流れ者が向かう道

@mumyou

第1話 皇帝の勅命

1・祝賀祭への誘い


「喜べフレッド!皇帝陛下がお前をご指名だ。俺と一緒に首都へ行ってくれ!」


 ブルートがヘルダ村にやってくるなり、フレッドの家を訪ね嬉しそうにそう言ったのはL1026休眠期も終わりが近づき、新周期も近づいたころである。叛乱が成功してフレッドがザイラスを追われるように出てから、およそ200日ほどが経過していた。


『はあ。しかしまた、なぜ私が?州の役職にも就いていない一村民ですよ?』


 ブルートがザイールの領主代理となり、大きな混乱もなく領内をまとめていることを評価され、L1027開墾期77日に開かれる皇帝の生誕祝賀祭に呼ばれたのだという。首都シルヴァレートでは多くの催しが開かれ、そこに「異界の怪物と渡り合った騎兵」を呼ぼうということになったというのだ。


『ということは、あのモース殿が話に尾ひれを付けて吹聴でもしてくれたんでしょうね。それにしても、完全に珍獣扱いされるのが目に見えているのですが……』


 フレッドとしても皇国の首都には大いに興味を引かれるところだが、怪物と戦った騎兵として呼ばれるとなれば面倒事が付き物というのも確実で、あまり乗り気にはなれないというのが本音である。


「それはそうだろうが、もし陛下の目に適えば「あれほどの男を野に置く理由はない」みたいな話になるかもしれんだろ?そうなりゃ晴れて復帰ってわけさ!」


 なるほど、この人にも私のことで気を使わせているのだな……とフレッドは思ったが、これは確かにいい機会かも知れなかった。首都まではおよそ30日ほどの行程があり、その間は話す時間などいくらでも作ることができる。これは自分の「夢見た世界」について説明するにはまたとないチャンスだった。


『分かりました。ご期待通りの結果になるとの約束はいたしかねますが、私の未来に関わることですから私も全力を尽くしましょう。』


 そうか!と嬉しそうな顔を見せるブルートだったが、ふと思い出したように随伴員の話を始める。皇国本領では亜人種の肩身が狭いため、今回テアとフォンティカは留守番になるというのだ。そしてダウラスは軍の一部隊を率いる身ゆえ、ユージェの脅威が今も残る状況で長く留守にするわけにもいかず、マレッドも万が一が起こる可能性はザイールのほうが高いため残るのだという。


「そういうわけだから、人員にいくらか空きがあってな。親父殿なんかにも声を掛けてみるか?ただ、陛下の前であの力を見せたら間違いなく面倒なことになるゆえ、そのあたりはご自重いただくだろうが……」


 フレッドは帰宅後、両親に首都行きの話をしてみたものの、二人の反応は芳しくなかった。もう長旅は体に負担もかかるし、何より首都には興味がないというのが最大の理由である。老齢を迎えつつある夫婦にとっては、ヘルダ村の穏やかな暮らしがあればそれで満足だった。


「ワシらはいまさら見分を広げても……のぅ。ここは将来性ある若者にその役を任せるとしよう。ワシらの代わりにリリアンを連れていってやるがよい。」


 こうしてフレッドのお連れはリリアンに決まる。フレッドからその話を振られた時リリアンはハゼルらに心の中で感謝しつつ、しかし表面上は冷静を装いつつ一度は「わたしなんかで……」と謙遜して見せたものの、すぐに了承した。それはフレッドが放ったこの言葉に感じるものがあったからだ。


『私も皇国本領に入るのは初めてだからね。おそらく知らないことばかりだし、新しいものに触れるというのは楽しみで仕方がないよ。』


 ところが、この期待とは裏腹に首都シルヴァレートでフレッドもブルートも危うく命を落とし掛けることとなる。しかしそのことを知る術を持たない彼らにとって、旅行の準備は希望と期待に満ちたものだった。新周期に入りお祭り騒ぎが一段落した開墾期24日、少し日数に余裕をもってザイール代理領主ブルートの一行は旅立つ。内政担当のブルートらがいて、軍事担当はシャンクという「非ブルート派」の指揮官と、かつて叛乱軍と戦ったヴェントが随行を務めるという奇妙な巡りあわせとなった。



2・シルヴァレートへの旅路


「あなたとこうしてお会いするのはこれが初めてだな。以前はその手際にまんまとしてやられたが、今はこうして共に旅をしている……運命は分からんものだな。」


 フレッドがヴェントに話しかけられたのは、出発して数日が過ぎてからのことだった。フレッドにとっては「以前にまんまとしてやった」相手が多すぎるということもあり、最初は何のことだか見当もつかなかったが、話を聞くうちに叛乱軍の初戦を飾ることになった南部派遣軍の指揮官であったことに気が付いた。


『正面から戦っていたら、結果はまた違っていたとは思います。皆も小細工が過ぎるとやや不満気味でしたが、主義主張で兵の命は損ねられませんからね。できるだけ勝つ確率を上げて勝負に臨むのが、私の戦いに対する礼儀です。平にご容赦を。』


 当時のヴェントは「陰険な策士」が一連の策を操っていて、それに踊らされ敗れたと考えていたので、後にザイラス正門前で戦っていた男の一人が実は指揮官だと知った時は二重に驚いたものだった。そして叛乱軍がザイラスを制圧した後、最後までザイラスに残り略奪行為などを行わなかった州軍の残存兵に対しては罪を問わなかったことで、彼は新州軍に登用されることになったのである。


「いや、構わんさ。あの当時の我らは特に大義もなく、ただ言われるがまま動いていた魔導人形も同然の存在。明確な意思を持って戦いに臨むあなた方に勝てようはずもなかったのだと、今ならよく分かるしな。」


 そして二人は、ヴェントの頼みで当時の戦いの感想戦を行うこととなった。隊列が長くなり大軍の利が生かせない地形を戦場に定め、魔導士による人工降雨を利用して後方から接近し、敵の中軍から増援が来たら逃げて誘い出し、少数になったところで包囲し殲滅する。すべて作戦通りだったことを聞き、ヴェントは思わず唸った。


「う~む、まさかそこまでの準備が成されていたとはな。ではその後、開けた場所で大軍の利を活かそうとするのも読まれていたわけか。」


 大軍が身動きを取りにくい地形を抜け、手近な広場である採石場を戦場に選ぶことは読めており、さらに濃霧に紛れ護送車に潜ませた工作兵のかく乱と同士討ちにより戦線は崩壊することも予想通りと告げられ、ヴェントは黙り込んでしまった。さすがに、不運が重なっただけと思っていた部分まで相手の手によるものだったのだから、言葉を失ってしまうのも致し方のないところだろう。


『こちらは有力な魔導士の協力もあり、先手を打てる立場という有利な点もありました。この勝負を分けたのはまさしくそこで、私どもは先に自分たちの強みを押し付けることができたと同時に、相手の強みは打ち消すことができたのです。この状況に陥ってしまえば、命を捨てる覚悟のある大部隊でもいない限り挽回は不可能でしょう。私の知る限り、そのようなことができる部隊など存在しませんが。』


 ヴェントを気遣ってそうは言ったが、実は真っ赤な嘘である。かつてフレッドが率いたハイディン一門衆は、そういうことのできる戦闘集団だった。もちろん彼らに不利な、壊滅的状況での戦いを強いることはなかったが、南西部で随一の勇猛果敢な兵たちを効率よく率いたのだから、フレッドが結果を残したのは自明の理でもある。実際に傭兵と志願兵の混成部隊からなる叛乱軍を率いてみて、自分が周囲の人たちどころか兵にまで恵まれていたことを痛感したものだった。


「私は政治的なことは分からんが、軍人の立場で言わせてもらえば……あなたが軍に関与しない理由が分かりませんな。新州軍はあなたが率いるべきと思うのだが?」


 ヴェントにそう言われ、フレッドはただ「政治って難しいですよね」と返すのみだったが、このやり取りで分かったことがあった。それはこの旅にフレッドが同行する理由の一つ、皇帝に会い仕官への道を拓くということをヴェントらは知らないということだ。ブルートはこの事を伝えられるほど、彼らを信じてはいないのだろう。そしてもう一つは、軍指揮官として同行しているシャンクという人物についてである。少なくともヴェントにとって、シャンクはフレッドに及ばないと思える指揮官であるらしかった。でなければフレッドに「あなたが率いるべき」と言うはずがない。


『あなたも先ほど言われたが、人の運命とは先が読めぬものです。この旅が終わった後にどうなっているかも、分かったものでもないですからね。』



「そうか、あの男がそう言っていたか。確かにシャンクはお前の足元にも及ばんよ。本領出身らしく無学ではないが、俺も記憶の片隅に残るような軍学の知識をひけらかすばかりでな。お前と組んでいたときのような驚きがなくてつまらねえ奴さ。」


 その日の夜は宿場町で夜を明かすこととなり、フレッドはブルートと会談の機会を持った。盗み聞きされる心配はあったが領主の個室は広めで、声量に注意を払えば大丈夫だろうとの判断に至り、こうして平然と悪口雑言が並べ立てられている。


『そのあたりは人それぞれとしか。それに私とて、誰でも知っているような戦術で対応できるならそれが一番だとは思いますよ?前回はそれだと完勝できる確率が下がるのであれこれ考えましたが、やらなくて済むならそのほうが楽ですから。』


 これは面倒を嫌うといった意味のものではなく、フレッドは軍学の師マイアーに「策は使わないで済むならそれが一番」と、事あるごとに注意されてきたからである。策は時に劇的な結果をもたらし、それを成功させたことによって得られる高揚感や快感は麻薬にも等しい。それも当人だけでなく、周囲の人間にも「奇跡の策の紡ぎ手」などという幻覚まで見せる、どうしようもないほどに悪辣な劇薬なのだ。それに溺れた者は使わなくてもいい場所や状況でも策を用いたがり、それが裏目に出て破滅を迎えることもある。ゆえに「なるべく策は使わない方法で対応することを考えるように」と教わり、フレッドはこの教えを忠実に守り続けていた。


「そういうものか?だがもしユージェが押し寄せてくれば、またお前に何か秘策を出してもらわにゃならんな。皇国軍が助けに来てくれるにしても、到着までの時間はどうしたって稼ぐ必要はあるだろうからな!」


 ユージェの侵攻……それは遠くない未来に起こるであろう予期された事実であり、目下の急務はそれに対抗しうる力を得ることである。そのために首都へ赴き皇帝に正式な領主として認めてもらい、ザイール辺境州は皇国の臣であると示すのだが、フレッドにはその先にある夢を抱いていた。


『阻止できなければ我らが滅ぶ以上、例えかつての故国であろうと私も父も全力で戦いましょう。問題はその後でして、二度もユージェに攻められたとあっては皇国の権威も丸潰れです。必ずや報復戦争を仕掛けるでしょうね。』


 それはブルートにも予想できた。ラスタリア唯一の超大国たるシルヴァンス皇国が二度も一方的に攻められ、それを撃退だけで済ませては内外に示しがつかない。空前の規模で討伐軍が組織されることだろう。しかしフレッドは、ユージェに攻め入れば皇国はおそらく敗れるだろうと言い放った。


『初めのうちは連戦連勝、瞬く間に統一連合の首都ユーライア付近にまでたどり着くと思われます。しかしそこで攻勢限界点を迎え、背後では補給線を分断され、ユージェ各地の不整地に向いた種族たちが地の利を生かして反転攻勢に出ることでしょう。私ならそうしますし、私の師もおそらく同様の手段を取るはずですから。』


 討伐軍に恐れをなしたフリをして退却を続け、首都にまで迫る頃には各地に兵を分散させることになり、皇国との国境付近に設置されるであろう物資の集積地も遠くなる。皇国側としては各地へ送られる輸送隊ごとに大軍をつけるわけにもいかず、砂漠や沼地、密林などに適した種族の兵に奇襲され続ければひとたまりもないというのが今はフレッドとなった、かつてのユージェ連合軍総指揮官の対皇国戦術だった。


「……ユージェ側も首都にまで迫られれば、人だ亜人だなどと言ってられなくなるだろうしな。故郷のためにと一致団結するだろうし、そうなりゃいろんな奴がいる強みだけが出てくるってわけか。より良き未来のため、一時の敗北なんざ眼中になしというのはいかにもお前らしいと思うが、確かにそうなったら皇国は負けるわな。」


 人々の一致団結はフレッドも重視していた部分であり、それを促すために武門の筆頭であったハイディンの家も潰した彼にとって、そこに言及してもらえたのは単純に嬉しかった。そしてブルートのこの言葉により、フレッドは自分の夢見た世界について話そうと決心することとなったのだ。


『敗北した皇国は、失ったその威信や軍の立て直しに手間取り、ユージェは勝ったとしても敵を引き込み荒れた国を整えるのに手間取ります。両者がその動くに動けない状況の中で動く者があれば、先んずることができるとは思われませんか?』


 それを聞いたブルートの眼光は、いつにも増して鋭くなった。フレッドの言葉を「その時が来れば独立のチャンスである」と正確に受け取ったからである。もしブルートが皇国に忠実な男であれば反逆罪にでも問われただろうが、フレッドはその心配をしてはいなかった。そういう男なら、いくら悪逆非道とはいえ皇帝に遣わされた領主を排除しようとは考えないはずだからだ。


「どうも俺は煽られているようだ。しかし皇国でもなく、ユージェでもない国が目的でお前はユージェを捨てたわけではあるまい。もしそうならお前がユージェを変えちまえばよかったはずなんだからな。いったい何が望みなんだ……言ってみろよ?」


 そう促されたフレッドは、自身の理想とする国の在り方を話し始める。国の代表は民衆によって選ばれた者が就任し、代表と言えど定められた法は守らねばならず、その法を定めるのは代表とは別の諮問機関が行うなどの、皇国やユージェとは違う形の国の在り方にブルートも熱心に聞き入った。


『私はユージェの在り様を変えようとしましたが、既得権者に阻まれました。それに加え民衆も「自分たちの側にいる英雄」を求め、その英雄が自分たちを導いてくれればそれでいいという考えに染まっていました。しかしそれではいけないのです。』


 ではもし、その英雄がある日いきなり乱心したらどうするのか。もし病で突然の死を迎えたら?その人物が有力であればあるほど乱心した際の被害は巨大になり、失った時の混乱はより大きなものとなる。個人に命運を託すのではなく、個人個人が国の未来について考え、意見や意思を示す場が必要だとフレッドは考えていた。


「それはお前自身が人々の未来を背負わされそうになったから、誰かできる奴に全部やらせちまおうって話が気に食わないということなのか?それに代表を民衆で選ばせるというが、彼らだって間違えないという保証はない。間違った奴を選んだ責任は自分たちにあるのだから、次に選ぶ機会が来るまで我慢しろと?」


 フレッドにもブルートの言い分は理解できる。民衆の多くは学ぶ機会も大して得られず、いざ「自分で領主にふさわしいと思う人物を選べ」と言われても困惑し、自分に都合のいいことを言っている人物に傾倒するのだろう。しかしそれでも、突然ゼニス=キーヴォのような男がやって来て選ぶ機会も与えられぬまま暴虐の限りを尽くされるよりはいいはずだと、フレッドはそう力説した。


『私はただ機会があっただけの人物が、支持もされぬまま上に立つのをなくしたいんですよ。あの前領主がごとき自分の欲望にのみ忠実な男が、何の縁か領主を拝命される運びとなり、悪行の限りを尽くすような世界を消し去りたいんです。ここでも……そしてユージェでも、私は民衆の叛乱を目にしました。起こす側と起こされる側で立場こそ違いましたが、どちらも終わった後で胸に去来するのは虚しさのみです。国の在り様が正しければ起こらずに済んだ戦い、失われずに済んだ命ですからね。』


(こいつは失われた命にそこまでの責任を感じているのか。叛乱が成功したとき、俺は「これで民も解放される」とただ喜ぶだけで失われた命のことは頭になかった。そして考えたのは、この後は俺たちがまともにこの地を治めいずれ後を任せられる奴に託せばいいということだが、その先は……未来はどうなる?もうゼニスの野郎みたいなのが出てこないと言い切れるか。今の形が続いて、絶対ないと言い切れるのか?)


「お前の話は分かった。だが返事をする前に、俺の話も聞いてもらうとしようか。俺がお前の夢に釣り合う人間かどうか、俺の話を聞いた後に判断してもらいたい。少し長い昔話になるが、夜はまだ長い。付き合ってもらうぞ?」


 そうして始まったのは、冒険者ブルートの若き頃の話である。ブルートの言うように夜は帳を下ろしてからそう過ぎてはおらず、暗さを増すのはこれからであった。

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