元老院隔離区 4
膝が痛い。
ものすごく痛い。
痛みは骨身に染みて、これは膝の骨か皿かが、折れてるか砕けてるかしてるかもしれない。
そんな状態で格好だけ、ほぼ右足片方で立つ俺の構えに意味などない。
ただあるのは戦意のみ、まともに来られたら終いのこの構えに、しかし一本角は構えこそすれ動こうとはしなかった。
それだけあの一太刀、警戒される、してもらえてる。
この隙を逃さず息を吐き出し、飲みなおす。痛みの回復、そして相手の対策、わずかだが、勝機の兆しもなくもない。
……それはこの短い斬り合いでわかったこと、つまりこいつは、常に最善手で行動しているのだ。
それもおそらく、あの赤い刀を最も効率的に使えるように、だ。
その細かな動きは、偉い学者か達人だかが念密に計算して編み出したものだろう。それだけ完璧で、無駄がなく、だから俺らは助かっている。
俺と骨面、どちらもそこらの平均を大きく上回る脚力の持ち主だ。加えてヘケト流はここ最近の剣術、二十年前に作られたゴーレムなら、この外れた動きまでは計算にないのだろう。
ならそこに勝機がある、と頭の中でまとめたところで骨面が動いた。
正面に構えての突撃、だが足取りには迷いがある。なら、ただでさえ負けてる骨面には、それは致命傷となるだろう。
「ヨゾラ!」
俺は怒鳴っていた。
それにびくりと跳ねて一瞬だけ止まる骨面、だがすぐに動き出す。
それとほぼ同時に一本角も動いていた。
両者正面中段に構えての接近、切っ先と切っ先、交差し、触れ合う瞬間、打ち付けたのは骨面だった。
右から左へ、緋色の腹を己の得物で打ち付け、返された反動に合わせて逆回転、手首の返しで巻き込み、絡めて跳ね上げる。
『巻き上げ』と呼ばれる技だ。
相手から得物を奪う、高度な技だと聞き及んでいるが、腕力の乏しいヘケト流には存在しない技だった。
これならば、と俺は思ってしまった。
この高度な技ならば、この一本角に通じるだろう、思ってしまった。
クルクルと光を乱反射させながら回り、飛んで、落ちたのは、骨面の切っ先だった。
そこには技も何もない。ただ切っ先が重なる瞬間、ただ少し前に押し込んだだけで、赤い刃は骨身の剣を切断して見せたのだ。
その圧倒的でデタラメな切れ味に唖然とする骨面、その絶望しかない隙だらけな体に一本角は問答無用で一撃食らわす。
ただしそれは、斬撃ではなく、打撃だった。
「ゲハぁ」
腹への蹴りに、口から液を吐き出し体を曲げる骨面、その肩に、一本角は拳を叩き落とした。
べちゃりと潰れた骨面に、一本角はなおも蹴り、踏み、痛めつける。
動けない骨面、斬られずに済んだなどととてもじゃないが思えない、金属のリンチ。
「おい!」
叫び、一歩踏み出した俺の動きに、ぴたりと一本角は両足を地につけた。
そして俺に向き直る構えに、隙は無い。
…………あぁつまり、こいつはそういうことなのだ。
狙ってか、武器破壊に成功したこの一本角は、素手ではダメージを与えられないと見越してあえてトドメを刺さずに、痛めつけてるのだ。
そうすれば俺が動くから。
………………思い出す。
これは、何度も戦場でやられた。
それは罠だったり、狙撃だったり、捕虜だったり、ただの民間人だったりした。
目の前で繰り広げられるリンチ、そして出くわすたび、脚力のある俺たちは助けに向かった。
だがその多くは、逆に被害が増すばかりで、助けられたのは本当に一握りだけだった。
だがそれでも、一つだけ、俺たちが守り通したものがある。
やったやつは絶対に許さない。
確かにこの一本角を作ったやつは、戦いに長けているのだろう。だが最低のクズだ。そんなやつに折れる刀は持ち合わせていない。
頭に血がのぼるのは間違いなく未熟者だが、それとこれとは別の問題だ。
あぁくそ、あれこれ考えてたのが馬鹿らしい。
問題は簡単、答えはシンプルだ。
「なぁ聞こえてるか?」
俺の声に、一本角はこちらを向いた。
そして言葉を理解したかのように、またも正面中段に構えて見せる。
あれだけ色々思ってたその姿に、今は何も感じない。
「通じるかは知らないが、宣言してやる」
言ってる俺は、何故だか笑っていた。
「お前はヘケト流最終奥義でぶっ殺す」
▼
ヘケト流は、新しい剣術流派だ。
他流派や軍隊武術から取り入れた数々の技に、ヘケト族の伝統的槍術を組み合わせて作り出された、いわば人工の流派だ。
そんなヘケト流の中においての最終奥義とは、実戦向けの技というよりも免許皆伝のための試練としての役割が強い。
それでもこの技は最大の速度、最大の威力、なによりも最大の権威を持っていた。
必要なものは速度である。
必要なものは脚力である。
必要なものは距離である。
必要なものは反応である。
必要なものは勇気である。
……全てを持って、俺は息を飲んだ。
重なる疲労、速度は出ないかもしれない。
全身のダメージ、打ち付けた膝もあって脚力も怪しい。
一本角の動きは予測できる。反応はなんとかなるだろう。
正面に構えてるその間合い、距離は十分にある。
勇気は……問題ない。
軸は右足、あとは、踏み出すだけだった。
加速は最初から全力で、軌道は左右に揺らしてジグザグに、振られる体に踏ん張りながらなお加速する。
この動きに一本角は付いてくる。
右へは右に、左には左に、構えを細かく変えて隙は無い。
そこへの軌道修正、正面真っ直ぐ突っ込む。
そして双方必殺の間合いへ。
俺の直線的で単純な動きに、当然のように一本角は合わせてくる。
小さく踏み込み同時に突きを出す。隙のない、お手本のような迎撃攻撃、だがそれは俺には届かない。
反応した俺は、その少し手前で、回っていた。
全力での加速、それをわずかに曲げた右足を軸として踏ん張り、だけども勢い殺さず、右足親指を軸とし、体を丸めて右へと回り巻き込んで、勢い全てを直線から遠心力へ。
その回転にさらなる三歩地を蹴り、加速を加えて一周、曲げてた足を伸ばして軸を崩す。
そして大股の一歩で、突きの下を潜りながらも踏み込んで、同時に右腕と握る刀を目一杯伸ばして広げ、加えることの、握り、手首、肘、肩、全身の骨格連動駆動からの加速、文字通り全身全霊を束ねて放つ横薙ぎは、泣き叫ぶ風を引き裂きながら全てを一つの斬撃へと凝縮する。
ヘケト流剣術最終奥義『嵐』
不安定ながら事前に見える体運び、急激な接近から背を向け回る一瞬の静寂、そして放たれる最大最速の斬撃、その圧倒的な威力が、この名を作った。
……しかし、こうして放たれた斬撃、その間合いは、明らかに遠すぎた。
一本角の突きが届かぬ距離、踏み込んだところで得物も手足も長さが違いすぎる。何もかも短く負けている俺が超えて届く道理はない。
実際、一本角に触れられたのは刀の切っ先の、引っ掻くような、ほんのわずかな先端のみだった。
……だがそれでも、十二分だった。
斬撃が刻むのは空気、風を引き裂き産まれる切断は虚空を超えて、全てが金属の一本角を、上半身と下半身に両断していた。
この斬撃こそが、ヘケト流の最終奥義なのだった。
本来は、斬撃そのものを飛ばすこともできるらしいが、俺には未だこの距離が限界だった。
免許皆伝には程遠い未熟な一太刀、だが俺は、満足だった。
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