるほど。
これは国民保険の保険証である。
それもなり年期の入った。
つい最近これを手にしたのではないことは明らかではあった。
しかし、
2:57 ID:あばす
なるほど、で、これがどしたの?
今どき?社保未加入のブラックなんてザラだしずっと非常勤のバイトだったってこともある。
そう、その可能性はまだあったのである。
3:09 ID:せいほ
≫あばす
生活受給者かどうかそんなに疑ってくれると逆に嬉しいw
でも住所のとこ見てみ
3:11 ID:abdwxojg
なにこのミステリー展開w
喜ばれると癪だったが、それは隅に置き画像を再度確認した。
半分切れているが「性市与美町角谷1丁目58の1」とある。
3:25 ID: あばす
え、なにまじわかんないw
3:41 ID:せいほ
≫あばす
市町村のとこだけど、すげー珍しい文字ない?
言われてみれば、であった。
「性」の字はどう考えても珍しい。
3:45 ID:8ihab69
「性」市wwwww
えっっろw
もう一人気づいたか。いや、もう一人まだ起きてる馬鹿がいたか。
3:59 ID:せいほ
≫8ihab69
そう、珍しいっしょww
全国でこの字使ってんのここだけってゆうwww
つまりこれだけで都道府県まで特定出来るということか。先程からコメントしてはひっくり返されの繰り返しである井上にとってはこれ以上思案と裏付けなしにキーを叩くことは憚れた。
井上は一旦『れんと』から抜け出し検索エンジンを開く。
末尾に『性』のつく市を検索した。
L県法性市の文字が引っかかった。
『ほさが』と読ませるらしい。
このほさがの文字一つでせいほは自信の状況を証明しようとしている。
本来ネットで個人情報など晒せばそれに群がる野次馬が、興を得たりと直ぐさまその個人を特定し祭り上げにかかるものだが今現在その気配はない。
「俺がそれの第一人者ってことか?」
井上は独りごちた。
4:09 ID: せいほ
ごめん落ちます。
貴様、無職のくせに俺より先に寝る気か。
井上は内心で毒づいた。
しかし時計を確認し、無理もないかと嘆息を漏らしつつ納得した。
ここでは終わらぬ夜が続こうが世間ではもう早朝。
社会人は出勤を前に最後の眠りを貪る頃合だ。
井上にとっては最早それは別の世界の習慣である。
他ならぬ彼もここ5年仕事に就いていない。
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