屋根裏のホームシック・エイリアン
中野中々
本読みの暗号
10数年ほど前に突然、「本」の虜になりました。
「本」は昔の人が情報を得るため、または、物語を読んで感情を動かすために使っていた道具の一種で、紙に文字を印刷し、それを数百枚程度重ねた紙の集合体を指します。今では実物の紙に触れることもは少なく、本となると公的機関に保存されているものにアクセスするしかありませんので、一部特権を持つ人以外は通常触れることはないでしょう。
10数年前までは一定数のコレクターがいて、連絡を取れば本を借りることもできたのですが、現在は本の所有自体が禁止されており、骨董品として売りに出される「隠し本」を手に入れて読むくらいしか手がありません。隠し本とは、一見して本には見えない道具の中に本を仕込んだもので、たとえば古い電化製品や、アンティークな家具のふりをして売りに出されるのです。もちろん、その所持や製造は厳しく取り締まられています。
それでも、活字の誘惑から逃れることはできず、仕事のために築いたあらゆるネットワークを駆使して、隠し本の出品情報を得てはそれを手に入れました。
そうして、手に入れた本は何度も、何度も繰り返し読み続けました。文字情報は現代メディアと違い、取得できる情報にある種の「揺れ」が生じるのです。いや、文字として書かれている情報は常に一定なのですが、受け取り手の状態によって、受ける印象が毎回異なってくる。これを体験してからと言うもの、本を読まずにはいられなくなったのです。
一時期は、本以外で情報を取得しない時期もありましたが、今は少し落ち着いて、現代メディアから情報を得ることができるようになりました。本だけから情報を得ようとすると、この世の中から切り離された孤島の上にいるような気持ちになり、耐えきれなくなってしまったのです。
ところで、本を読んだ人と感想を言い合ったり、内容について語り合ったりしたいのですが、私のまわりには本を読んだことがある人がほとんどいません。とてもおもしろいよと、信頼できる友人数人にも勧めてみたのですが、なかなか読んでもらえません。お金も時間もかかり、リスクも負う趣味なので、しょうがないといえばしょうがないのですが…。
さて、10年ほど前に最後まで抵抗を続けていた本のコレクター達ですが、彼らがどうなってしまったかご存知でしょうか。自慢の本を守り抜こうと逃亡を続けた彼らは地の果てまで追い詰められ、名前を隠して全国各地に散り散りになってしまったと言います。そうして、一部のアンダーグラウンドネットワーク上でのみ、お互いに連絡を取り合うことにしているのです。彼らはお互いをハンドルネームで呼び合い、決して名前を明かさない。そして、昔の本に書かれていた文章にちなんだ不思議な言葉の暗号で、お互いが正しく本読みであるか判別すると言うのです。
今日ここに書き込んだのは、わたしもその暗号を知りたいからです。隠し本を数十冊集め、それらを暗唱できるほどに読み込んだわたしには、本読みを名乗る資格があるのではないでしょうか。
これを読んだ本読みの方、もしくは本読みの知り合いの方は、どうかわたしにアクセスしてみてください。本について語り合いましょう。あなたがまだ読んだことのない本を、わたしが持っているかもしれない。
本の中の情報は孤独です。世界から切り離された孤島です。しかし、その島の海岸からは他の孤島が見えている。次に行くべき島が、もしかしたら泳ぎつくことができるかもしれない距離に見えているのです。
わたしはリスクを取って、次の島に向かって泳ぎ出すことを止めることができませんでした。あなたもそうでしょうか?
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