ゴースト・コースター

美作為朝

 1

 夜勤は、前後の二日、損した気になる。


 矢吹蒼甫やぶきそうすけは、昼過ぎに起きると、24時間営業の業務用スーパーで購入した4枚切りの食パンと1Lのコーヒー牛乳で遅い昼飯をいや朝飯を食べた。どちらも賞味期限ギリギリの激安品。どうせ、この二つは激走のレースを展開してなくなっていくので、構わない。そして、簡単に身の回りの準備をして、原付きにまたがると職場へ向かった。

 会社が借り上げたアパートを出た途端、強烈な西日と暑い熱気に包まれる。それに梅雨の終わりの重さまで感じる強烈な湿気。

 北九州市の八幡西区にある警備会社の事務所へと向かう。

 服装はTシャツに短パンとラフな格好。制服いや作業服には、事務所で着替る、ラフな格好での出勤可が、この職場で一番気に入っている点。

 夏場が近く日が長いせいか、時間の感覚がよくわからない。西日に向かって、原付きを走らせる。

 時間帯は、夕方ちょい前、丁度帰宅ラッシュの手前ぐらいに出勤することとなる。通勤ラッシュがないのも、いい点の一つだが、夜勤は基本嫌いだ。

 やはり、夜型で生活し人とずれた生活をするのは、給料以上のもすごい犠牲を払っている気になる。

 時給や手当もついて一番いいのだが、前日も合わせると、仕事当日、翌日と三日連続で働いている気になる。

 これは、自分だけでは、ないらしい、ほとんどの同僚が口をそろえて言っている。

「知ってると?、俺ら、人より、二日損しとるらしい」

「そう、なんとなくそう思うてます」

 矢吹蒼甫やぶきそうすけもそう答える。

 実感だから致し方ない。

 九州北部の地方都市、道は空いている、事務所は四方、周り田んぼだらけの国道沿いに建てられた二階建ての平凡な事務所、駐車場、駐輪場もやたら広い。一階は応接と事務用、二階がバイトも含めた社員のロッカーと更衣室。半分が学生や退職後の超若手とロートルのバイトで、またその1/4が女性でもある。

 意外な事実。

 職務は警備全般。道路工事の警備から、ビルのメンテンナンスまでこなす。典型的な中小零細企業、基本、営業が取ってきた警備と思われる仕事は全部引き受ける。赴く先は北九州市ならどこへでも。

 

 矢吹蒼甫は、フル・タイムの契約社員。5年契約ということになっているが、だらだらした会社と地方都市の緩い雰囲気に正社員になっているぐらいの面持おももちである。

 ゆえあって、東京で失職したのちに、ハローワークでここを見つけ、生まれ育った実家の近くということもあり、思い切って、東京から、全部引き払ってこの住み慣れた北九州市に帰ってきた。


 矢吹は作業着とヘルメットと反射板とポケットだらけのベストに着替え終わり二階からドカドカと安全靴で降りてきた。

 今日は、始めての職場だ。

 場所は、遊園地。その名も、<北九州・グランド・ワールド>。矢吹も幼いころ、祖父母に連れられ、行った記憶がぼんやりとある。

 あまり鮮明な記憶ではない。

 先輩の建宮たてみやが、突然矢吹の肩に太い腕を掛け、軽く、ヘッドロック。

 話しかけてきた。

「今日はグラン・ワールド、なんか?」

「ハイ」と矢吹。

「あそこ、閉鎖するらしいな」

「えっ、」

 矢吹は聞いたことなかった。矢吹はほとんどTVでニュースを見ない達だ。

 現実だけでも十分ストレス・フルな嫌な思いをしているのに、TVでまで嫌な思いをしたくない。

「この前、ニュースでやっとったと、まぁ、来年の話やけどな、東京の商社が買うて、再開発してショッピング・モールが出来るたい」

「しかし、白木山の山頂でしょ?」

「ホテルが建つと」と違う方向から、声が、社長の平口ひらぐちだ。

「はぁ」

 矢吹はしまらない返事をした。

「新しいショッピングモールとホテルになっても、うちが警備受け持つんでしょうかね、社長」

 と建宮が平口に尋ねた。

「おいが、知っとるわけかろうもん、営業のさささんに訊いてくれ」

 その隙きに矢吹蒼甫は、ぱっと体を躱そうとするが、建宮のヘッドロックはそう簡単に

外れない。

「それより、矢吹、なんでお前にグラン・ワールドのシフト回って来たか知っとると」

「知ってるわけないでしょ」

 むわーっと建宮の汗臭い、男の体臭が矢吹を包む。

向井むかいちゃんが、事故ったんやコースターから落ちて」

「あの背の低い眼鏡の向井優衣むかいゆいさんですか?」

「そうそう」

「大丈夫なんですか?」

「まぁ、表現によるな、足くじいただけらしいけど、この仕事、足引づってはできんとやろ、おまえも気いつけろよ」

「はぁ」やっぱり閉まらない返事。

 矢吹ようやく、建宮のヘッドロックから逃れられた。

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