有長 京

校庭の桜は体育館の入り口まで押し寄せている。

 心地よい風と、興味のない長話を右から左へ受け流しウトウトしていると頭を叩かれ我に返った。

 始業式、新しいクラス及び担任発表、自己紹介、終学活を終え、教科書をカバンに詰めていると直樹が唐突に話しかけてきた。

「今年も健人と同じクラで嬉しいよ!」

 直樹は、背が大きい割に気が弱く、僕とよく性格があった。入学以来一番と言っていいほどの仲である。

 数分雑談を交わしそのまま直樹と帰ることになった。

僕達が通ってる宮台西高校は小さな山麓にある。

「ここだけの話だけど、俊希が浮気しているらしい」

「へぇ~、そうなんだ」

意外にも直樹はゴシップ好きで、どこからともなく信憑性のない噂話をしてくる。興味が無いのでいつものように聞き流す。


               ○


 一年生の時とさほど変わりのない生活が一ヶ月続いた。

 その日は体育の授業でサッカーが行われた。サッカーは苦手なので目立たないようにしていた。しかし急なパスをされ、相手のエースのスライディングをくらった。膝から血が滴り落ちてくる。ズキズキする痛みが伝わってきた。

 周りに促され、保健室に向かった。ドアには「職員室にいます」と書かれた紙が貼られている。どうやら今日も保健の先生はいないようだ。

 中に入り消毒液と大きめの絆創膏を救急箱から取り出し処置を施していた。

 すると耳馴染みのある声が聞こえてきた。

「健太どうしたの?」

「膝を擦りむいたんだ」

 予想通り、京香だった。彼女とは家族ぐるみの付き合いの幼馴染だ。しかし高校入学以降、会話は少なくなっていた。

「相変わらず、ドジだね!」

「うるさい! 京香こそ何してんだよ」

 一見体調が悪いようにはみえなかった。

「頭が痛いの」

おどけた感じで言った。

「嘘つけ! ズルだろ」

「も~、早く授業戻りなよ」

 釈然としないまでも促されたとおり授業に戻った。


               ○


 同日、学校から帰宅し、前日録画した番組見ながら夕飯を食べていた。

 母はいつものように、風呂掃除を終えた後、夕食に合流した。

「今日、近藤さんから京香ちゃん保健室登校しているって聞いたのよ」

 正直なところ、何を言っているのかわからす、僕は動揺していた。ただ露骨に態度を出すわけには行かず冷静を装って淡泊に答えた。

「そう」

「心配じゃないの!?」

激しい口調で、そして冷淡な視線を向けらた。気づかないふりをして、自室に戻り、早めの床に就いた。


               ○


 翌日、終学活を終えた後、いち早く教室を出た。保健室のドアを開けるとやはり京香がいた。窓際で野球部の練習を見ている。僕は、気づかれないように背後に周り込んだ。

「おい!」

出来る限りの声を張り上げた。

「うわ! も~、ビックリした~」

 あまりの驚きように僕自身も驚いてしまった。

「驚きすぎだよ」

「そりゃ、いきなり後ろから大声出されたらびっくりするよ」

 少し間があいて顔を見合わせるとお互い笑いが止まらなかった。

 その後は他愛のない昔話に花を咲かせ、時間になると一緒に帰った。

 そのようにして放課後保健室に足を運び一緒に帰ることを続けた。


              ○


一週間がたった、その日も放課後は、保健室にいた。

これまで同様に、僕が話し京香はただただ笑っていた。話が一旦切れると一週間前と同じような間が生まれた。今度は笑うことなく真剣な眼差しでこちらを凝視している。

「もう、気付いてるよね。だって毎日保健室にいるなんておかしいもの」

 彼女は声を震わせながら話しだした。

「私ね、いじめられてるの。」

 僕も目を離さずに聞いていた。

「変な噂が立っちゃったんだ」

「どんな?」

「恋人がいる人と付き合ってっるって、いわゆる不倫よ」

 頭のなかに一瞬で1ヶ月前直樹から聞いたことが思い出された。

「もしかして俊希?」

 彼女は目を床に伏せて答えた。

「うん。でも不倫なんてしてないの」

 話を聞いたところによると、雨の日に傘がなく困っている俊希を見かねて入れてあげた。その様子を見ていた誰かが、噂を立て、そして広まり、俊希の恋人であるマキのもとに届いたのだという。

 そこからマキからいじめを受けるようになった。連日殴るけるの暴行を受けたらしい。

 胸の奥から怒りがこみ上げてくる。京香はいつの間にか肩をしゃくりあげるようにして泣いている。僕は京香を抱き寄せた。彼女は僕の胸に顔をうずめている。頭をなでながら言う。

「僕は京香の味方だから」

「ありがとう」

 彼女は今にも消えそうな灯火のような声で言った。


              ○


 その後、京香をなだめ家に送り届けた。家に帰り夕飯と風呂を手早く済ませ自室にこもった。

 正直マキのことは廊下ですれ違う程度で話したことすらなかった。Twitterを使えば何かわかるかもしれない。早速アカウントを作り「マキ」と検索してみる。マキは自分の写真をアイコンに設定していたのですぐ見つかった。満面の笑みだ。憎たらしい限りである。



  マキ @Manichean  3日前

  俊希とでーとnow! 前まで喧嘩していたのが嘘みたいに楽しい! 最高!!!



殺したい。ホンキでそう思っていしまっている自分が少し怖くなってきた。もう寝よう。少し雨が降ってきているようだった。


             ○


土曜日、僕は京香の部屋にいた。「打倒マキ作戦会議」である。ふざけった名前だが僕も彼女も至って真剣である。しかし会議は難航を極めた。どうしたら良いのか全く思いつかない。

「先生に相談するのはどう?」僕が言った。

「何回もした。でも聞く耳を持ってくれなかった」

 うちの学校は先生も含めてクズのようだ。

 火点し頃ようやく作戦がかたまった。

「ほんとうにこれでいいのか?」最後に確認する。

「うん。良いよ」なんてこと言いながら少し不安そうな顔をしている彼女に一抹の不安を覚えながらも帰宅した。

 日曜日、僕は家電量販店に来ていた。作戦に必要な物の買い出しだった。


              ○


 月曜日、私は久々に緊張している。こわい。吐き気がする。でもやるしかない。階段を登り教室の前で健人と別れた。さり際がんばれよというこの世で一番シンプと考えられる応援の言葉をかけてくれた。

 一ヶ月ぶりに教室に入る。自分の席につく。机の脚は長さがあっておらずガタガタ音が鳴る。四方八方から針のように鋭い視線が集まる。

「久しぶりじゃん」

ドスの利いた声が聞こえた。マキだ。そうだねと小さく頷く。忘れたから貸してと私の返事を待たずに机の上においてあったペンを手に取ってからマキは自分の机に戻った。

四時間目の後の長めの休み時間にトイレに呼び出された。もちろんマキに。予定通りだ。

一番奥の個室に入るといきなり蹴られた。倒れ込む私の頭をすかさず殴る。

「学校来るなっていっただろ! きもいんだよ! 死ね」

 その日の休み時間マキは私への罵詈雑言だけで三十分使い果たした。


               ○


 その日、俺はマキの家いた。彼女はもう三十分以上泣いている。そろそろ脚が痺れてくる。

 今朝学校には多くのマスコミが波のように押し寄せていた。いつも門の前で待っているマキはいなかった。

 教室に入ると全員が一箇所に集まっている。輪の中心には新聞があった。

「JKがいじめ! 勇気の告発!!!」

 新聞の一面に仰々しく宮台西高校の女子生徒がいじめをボイスレコーダーで新聞社に告発したと書かれてある。俺はそんなこときいたこともなかった。だが周りの反応は違った。

「マキのことだ!」

「僕もそう思った! 噂で聞いたことある!」

 ようやく泣き止んだようだ。もう脚の痺れは限界だ。

「別れよう」俺は立ち上がりながらついでのような感じで言った。

「嫌だ!」マキは必死の形相だ。だがもう涙は出てこないようだった。しがみついてくる腕を振りほどき逃げるように家から出た。カラスが一羽だけ電柱に止まっていた。


               ○


 作戦成功だった。マキは程なくして学校をやめた。先生も責任をとって何人かやめたらしい。

京香はここ一ヶ月毎日学校に来ている。毎日話しかけてくる。楽しそうだ。

 僕は週学活を終え帰りの準備をしていた。窓外では雨が滝のように降っている。廊下に出て傘立てを見と、置いてあったはずの傘がない。今日は直樹が風邪で休みと、良いことがない。

 億劫な気分のまま校舎の出入り口まで来たところで、いきよいよく背中を叩これた。振り返るとやはり京香だ。

「健太もしかして傘ないの?」

「取られたんだよ!」

僕が言うと彼女は仕方ないなーとつぶやきながら傘を広げて言った。

「入っていいよ」

「また噂になるぜ」

冗談だと思いおどけた感じで言い返した。

「噂になっていいよ」

 そう言うと彼女は校門の方へ歩き初めた。僕は慌てて跡を追いかける。そのときばかりは雨も悪くはないなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

有長 京 @seita0604

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ