08 器量は優良イケメン軍団、初回無料の指名料
「茶が入ったぞ。飲みなさい」
「あっ、はい」
「背筋を正したまえ。猫背でカップを啜るのは見苦しいぞ」
「はっ!」
「それと、次は靴にも気を配るように。贅を凝らさずとも、全体を調和させれば美しく整うものだ」
「はい、心得ました!」
テーブルから立ち上がり最敬礼する“客”に、褐色銀髪の“メイド”が満足気に頷き。
「よろしい」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「……なにこれ」
僕は皿を洗う手を止めて、カウンターの向こうに佇むメイド姿のヴィナンさんを眺めていた。
*
「またよろしくお願いします、ヴィナスさん。ミサオちゃんも真面目に働いてくれてありがとうね」
一日の仕事を終えて礼を言う食堂の中年店主。人の良さそうな笑顔に、会釈で応える。
女の体になってしまったヴィナンさん――対外的にはヴィナスと名乗ることにした――と僕。
初めて見る“新人”二人を快く受け入れてくれて、こちらこそありがたい。
「いやあ、それにしてもね、ヴィナスさんのお陰で新しい商売を思いつきそうですよ」
「ほう、それはよかった」
「新しい商売ってなんですか」
「聞いてくれるかい、ミサオちゃん。女の子の給仕に強気の接客をさせる喫茶店、というのを考えているんだ。ヴィナスさんになじられているお客さん達の幸せそうな顔を見て思いついたのさ」
「それは……倒錯的で結構ですねぇ」
正直、未来に行き過ぎてないですか、とは言えなかった。
大丈夫かなあ。この世界、僕が元々居た“現代日本”よりも文明が進んでないように見えるんだけど。
喫茶店だけガラパゴス的進化とげちゃったりしない?
「ところで、ヴィナスさんは『団長代理』なんでしょう。どうしてまた、給仕の仕事なんて引き受けてくださったんで?」
「あ、それ僕も気になってました」
「たまたま手に取った依頼書が、給仕の仕事だっただけだが?」
――何て?
*
ヴィナン軍団の集会所――いわゆる組事務所とかギルドカウンターとか言う所だ――に戻ると、レッドがテーブルに突っ伏していた。
ひどく消耗した様子だ。
ヴィナンさんに顔パンチされてもすぐ立ち上がれるレッドが。バカゲタ・タフネスを誇るあのレッドが、ここまで疲弊しているだなんて。
「どうしたのレッド!?」
「ウゥ……
「本の整理!」
それだけで、バカゲタ・タフネスを誇るあのレッドがこんなに。
この島の本屋はどうなってるんだ。
「いったいどんな無茶したの? 面倒だから本棚ごと運びまくったぜー、とか?」
「……放っておけ。知恵熱だ」
面倒くさそうな溜息と共に口を挟んできたのは、ティンだ。
普段は爽やかに微笑んでみせる口元から泡を吹くレッドの隣で脚を組んで何かの冊子に目を通している。
「知恵熱!」
「背表紙に難しそうな文字が並んでて、気分が悪くなったんだとよ」
「背表紙!」
「いやぁ、あと、古書店の、なんつーかビシッとしたあの雰囲気が苦手でさあ」
「そんな苦手なら、どうしてそんな依頼引き受けたの?」
「そりゃお前……んーっと、まあ、アレだよ。この
「OKわかったわかったよ。なるほど、たしかに背表紙で知恵熱だね」
アソばせた赤い髪の毛先からブスブスと謎の煙を立ち上らせるレッドの相手は切り上げて、集会所の事務机を見る。
朝、ヴィナンさんと出かけた時と変わらず、書類の束が無造作に一まとめになった状態でカウンターに置かれていた。
「ヴィナンさん、やっぱり“依頼書”の置き方に問題あると思いますよ。ほら、
ヴィナン軍団は、島の人びとから寄せられる頼みごとを“依頼書”という形で集めている。内容は実に多種多様、有象無象、玉石混交。
庭の草刈りからモンスター討伐まで多岐にわたる依頼を、各団員が適当に選んで引き受けているのが現状らしい。
これ、楽な仕事ばかり選ぶ人とか、向いてない依頼を受けて無駄に苦戦する人とかが出てくると思う。
レッドに至っては、そもそも依頼内容を読んですらいないっぽいし。
「これ、お金とってるんですよね。皆さん適正があると思いますし、きちんと達成できる人が行くようにした方がいいですよ」
「たしかに、それが道理ではあるな」
「でもさあミサオ、たまに名指しで依頼されるんだよね。特定の団員に会いたいだけでテキトーな用事持って来る女の子とかも居てさー」
「我がヴィナン軍団は来る者拒まず。団員に会いたい、という望みを叶えるのもまた使命の一つだな」
「そういうのは例外だとして、基本的に依頼書を内容別に振り分けておいて、そこから選んでもらうようにしたら?」
言いながら、パラパラと目に付いた依頼書を試しに数束ごとに分けてみる。
「ほら、こんな感じで、採集とか討伐とか遠征とか内番とかタグづけするの。難易度でランク付けもできるといいかなぁ」
イメージはクエスト受注型のゲームだ。
「へーっ、わかりやすいな! すげえ! ミサオはかしこいんだな!」
復活したっぽいレッドが、とうとう平仮名で喋り始めた。
「……フン、雑事だよ。そんなこと、面倒だから誰もやらなかっただけだ」
「その面倒なことやってくれるのが偉いんじゃない? ミサオは偉いよー。ほら、ティンも言ってあげなよ。偉い偉いって」
「……」
キーロに煽られたティンはそっぽをむいて、再び手元の冊子に視線を落とした。
「ふむ、そうだな……いっそのこと、今後はミサオが皆に依頼を振り分けてくれるか?」
僕らのやりとりを一通り眺めていたヴィナンさんからの、ヘビーなパス。
思わず、居合わせた全員が僕とヴィナンさんとを交互に二度見三度見する。
「え、僕がそんな重要な仕事……大丈夫なんですか。僕、皆のことまだ何も知らないのに」
「知らないなら、知ればいいだろう。暫くは各自の任務に同行しなさい。君なら必ず成し遂げられる。そんな気がするんだ」
「……勘ですか?」
「勘だ」
赤い瞳が色っぽい艶に光り、僕をまっすぐ見つめてくる。
ヴィナンさんの美しさは、もはや武器そのものだと思う。
なにしろ僕は今、本人が「なんの根拠もない」って言っているのにも関わらず、問答無用で納得させられそうになっている。
「よろしく頼むぞ、マネージャー?」
「はい」
で、気がついたら返事をしていた。
全ては、あの瞳と、微笑んだ唇の艶がいけないんだ。
「できるできる! 頼りにしてるぜ、ミサオ!」
すっかり回復したお調子者が、ガハハハと笑いながら背中をバンバン叩いてくる。
とりあえず、こいつには力仕事だけを任せようと思った。
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