屋上で望んだ世界:涼宮ハルヒになりたかった女の子の話2
蒼舵
prologue
「セキヤくんおはよう」
「おー、岡野。今日の英語って俺らの列当たるよな?」
「先生が気まぐれでも起こさなきゃね~」
九月。夏休みは一万五千どころか一回たりともループすることなく終わり、呆気なく再開した学校生活も二週間ほどが経った。
相変わらず夏みたいな暑さの中、山の上にあるこの県立北高まで自転車を漕ぎ、淡々と進む授業に耐え、中屋上で昼休みを過ごし、放課後には部活に励む。そんな平凡な毎日。ありふれた毎日。でも決して、退屈でもない毎日。
――彼女と出会ってから、早くも半年が経とうとしている。
なんだかあっという間だった気がする。『退屈な世界の憂鬱を吹き飛ばす超革命的高校生集団』――通称SSS団が結成され、演劇部の三年生である悠歩先輩たちと出会い、初めての文化祭を経験し、演劇部に仮入部をして……そんな風に過ごしていく中で、俺と彼女の関係性は――恋仲、というかたちにまで、発展した。
朝の教室を見渡す。窓側から二列目、後ろから二番目のこの席から見える、ホームルームまでの時間をそれぞれ過ごしているクラスメイトたち。この中の一体どれくらいの人が、彼氏や彼女なる存在と交際なるものをしているのだろう。
例えば廊下側後方の席にいるサッカー部の石川は、すぐ後ろの席の佐原と付き合っている。この二人は入学当初の席順が近かったこともあったためか、かなり早い段階から交際を始めたらしい。佐原の方が石川にべったりで、聞くところによれば今の席も、席替え時に不正を働いて手に入れたという。不正って、まあ、要は本来彼の後ろの席であった女の子と自分の席を交換したってだけなんだけど。そんなエピソードからも窺い知れるように、あのカップルにおいては佐原が石川に向ける矢印の方が大きい。当の石川は常にどこか気怠げな男で、特に女子に媚びを売ったりするタイプでは決してないけれど、まあ身長高くてイケメンだしスポーツはできるし、何もしなくても女は寄ってくるのだろう。彼くらいならば「とっかえひっかえ」なんてのも可能なんだろうけれど、石川は決してそんなことはしない。見た感じ一方通行の愛に見えて、実のところ佐原はとても、大切にされているのだろう。
仲の良い三橋や森田少年たちはどうだろう。廊下側前方の席である三橋は、社交性もあるし女友達もそれなりにいるようだけれど、踏み込んだ関係の話は聞いたことがない。ちょうど三橋と談笑をしているナベさんこと渡辺慎太郎十六歳は文化祭で一緒にステージ演奏をした隣のクラスの女の子と付き合い始めたと言っていた。子リス系というかなんというか可愛らしいタイプの女の子で、一見控えめに見えるナベさんも結構やるなぁと感心してしまう。俺と同列の最前席で汗を拭っている軽音楽部の精鋭、岡野はどうか。容姿だけ見ると正直……とも思えるが、一芸に秀でている者は意外とモテたりもしちゃうんじゃないだろうか。ギャップなる要素で持て囃されることもある。教室中央で口許を抑えながらお上品に談笑している山田さんなんか可愛らしくてお淑やかで、まさか言い寄ってくる男が一人もいないなんてことはないだろうけど、案外そういうタイプより茅原さんや瀬尾さんのような、誰に対しても明るく男子とも積極的に交流できる女の子の方が人気もあったりするのだろう。
……なんて、朝からクラスメイトの分析。今日も一日を共に、同じ教室で過ごすクラスメイトたち。夏休みも明け、大体それぞれの人となりのようなものも判ってきた。俺は決して、クラスの全員と親しく交流できるような社交性のある人間ではないけれど、同じ空間で過ごしていれば些細なことでもそれなりに把握できる。
学校には様々な居場所、集団、空間がある。学年、クラス、部活、委員会。同級生、友達、親友、恋人、先輩、後輩、チームメイト。それぞれの場においてそれぞれの関係性があり、一日の中でもその所属は流動的に変わっていく。
クラス内での交友関係。例えば俺にとっては、三橋、森田少年、ナベさんと過ごす緩やかな男子のグループ。けれどそれぞれに部活や小中学校からの同級生など、他の交友関係があって、決して教室の中での関係性が全てというわけではない。
そして部活。それは例えば、俺や、彼女にとっての演劇部。
俺たちは共に、仮入部の後、正式に演劇部に入部することにした。身内公演を終えた後、仮に彼女が「入らない」と言ったとしても俺は本入部するつもりであったけれど、彼女にも部活動を続ける意思があり、俺たちは二人で現部長――諏訪部先輩に入部届けを提出した。
「君たちの入部、心より歓迎する。これから共に、最高の舞台を、部活を、作り上げていこうじゃないか!」
そう言って大らかに微笑んだ諏訪部先輩――部活的には〝スワベ君〟先輩だったな、彼の言葉に頷く部員たちが、暖かい拍手で俺たちを歓迎してくれた。
夏休みには、来年高校一年生となる現中学三年生に向けた学校見学の日行った公演に、秋にある演劇の大会に向けた台本探し、基礎練習や体力作り、地区の高校が集まっての合同合宿などがあった。仮入部での衝突を経て、少しずつ打ち解けていった他の一年生、そして先輩たちと過ごす日々は楽しくて、気づいたら夏休みは終わっていた。いよいよこれから、十一月の大会に向けて本格的に練習が始まっていく。俺はなんと入部四ヶ月にして役をもらって、本番当日には舞台に立つのである。上手くやっていけるだろうか。
「ナオ」
なんて、何をするわけでもなく色々と考えていると、右隣の席から声がした。
「ん、おはよ」
始業チャイムギリギリで、やってきたクラスメイト。――ようやくのお出ましである。
彼女こそが。
俺たちSSS団の団長にして――俺の恋仲であるところの、大胆不敵、傲岸不遜、厚顔無恥……は少し収まってきたかな、なんて思えたりもする、〝涼宮ハルヒに憧れる〟平凡な女の子。
そう、彼女が、彼女こそが。
ご存じ、田中真由子である。
涼宮ハルヒになりたかった女の子の話2
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます